スポーツイベントもデジタル変革の波
シリコンバレー企業が集結。今年のスーパーボウルはITの実験場
2016/2/6
コパ・アメリカが米国で初開催
今年、アメリカで最も注目を集めるスポーツイベントは何でしょうか。
「コパ・アメリカ!」と答える人もいるかもしれません。
本来は「南米王者」を決めるサッカーの大陸別大会ですが、今回は100周年を記念して北中米カリブ海連盟を巻き込み、初めてアメリカ合衆国で6月に開催されます。「コパ・アメリカ・センテナリオ」という特別な名称がつけられました。
「アメリカでサッカー?」。もはやそんな疑問を抱く人も減ったでしょうね。すごく人気があります。
ちなみに去年7月の女子ワールドカップ(W杯)決勝・アメリカ対日本(カナダ開催)の視聴率は、一昨年の男子W杯決勝・ドイツ対アルゼンチン(ブラジル開催)の視聴率よりも高かったです。
「そんな数字、底辺の戦いでしょ?」というのはずっと昔の話です。これらの視聴者数はNBAファイナルよりも上でしたから。
欧州名門の親善試合に約7万人
シリコンバレー(カリフォルニア州サンタクララ)にある「リーバイス・スタジアム」は、アメリカで最も話題のハイテクスタジアムです。
去年、FCバルセロナとマンチェスター・ユナイテッドの親善試合が行われた際には6万8000人の観客が訪れ、満員御礼となりました。今年6月、コパ・アメリカの開幕戦もここで行われます。
シリコンバレーでは、すでに白人は多数派ではないですからね。半数以上がアジア人とヒスパニックです。コパ・アメリカは大いに盛り上がるでしょう。
ブランド価値が一番の大会
とはいえ、いくらサッカー人気が急上昇していても、アメリカで一番ではありません。
アメリカで最も注目が高いのは、やはりスーパーボウルです。毎年2月に行われるアメリカン・フットボール、NFLの年間チャンピオン決定戦ですね。
去年のスーパーボウル視聴率は史上最高の49.7%。先に書いたサッカーのW杯決勝や、NBAファイナルの5倍の視聴者数です。野球もゴルフもアカデミー賞も比較対象になりません。
経済誌「フォーブス」が発表したスポーツイベントの最新のブランド価値ランキングにおいて、スーパーボウルは堂々の1位。ブランド価値は2位のオリンピックの約1.7倍です。アメリカではオリンピックよりも上なのです。
そのチケット代は、なんとこんな感じ……。
え? 793350ドル……って1億円!? 何度も桁を確認しましたが約1億円です。22人分のチケットが含まれたスイートルーム。常識的な個人が買うチケットも最低価格は40万円ほどです。
はい、異次元ですね。
シリコンバレー開催という色
今年、このスーパーボウルで新たな取り組みが行われています。
スーパーボウルの開催地は、持ち回りで数年先まで開催地が決まっています。シリコンバレーでの開催は、1985年にサンフランシスコで行われて以来、31年ぶりとなります。
シリコンバレーがソフトウェアやネット業界で沸き立つ今の姿となってからは、大型スポーツイベントは初です。
過去この連載でも何度か触れましたが、今シリコンバレーではスポーツエンターテインメントがアツいのです。
「ネットの世界を現実世界に持ち込みたい!」と多くの人間がますますソフトウェア化する非ネット業界に転職しています。テスラモーターズやUber(ウーバー)を追うように、ネットによるリアル革命を目指す人たちがすごく増えています。
中でもスポーツのようなまったくもってローテクな世界や、エンターテインメントのような人間的感情の世界において、変わってこなかった常識をテクノロジーで一変させることにシリコンバレーの人間は情熱を燃やすんですね。
デジタル技術の実験場
大会の組織委員会のトップには、過去多くのオリンピックやサッカーW杯の開催に携わったスポーツイベントのプロ、キース・ブルース氏が就任し、地元グーグルやインテル、アップルやSAP、ウーバーなど半数以上がテクノロジー企業という協賛によって、約60億円の巨額資金調達に成功しました。
試合は今週末の日曜日夜ですが、試合前1週間はスーパーボウル・ウィークということで、サンフランシスコ市内に「スーパーボウル・シティ」と呼ぶ特設広場が設けられ、トークショーやコンサート、各種参加型イベントなどがお祭り騒ぎで開催されています。
協賛パートナー各社もお付き合いでおカネを垂れ流すのではなく、スーパーボウルに合った新製品やサービスのお披露目の場として活用しています。
F1が長らく自動車業界の先端技術の実験場といわれてきましたが、今年の第50回スーパーボウルはデジタル技術の実験場元年かもしれません。
