【吉田尚記】没頭力が、自分の可能性を切り開く

2016/2/7

「市場があるから参入」は間違い

──これまで吉田さんが取材を受けた記事は、「アニメが好きなオタクアナウンサー」のような、紋切り型で描かれることも多いですが、そうではないんですね。ご自身が好きなことやめぐってきた仕事に取り組んだ中で、自然と仕事が広がって今に至る、と。
吉田 そうですね。僕はアニメアナウンサーとして自分を営業したこともないですし、それが目指すところでもないですから。
とにかく僕は面白いことがやりたいし、ずっとそこに没頭していたい。
結局のところ、自分が自然に発しているメッセージに寄り添う仕事以外、身に付かないし、かたちにならないと思うんです。
たとえば、僕は放っておいても年間500本ぐらい、アニメを見ているわけです。でも、これは「俺はアニメアナウンサーになるんだ!」と思ってできるような作業じゃないですよ。自分に身に付いているものであって、「ここに市場がありそうだから」と参入するようなやり方では無理だと思います。
僕はただ没頭しているだけです。それによって、結果的に膨大な時間を注ぎ込んでいる。「1万時間以上のトレーニングを積むと仕事になる」と言われても、そこに嫌々取り組むのは無理ですよね。
でも、好きなことは徹夜してでもできますし、その思いは周囲にも伝わる。僕は、この「没頭力」が仕事において大事だと考えています。
──吉田さんは、ご自身のツイキャスでも、自分の意思でのめり込んでいく没頭力の重要さを話していましたね。
何に没頭するのか、きっかけはどんなものでもいいと思います。生まれた瞬間から「僕はゴルフをやるために生まれた」と言って、いきなりゴルフ場へ行くことはありません。だいたい家族がゴルフ好きだとか、何かきっかけが必ずあります。そこから、本人の思いと偶然が重なるんだと思います。
たとえば、いまインタビューカットの写真を撮っていただいていますが、大人になってからすごくカメラが好きになったんです。それこそ、小さい頃にハマッていたら、成功するかどうかは別として、人生においてカメラマンの道を選ぶ可能性もあったと思います。僕には、たまたま、そのきっかけがなかっただけです。
アナウンサーやアニメの話をすることが仕事になったのは、それも偶然が導いたからだという思いが強いんです。だから、その意味でも、頼まれた仕事はすべてやってみるという姿勢を大切にしています。食わず嫌いは基本的にないんです。そこで新しい可能性が開けるかもしれないですから。
──与えられた仕事は楽しいものばかりではないと思いますが、どのように取り組んでいるのでしょうか。
仮に、いま「能」の仕事のレポーターやってくださいと言われても、僕は全然わかりません。その場合は、どうするか。僕は能が好きになるまで見続けると思います。
今この世にあるものって、誰かが良いと言っているから、残っているはずなんですよ。
だから、自分が知らない事柄でも、どこかに良いところや面白いポイントがある。そういう視点を持つと、どんなものを見ても「これは発見だ」「こうやって面白がればいいんだ」とわかってくる。そういう積極的な受けとめ方が、仕事をするうえですごく重要だと思います。

