Japan Adopts Negative-Rate Strategy to Aid Weakening Economy

週末特別企画・マイナス金利入門

【野﨑浩成】日銀はなぜ「マイナス金利政策」の導入を決めたのか

2016/1/30

日本銀行が「マイナス金利付き量的・質的金融緩和」を発表し、金融界ばかりでなく世間的にも衝撃が走っています。

金融市場を見ている皆さんは、すでに欧州中央銀行をはじめとするマイナス金利政策に馴染んでおり、ターミノロジー的なショックはなかったと思いますが、お茶の間では頭の上にクエスチョンマークが浮かんでいる状況かと思います。

そこで、週末特別企画として、マイナス金利入門を寄稿します。

マイナス金利とはそもそも何か

正常な状態では資金の貸し手が借り手から利息を受け取ることになりますが、マイナス金利の下では貸し手が借り手に利息を支払うことになります。イメージ的には、お金を保管してもらうための手数料のような感じです。

ニュースなどでは、今回の金融政策の詳細をあまりきちんと説明していないので、具体的に日銀が何をマイナスにするかを簡単に解説しましょう。

これまでは、銀行が日銀の当座預金にお金を預けると0.10%の利息を獲得できていました。今回の政策変更後も、従来から預けている当座預金残高(正確には年間平均残高)については引き続き0.10%の利息が付けられます。

一方で、「マクロ加算額」と名づけられた残高には利息が付与されません。そして、これらを上回る資金が日銀の当座預金に加わったときに、初めてマイナス金利0.10%の対象となります。

このため、銀行が現在日銀当座預金で抱えている資金に丸々マイナス金利の負担がかかるわけではない点を押さえておくべきでしょう。

なぜ、このタイミングなのか

外部環境の悪化が背景にあります。年初から世界的に株価が下落しましたが、原油価格の過度の下落、上海市場の市況悪化に象徴される中国経済の不透明感など、世界経済の不透明感が増幅されてきています。

株価の下落をアベノミクスの翳りとする声も上がる一方、デフレ脱却の中心指標である2%のコアCPI上昇率達成が危ぶまれ、市場からも追加的な緩和を過度に期待する流れとなっていました。

また、欧州中央銀行も追加的金融緩和に向けた方向性が示されるなど、「何かをやらなければ」という圧力が相当程度、黒田総裁にかかっていたことが推察されていました。

しかし、従来からの国債買い入れ目標の拡大やリスク資産買い入れ増額などは、市場はおおむね織り込んでいるものと考えられたため、何らかのサプライズが必要だったということだと思われます。

一部のメディアでは、経済界に対して強いメッセージを春闘前に送る狙いもあるのではないかという見方もありますが、そこまで本当に考えていたかはよくわかりません。

私たちの預金はどうなるのか

預金金利がマイナスになることはありません。すでに超低水準にある現在の預金金利ですが、市場金利の低下により、さらに引き下げられる可能性は高いでしょう。

今回の金融政策変更による直接の影響は日銀当座預金のごく一部に過ぎませんが、確実にマネーマーケットや長期の金利にも大きく影響することになります。国債10年物の利回りもすでに0.1%を下回る水準まで低下しています。

こうした状況が定着すると、銀行は預金を受け入れること自体が経営にマイナスの影響をおよぼすことになります。どういうことかと言うと、市場金利(マイナス金利)よりも高い金利を預金の受け入れで支払うばかりか、預金保険料がコストとして銀行の収益を圧迫します。

そこで、検討の余地が出てくるのが預金口座管理手数料です。アメリカでは、昔から預金口座にチャージされる手数料があり、銀行の手数料収益にもしっかりと貢献してきた歴史があります。

お金をタンスに入れておくよりは、銀行口座に保管しておいたほうが盗難などのリスクもないため、安全性という便益の対価として預金手数料を支払うものです。

しかし、日本の銀行が預金者に負の影響が出るような動きをすると、メディア的にも政治的にも批判される可能性が高いので、ハードルは高いと考えざるを得ないでしょう。

銀行業界に影響はあるのか

銀行の収益に対しては、大きなマイナスの影響が出ます。

目下のところ、銀行が預金を100預かっても、60くらいしか貸出に回すことができません。1997~1999年の金融危機のときには貸し渋りが問題となりましたが、現在貸出が伸びないのは供給サイドに原因があるわけではなく、需要サイドに問題があるのです。

金融危機を生き抜いた企業は、その後の回復を経て、内部留保の蓄積などにより資金不足から資金余剰のところが増えました。

一方で、中小企業などはデフレ長期化により、設備投資などの投資マインドが冷え込み、本来であれば更新投資を行うべきところが、これを見送り、耐久期間を大幅に超えた設備で稼働を続けているところも少なくありません。

こうした状況では、企業などからの資金需要は伸び悩むのは当然です。

そうなると、今回の政策変更により市場金利が低下し借入金利が下がったとしても、銀行の貸出機会が拡大するとは期待できません。

繰り返し述べますが、貸出伸び悩みはサプライサイドの問題ではないため、「銀行の資金を日銀当座預金から貸出にシフトさせる」と高らかにうたわれても、ワークするとは思えません。

銀行の資金調達の源泉である預金の調達金利は低下が極めて限られる一方で、運用対象である貸出や有価証券の利回りが低下すれば、銀行の利益が圧迫されるのは自明です。銀行の利ザヤは年間0.10%のペースで低下していますが、今回の政策変更でこのペースが維持あるいは加速される恐れがあります。

確かに、企業などの借り手は、(名目金利水準が高いという認識はないのですが)物価下落により実質金利水準が高いことから借入を躊躇しているということもあるでしょう。

しかし、預金金利をマイナスにできないという前提で考える限りは、実質金利を引き下げるには、名目金利をさらに下げるよりは、物価上昇率を引き上げるのが王道であると考えます。

質問に戻りますが、銀行に対する影響は甚大ですし、銀行ばかりではなく保険業界への影響も大きいです。アベノミクス効果による株式市況改善により、生保の逆ザヤはようやく解消したところです。

運用収益率は、株価軟調と市場金利低下によりダブルパンチを受けます。何よりも先に、この3月末のエンベディッドバリュー(EV)すなわち株主に帰属する企業価値は打撃を受けるでしょう。金融業界は真っ青です。

この施策は景気に効果があるのか

黒田総裁は、市場のリアクションをしっかりと重視するリアリストであり有能な人物だと思います。今回の施策も明らかにサプライズであり、国内外の株式市場はポジティブに反応していることからも、メッセージ性が高いことは確かです。

「期待に働きかける」という考え方は、これまでも一定の成果もありましたし、これに伴う相場浮揚効果により資産効果ならびに世の中の「空気」の改善により、景気への影響もプラスであったと評価します。

しかし、こうした市場心理あるいは社会心理への影響以上のものを期待することは難しいでしょう。こうしたセンチメントが産業界の先行きの見通しをも明るくすれば、再び資金がうまく回り出す可能性もありますが、これは金融政策で十分条件を充足させることは無理があります。

新聞のヘッドラインに「劇薬」という言葉がありましたが、銀行などの金融に対して劇薬であることは間違いなさそうです。

(写真:Tomohiro Ohsumi/Bloomberg)