各社が新技術を投入
グーグルは先月「Real-Time Ads」を発表し、スーパーボウルの場で試験導入すると宣言しました。スーパーボウル視聴者の中にはCMのために見ているという人も多く、毎年必ずCMが話題になります。
ただし、昨年は「30秒枠の広告料金が5億円」にまで高騰し、投資効果に疑問を持つ広告主企業が多いのも実情です。
あらゆる会社が知恵を絞り、3年前のスーパーボウルが停電で中断となったときには、クッキー菓子の「オレオ」がツイッター上で行った停電と絡めた即興マーケティングが、どんな高額なCMよりも話題になりました。
即興のアクションがカギ
ツイッターやフェイスブックに比べ、伝統的にはリアルタイムには弱かったグーグル、ユーチューブ陣営が、スーパーボウルをめがけてリアルタイム広告サービスを投入するのは、スポーツの持つ「ライブ特性」とスーパーボウルが持つ「広告性」を考えてのことでしょう。
世界中がデジタルにつながった世界では、「瞬間(モーメント)」に応じた顧客エンゲージメントが大きな差別化要素となってきています。
しっかり事前に時間をかけたクリエイティブよりも、即時即応のライブ型即興のアクションを取れる企業が勝っていくのでしょう。
ウーバーが大会公式の交通会社に
ウーバーも大会の独占交通サービス事業者となり、街とスタジアムを結ぶ各種交通を担います。
ウーバーもスーパーボウルに合わせ、同社の複数顧客乗り合いサービスの「UberPool」を拡張しました。
スタジアム内に独占的に侵入が許可される同社は、スタジアムと駐車場を結ぶ短距離のマイクロモビリティなども担い、大会組織委員長のブルース氏は「これが成功すればオリンピックやサッカーW杯の顧客動線の在り方の未来を示すものになる」と期待を寄せています。
SAPは欧州企業ですが、実はシリコンバレー地域での雇用者数はグーグルやアップル、フェイスブック、オラクルなど地元生まれの企業に続き、テクノロジー企業としてトップ10に入る従業員規模を誇ります。
4000人以上の従業員を持つシリコンバレーの拠点規模というのは、米国籍以外の企業としては圧倒的なナンバーワンで、米企業でも地元外のIBMやマイクロソフトよりも、地元のアドビやヤフー、シマンテック、VMwareなどよりも実は多いのです。
イノベーションに人数や拠点規模は関係ないですけどね(笑)。
VRを用いたデジタルファン体験
SAPがスーパーボウル向けに投入したのは大きく2つです。
1つはVR(仮想現実)やモーションキャプチャなどを利用した「デジタルファン体験」です。
スーパーボウルにおいて、CMと並んで視聴者を惹きつけるコンテンツがショーです。今年の国歌斉唱はレディー・ガガが、ハーフタイムショーはコールドプレイが務めます。
今回、SAPが組織委員会やNFLと提供する「デジタルファン体験」は、一言で言えば、ハーフタイムショーも一緒に騒ごうというものです。
ハーフタイムショーにデジタルに双方向で参加し、ソーシャルネットワーク上で共有し、競い合い、共感し合う。それによってイベントをスタジアム外にも爆発的に広げ、皆がライブ体験できるようにしよう。それが目的です。
クオーターバックを疑似体験
ベイエリアに期間中特設したスーパーボウル・シティの中心的なコンテンツに「Fan Energy Zone」という場があります。
モーションキャプチャを利用した「ダンスゲーム」、VRや視線追跡技術を使って花型ポジションのクオーターバックになりきる「VRゲーム」があります。
「ダンスゲーム」は、ハーフタイムショーへのバーチャルライブ参加を想定。ファンのダンスの技術、それに応じた周りの歓声などがリアルタイムにポイント計算され、隣接の巨大スクリーンに表示されます。
「VRゲーム」では、クオーターバック役のファンの目線や他選手との距離、コンマ数秒単位のボールのリリースタイミングなどを計測し、パフォーマンスをリアルタイムにスタッツ(数値)化します。
来場したファン向けなので、ランキングをカードに印刷して持ち帰ることができたり、自分のプレー結果のスタッツをソーシャルで共有できたり、エンターテインメント性をもたせています。
これらのゲームはシリコンバレーのゲームやクリエイティブ企業が、SAPのエンジニアとともにリアルタイムデータ処理用のクラウドの特徴を生かして、共同で「SAP HANA Cloud Platform」上に開発したものです。
スポーツをショーケースにする
なんでこんなことをやっているのでしょう?
