「ワンタップ・ラグビー」製作者・インタビュー後編
本気で勝ちたいなら考えを変えろ。エディーの伝説のスピーチ
2016/1/22
エディージャパンの肉体改造の裏には、主観データと客観データの両方を活用した分析システム「ワンタップ・ラグビー」のサポートがあった。開発した株式会社ユーフォリアの代表パートナー、橋口寛と宮田誠に制作秘話を聞く。
前編:エディージャパンの肉体改造を支えた分析ソフトの正体
──「ワンタップ・ラグビー」の機能の中で、筋肉痛や疲労の度合いを自分の感覚で入力する「主観データ」の活用が面白いと思いました。サッカーの分析では、主観によるデータはあまり聞いたことがありません。
橋口:サッカー日本代表のスタッフとお会いしたときに情報交換したのですが、練習後、紙をずらっと並べて、選手に丸をつけてもらっていたそうです。後でコーチやスタッフが定規で測って、でエクセルに入れると。
危険な兆候をアラートで発見
──サッカーでも取り組みがあるんですね。
宮田:エディージャパンの場合、ヘッドスタートといって午前5時半から練習が始まり、朝からガンガン追い込む。相当ハードです。
だからこそコンディションに注意を払い、選手に主観データを入力してもらい、疲労や痛みが大きいときにはアラートがメールでS&Cコーチやメディカルチームに飛ぶようになっています。
S&Cコーチがとても重視していたのが、この日々のアラート。大事な試合の前にいつまで追い込み、どれだけ負荷を下げてコンディションの上昇を図るのか。その計画にすごく役立ちます。
あと客観データは、脈拍や体重その他のいわゆるバイタルデータ。大きすぎる体重の増減などもアラートの対象になります。
世界トップ10との距離を数値化
──個人の練習量もコントロールするのでしょうか。
橋口:はい。ストレングスでは、反復可能な最大の回数をRM(Repetition Maximum)といい、1RMは最大挙上重量になります。
エディーやS&Cコーディネーターのジョン・プライヤー(通称JP)の人脈でインターナショナル・トップ10の1RMがわかるので、日本の選手たちはそれと比べて自分たちの現在地を見ていた。たえばトップ10はベンチプレスで155キロだけど、あなたは今133キロですよ、と。
われわれから見れば、ジャパンの選手も、もともと化け物みたいな数値を上げているんですけれども。インターナショナル・トップ10の数値がものすごい数値なのでね。最初は大人と子どもくらいの差がありました。
──開発はかなり大変だったのではないでしょうか。
橋口:気合とビジョンがしっかりしていればできます(笑)。
スピーディーにローンチしてからどんどん修正を加えていくというのは、ビジネスでいうリーン・スタートアップみたいなかたちですね。
仕様書を決めて最初から完成形を出そうと思うとものすごく時間がかかりますが、「こういうのが欲しい」というニーズを口頭で伝えてもらったり、時には一緒に紙に書き出したりしてどんどん改善を繰り返す。だから早くできたんだと思います。
エディージャパンの食事の秘密
──コンディション管理には、食事も関係してきます。エディージャパンは食事にどうアプローチしていたのでしょうか。
宮田:時期にもよりますが、チームとして契約した管理栄養士の方や協力会社の管理栄養士の方がいて、さまざまなアドバイスをしていました。第1フェーズで体脂肪を落とし、第2フェーズで筋肥大に取り組んでいたことを前回話しましたが、キャンプ地で見た食事は驚くような量でしたよ。なにせ1日の摂取カロリーが7000から8000ですからね。
とにかく量が多いだけでなく、補食の回数が多い。3食の間の補食が、普通の人の夕飯くらいありました。
筋肥大に取り組む2013年春の時点では、インターナショナル・トップ10の平均体重とは相当差がありましたが、W杯前の段階ではかなり追い上げていました。
合宿中は製作側も臨戦態勢
──エディーは厳しいことで知られていますが、システムについてもむちゃな注文があったのでは?
橋口:エディーさんがわれわれに直接言うようなことはないのですが、スタッフから「翌朝までに修正しないといけない!」と電話がかかってきたことが何度もありました。エディーさんのプレッシャーは大きかったと思います(笑)。
宮田:あるリポートがぱっと画面に出るようにしてほしいとか、ビジュアルや表示のちょっとした修正がほとんどです。
数字の羅列ではエディーは納得せず、対象となる選手のグループが一目でわかるようにしなければならない。
単純なことも多くて、クリックするとちゃんと1枚の紙に収まってプリントアウトされるとか。合宿中はいつどんなオーダーがあるかわからないので、われわれも常に臨戦態勢でした。
エディーさんは要求が厳しいのですが、本人が誰よりも働く。だからすごいんですよ。
あえて選手にストレスを与えた
──W杯ではまさにS&Cの取り組みが報われましたね。
橋口:南アフリカ戦では心身のピーキングが本当にうまくいったのだと思いますが、少し前の時期までかなり追い込んでいたのでドキドキしながら本番を迎えました。毎朝、アラートが飛び込んできますからね。
W杯の前まで、エディーさんは選手たちにあえて疲れた状態で試合させていました。たとえば7月にパシフィック・ネーションズカップという大会があったのですが、ほとんどピーキングを行わずに試合に臨んでいました。
本番の前までは、ストレスを与えて、嫌な状況をつくって試合や練習に臨ませる。それが酷ければ酷いほど、本番とのギャップが大きい、というのがエディーさんの考えです。
選手によっては相当に疲れがたまっていました。ただ、南アフリカ前に負荷を下げ、コンディションのピークをしっかりと初戦に合わせていました。
エディーの伝説のスピーチ
──エディージャパンに携わって、最も印象深かったことは?
橋口:サッカーでいうとS級ライセンスの指導者が集まるような「トップコーチ会議」というのが全国であり、そこでわれわれが「ワンタップ・ラグビー」について何度かプレゼンさせてもらったのですが、その場でエディーさんがスピーチしたことがありました。2013年のことです。
エディーさんは顔を真っ赤にしてこう言いました。
「とにかくS&Cが大事だ。世界のラグビーはどんどんフィジカルになってきている。スキルフルになっているんじゃない、フィジカルになっているんだ。日本とのギャップはますます広がっている。日本は世界で最も準備不足の国だ。私は本気で勝ちたいんだ! 今までやってきたやり方ではダメで、本気で勝ちたいなら考えを変えなければならない。今やらないで、いつやるんだ!」
本物のリーダーだなと思いました。反発もあったかもしれませんが、その言葉通りの結果になったわけですから。(終わり)
(写真:編集部)