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第2次産業革命のマインドからシフトすべき時が来た

【J.リフキン】日本の弱点は、時代遅れのエネルギーインフラ

2016/1/22
連載「世界の知性はいま、何を考えているのか」では、欧米・アジアの歴史学者、経済学者、政治学者に、専門的かつ鳥瞰(ちょうかん)的な観点から国際情勢について聞いていく。今回登場するのは、ドイツのメルケル首相ら、各国首脳のアドバイザーを務める、文明批評家のジェレミー・リフキン。近著『限界費用ゼロ社会』でIoTとシェアリングエコノミーの本質を説いたリフキンに、資本主義の新潮流について聞いた。

驚くべき中国の動きの早さ

──近年中国政府のアドバイザーも務めていらっしゃいますが、中国がいち早くリフキン氏の構想に興味を示したきっかけは何でしょうか。

リフキン:数年前、李克強首相が私の著書に言及したというニュースを初めて目にしたときは、正直びっくりしました。

李首相は出版した伝記の中で、私の著書である『第三次産業革命』のファンだ、と書いており、主要政府機関に同著にあった、スマートでデジタル化した、第3次産業革命の経済パラダイムにシフトするうえで中心的なテーマを研究するよう指示していたのです。

そこから『第三次産業革命』『限界費用ゼロ社会』の構想や提案を実現する中国の動きの早さには本当に驚きました。私の中国への1回目の公式訪問の11週間後、政府は約820億ドルで4年かけて送電網を電子化する計画を発表しました。

結果、中国市民は太陽光や風力で自家発電をし、送電網に電力を送り返すことができるようになりました。今、中国は『限界費用ゼロ社会』に記述のある、ほかの取り組みについても、かなりのスピードで進めています。

日本・米国が理解していないもの

──中国政府が再生エネルギー開発に熱心だ、ということなど、断片的なニュースは日本に伝わってきていますが、これらの取り組みがより大きな構想のもとに行われていることはあまり知られていないように思います。

たとえば、リフキン氏の構想の影響を受けて実施されている、中国企業のIoT(Internet of Things)化を進める政策「インターネット・プラス」も日本ではあまり話題になりませんでした。

まさしくその通りだと思います。こういった情報が断片的にしか入ってこないのは、より大きな物語が見えていないからでしょう。

私が『限界費用ゼロ社会』で述べた構想は、説明さえすれば、17歳にでも理解ができるような、シンプルなものです。今、必要なのは、古いシステムや経済モデルが機能不全に陥っていることを認め、そこから抜け出すことです。

「大きな物語が見えていない」のは、米国も同じです。オバマ大統領は、より環境に優しい経済をつくるために、数十億ドルもの国家予算を投入しましたが、失敗しました。

理由は、彼がバラバラのパイロット・プロジェクトにその予算を使ってしまったからです。ソーラーパネルを生産する企業に少々、ソーラーバッテリーを生産する企業に少々、持続性を重視する農業を営む企業に少々、という具合に。

こうした政策を実施するのは、米国人の多くが100万人のスティーブ・ジョブズを生み出そう、といったメンタリティに染まっているからです。誰もが次の天才起業家になる可能性があり、次の天才的プロダクトを生み出す可能性がある、と。

しかし、米国人が理解すべきなのは、スティーブ・ジョブズが成功したのは、政府が経済活動を管理し、動力源を供給し、動かすためのインフラ──すなわち、コミュニケーション・インターネットやエネルギー技術、物流など──をすでに整えていたからなのです。

企業は、このインフラを利用することで効率性の総計や生産性を向上させます。インフラがなければ、何も始まらない。第2次産業革命も、政府がつくった高速道路や、労働者を教育するための公立学校、政府が整えた下水道や電子網、石油パイプラインなどがあったからこそ発展しました。

中国やEU(欧州連合)では社会主義的市場経済が採用されているので、官民協働の重要性が理解されていますが、米国では少なくない国民が政府はいらない、と考えている体たらくです。

ビジネスとしても原子力は損

──限界費用ゼロ社会に向けた経済モデルのシフトは、官主導ですべきでしょうか。

政府が主導すべきとは思いませんが、政府が私企業のイノベーションを阻むべきではない、と考えます。若い世代や私企業、政府が新しい経済モデルにシフトをしようとしても、頑固に現状を維持しようとする一部の企業に足をすくわれてしまうこともあるからです。

日本では、政府が原子力発電産業や電力会社にからめとられてしまっています。そのせいで、ほかの産業までもが前進することができなくなっています。

たとえば、トヨタはプリウスで世界をリードしていますが、そのプリウスの動力源が、効率性が悪いうえに環境問題まで起こしている火力発電による電気のままだと、プリウスを運転するコストも高いままです。より効率性を向上させるためには、限界費用がゼロの新しいエネルギー源を使うべきなのです。