SAPはビジネスにおいて、たとえば「SAP Digital Boardroom」というシステムの一般提供と研究開発を行っています。
それは次のようなシステムです。まず役員が会議室に入ると、顔認識でその人の「経営数値ダッシュボード」を表示する。そして視線がある場所に動いたら、「その地域や事業の売り上げやコスト情報」の詳細を表示させる。
ほかの役員が会議中発言したら、声を拾って社内基幹システムや外部情報を「リアルタイム検索・加工処理」をし、議論に関係する事実や未来予測を返す。
また倉庫や工場では、ウエアラブルカメラなどを用いて、リモートコントロールセンターから「物流倉庫でのピッキング」「ドローンによる危険地や遠隔地の保守点検業務」および「資源採掘作業」を行うことを実現しています。
今ではライブの経済活動の大量の情報処理や記録が可能になりました。その活用を人を介さず時間を要せず、ライブに機械学習のアルゴリズムなどを用いることで、役員会議や工場、物流倉庫や営業現場、さらにはスポーツファンやピッチ上まで、人間の行動や働き方が変えられる。スポーツの試合をそのショーケースにしているわけです。
広告ではない関わり方
逆に言えば、スポーツのスタジアム、チーム、大会の組織委員会は、企業に対してこういう関わり方をもっと提案すべきでしょう。そうすればもっと多くの資金を集められる。
「CMを流すよりもよっぽどいい」「実際の商売に直結するので広告なんかより具体性がある」と考え得る見込み顧客はたくさんいるはずです。
自分たちではできないファン向けの新しいサービスをテクノロジー企業各社がやってくれて、しかも収益まで得られるのですから。ビジネスモデルとしては目からうろこでしょう。
何よりスペースを広告枠として販売してもファンは喜びませんが、こうしたファンサービスは喜ばれます。
デジタルおもてなしの力
もう1つが「デジタルおもてなし」です。
スーパーボウル・ウィークに特設イベント会場に来る来場者は、100万人を超えると組織委員会は想定しています。
この多様なファンをおもてなしするために、5000人を超える組織委員会スタッフとボランティアがいます。SAPはこのスタッフやボランティアの業務を支えるアプリケーションを開発しました。
「配布用Tシャツを受け取る」「イベントに必要な資材を発注する」「ゲームの予約者リストを把握する」「スマホで組織委員会指定の教材を学習する」「ボランティア同士の経験によるソーシャルラーニングで学習する」「多様なファンの接客に備える」といったことを、アプリケーションで支援します。
各業界の正解を応用
スポーツイベント向けと言えば特別のような印象を受けますが、個々の業務はさまざまな業界向けに提供してきたベストプラクティスの集合体です。
ディズニーパークの運営、赤十字の災害支援、アップルストアへの来店、ザ・リッツ・カールトンのスタッフ教育……などです。
それらの業務をレゴブロックの部品として、最新技術と組み合わせてクラウド上に展開します。
たとえば、リアルタイムビーコンと位置情報処理の技術を用いてファンに適切なボランティアが足りているかを分析し、配置をガイドします。
計画されたシフト表通りボランティアが現れなかった場合、自動的にコンティンジェンシープランが発動して代わりのボランティアが手配される。
これらの機能がクラウド上のスマホアプリに構築されています。
バーチャル従業員の管理術
ところで日本人は約束を守りますし、時間に遅れませんから、こうした機能は人間関係でカバーしますが(ドキッ……)、ファンもボランティアも多民族で多言語なアメリカではアプリになっていると非常に有効ですね。
アメリカの価値観で、そしてプロでもなく社員ではないボランティアを活用してということになると、「システム」が人間の領域をサポートする必要があります。
日本でもアメリカでも、「非正規雇用」が労働力の多くを占めるようになっています。
また、ウーバーのように社員ではない「バーチャル社員」でサービスを運用するデジタル企業も登場しています。そういう時代のビジネス用アプリケーションは、これまでとは少し異なった考え方が必要になってきます。
日本人の私の理解としては、「個々のおもてなし品質を高度化させミスを減らそうとする日本型アプローチ」に対し、「ミスを前提とし個々の品質は低くても全体として自律的なデジタルネットワークを構築することで品質を高めるアプローチ」と言えます。
これがデジタルをアドバンテージとする業務のデザイン思想です。
シリコンバレー企業が結集したデジタル祭典、今年のスーパーボウルは裏も表も面白いですよ!