“To Do”だから没頭できる

──吉田さんにとって、仕事は“舞い込んでくるもの”というイメージが強いんですね。
本当にそうだと思います。
もっと言うと、その人が本当に好きで、仕事に熱意をもっているかどうかは、言葉にしなくてもはっきりと出ちゃいます。前回お話ししたセカンドメッセージともつながります。周囲も「誰に仕事を頼むべきか」と考えるときに、その点をすごく考慮していると思います。
──吉田さんは「とにかく面白いことを楽しみたい」という思いが前面に出ていることで、周囲を巻き込んでいる印象があります。
そうですね。これも最近考えているんですが、“To Be”と“To Do”の違いなんです。たとえば、アナウンサーという職業の象徴的なことの一つに、「アナウンサーになりたい」っていう“To Be”の人が多くいるんですよ。
だけど僕は、「人前に立って重要な情報を伝えたいんです」って、人間の生理として不自然だと思うんです。
報道はわかりますよ。物事がどうなっているのか、その事情をつまびらかにしたうえでわかりやすく人に伝えたいという思いは、理にかなっている。
正直に言って、アナウンサーになりたい本当の動機って、目立ちたいから、ちやほやされたいからだと思います(笑)。それは全然悪いことじゃないし、それで良いんですよ。僕もそうでしたから。それなのに、「いや、私は本当にそんなつもりじゃないんです」という子がとても多い。これは、おかしな話ですよ。
はっきり言っちゃいますと、僕はそういう「女子アナになりたい」っていう女子大生が大嫌いなんです(笑)。
「みんなから注目されたい。だけど、グラビアアイドルみたいに水着になるのは嫌。女子アナだと、ちょっと知的な感じがして聞こえがいいわ」と言う気持ちを隠している。彼女たちは“To Be 女子アナ”なんですよ。
僕は、それって最悪だなと思う。
──「やりたいこと」がまずあるべきだと。
はい。僕も、“To Be”で「アニラジのアナウンサーになりたいです」と言うわけじゃない。目立ちたがり屋で「自分が好きなアニメの魅力を伝えたい」「リスナーに向けて面白く話したい」という“To Do”で、できているんですよね。
だからこそ、今までにない視点や情報をリスナーに伝えるために24時間行動し続けられる。
よく「声優さんに毎日会えてうらやましい」と言われることもありますが、そのために仕事しているわけじゃないんですよね。
「こういう地位を占めたい」と言う思いでは続かないし、やせ細るタイプの努力しかできない。そうじゃなくて、“To Do”でやりたいことをストレートにやっていると、没頭できて、実になる。共感した人も集まってくると思います。
──そうした考え方になるきっかけは、何かあったんですか。
一人には、アニラジなどのラジオ番組をつくっているディレクターのこばじゅん(小林順)さんがいると思います。
僕が担当していた「東京キャラクターショーRADIO」は、アニラジなのに夜9時の同時間帯で聴取率1位を取るほどの番組でした。
こばじゅんさんは、お手本にない番組をつくり続けている人です。アニラジに関しても、アニメのことを扱いつつも、ラジオとして面白いことは何かを常に追求している人。だからこそ、リスナーから支持を受けているんだと思います。
カッコいいラジオディレクターになりたいという“To Be”はまったくなくて、面白いラジオ番組をつくりたい“To Do”だけの人です。
そんな彼が、あるとき「もうこれ以上、友だちはいらないな」と、ふと言ったんです。
普通の人は、「友だちが多ければ多いほどいい」と言うけれど、ずっと楽しいことだけをしたいと論理的に突き詰めて考えると、友達がたくさんいる必要なんてまったくない、と。
友達が多いほうがいいという欲望は、完全に“To Be”ですよね。自分に人気があって、カッコいいと思われたい。それに対して、楽しいことがしたいという欲望は“To Do”。
その話を聞いたときに「そういうことか」と腑に落ちた覚えがありますね。
もっというと、昔のオタクは“To Do”ですけれど、今のオタクの中には“To Be”、オタクになりたい人たちがいっぱいいる。本来のオタクって“To Do”の成れの果てなんですよ。
──好きなことやっていたら、自然とそうなっていたわけですね。
そう。好きなことに向き合いすぎて、いつの間にか身の回りを気にしなくなった人。アウトスタンディングな業績を残す人って、だいたい没頭しているだけの人です。

ラジオブームを信じた方が面白い

──没頭力と合わせて、「好きになることとは何か」を真剣に考えている人が意外と少ないとお話していたことがありますね。
「好きになること」に関して一番重要なのは、世間がどう言おうと、自分の中で“何かもうほかのことをやっている場合じゃねえ感覚”と呼べるもの。
みんな子どもの頃はあったと思うんです。何の利益もないことに向かって、なんであんなに一生懸命だったんだろうという感覚。そういうものを追い求めればいいと思います。
──その意味では、よく質問されるであろう「今後どんなアナウンサーになりたいですか」という“To Be”の質問に対しては、興味がないわけですね。
はい。1ミリも興味がないです(笑)。僕は、ラジオで面白いことがしたいし、その可能性を開拓したいなと思っています。
ラジオって不思議なんです。僕はいろんなところでお話しするんですけど、テレビが登場して以来、「ラジオがなくなる」って、ずっと言われ続けているんです。でも、いまだになくならない。だから、まだ発見されていない、音声だけの魅力が絶対にあるはずなんですよ。
明日ラジオブームが来るなんて間違っても言えませんが、自分だけはそう信じたほうがいい。いつか訪れる可能性はありますし、僕がつくるかもしれない。そう考えていた方が面白いでしょ。
そもそも、日本では1週間に1回でもラジオに接する人は半分ぐらいしかいないはずなので、まだまだこれからなんです。
その日が来るためにも、僕はとにかく面白くて、楽しいことに没頭していきたいなと思っています。
(写真:福田俊介)