多くの産業に技術的前進の準備ができていますが、火力発電や原子力発電がエネルギー源である現状を変えない限り、第3次産業プラットフォームにおける、効率性の総計の大幅な向上は実現できませんし、限界費用ゼロ社会やシェアリング・エコノミーへシフトできません。

──日本のビジネス・サークルでは、原子力発電への支持が依然根強いです。安く、環境に優しいと捉えられているようです。

まず、原子力発電が環境に優しいのは誤解だ、というところから説明します。

科学者の計算によれば、原子力発電がCO2排出量に少しでもインパクトを与えるためには原子力発電が全発電量のうち20%を占めなければなりません。しかし、現状では、原子力発電は全発電量のうちたった6%しか占めません。

これを20%に引き上げ、温暖化対策をするには、向こう40年で世界中にある2000基の原子炉のうち、古くなったものを取り換えながら、さらに数千基新設しなければなりません。単純計算で30日に1基新設しなければ間に合わない計算になりますが、到底実現不可能な数字です。

ご存じの通り、放射性廃棄物の処理や、国際電子力機関による、2035年までにはウランが枯渇する可能性の指摘など、ほかにも問題はあります。

後者に関しては、フランスのようにプルトニウムを原料とする次世代原子炉を建造する手もありますが、このテロの時代に世界中でプルトニウムを生産することは、果たして安全でしょうか。

最後に、水不足の問題があります。フランスは全発電量のうち、原子力発電が75%を占めますが、フランスで使われている水の40%から50%が原子力発電に使われています。原子炉の冷却に使われるのです。

福島原発のように、冷却水を海水で冷却する完全な水冷方式であれば、そこまで大量の水を必要としませんが、この方式では原子炉を海岸沿いに建てることになります。地球温暖化でハリケーンやサイクロン、津波などの自然災害が増す中、世界中の海岸に原子炉が建つ状況は、理想的ではないでしょう。

リスクを見込めば、ビジネスとしても原子力発電は損です。

電力「生産消費者」の勃興

──ドイツでは再生エネルギーを推進した結果、電気代が高騰している、との批判もあります。

電力の卸売価格は激減しましたが、小売価格は確かに上昇しました。しかし、この価格の上昇も一時的なものです。

電力の小売価格の上昇の背景には、固定価格買取制度があります。固定価格買取制度で、自家発電電力を高めに買っている分が小売価格に上乗せされているのです。

この制度はそもそもアーリーアダプターを支援するためのものなので、今は高めの買取価格が是正されている段階です。買取価格が完全に是正されれば、小売価格も元に戻るでしょう。この政策は、国外からの批判はあっても、国内では過半数の市民に支持されています。

なお、ドイツの再生エネルギー政策が万全だったかというと、そうではありません。再生エネルギーは天候や気温で出力が変動するので、蓄電池の設置は必須でしたが、当初はこれが設置されていませんでした。

また、自家発電者を含む幾多のプレーヤーが電力を送電網に売る、分散型発電を実現するには、電子化された送電網であるスマート・グリッドの導入が必要だったのですが、こちらも当初は導入されていませんでした。

こういった欠点がありながらも、ドイツでの電力の在り方は革命的な変化を遂げています。

ドイツでは、再生エネルギー推進政策が導入された結果、農家や中小企業、町などに属する何百万人もの人が協力し、電力協同組合を結成しました。

彼らは、銀行から低金利の融資を受け取り、送電網に自家発電電力を売ることで融資を完済し、電力を消費しながら生産するプロシューマー(生産消費者)になっています。

日本はどうやってドイツに勝つか

──プロシューマーが増えた結果、業界にはどのような影響があったのでしょう。

ドイツの電力業界では、音楽業界や新聞業界、出版業界や放送業界に起きていることと同じことが起こっています。揺るがない地位を誇っていると考えられてきた大手企業らの経営が、これらのプロシューマーの影響で悪化し始めたのです。

しかし、これは何も大手企業の終焉を意味するわけではありません。彼らは、ビジネスモデルを転換せざるを得ない、というだけです。

約5年前、私はEUの電力会社にとあるビジネスモデルを提案しました。当時は採用されなかったのですが、そのビジネスモデルを採用している電力会社や送電会社が徐々に増えてきています。

そのビジネスモデルとは、自家発電をしている何千もの協同組合と契約を結び、彼らのバリューチェーンにおけるビッグデータを発掘すること、そしてそのビッグデータをもとに自家発電の効率性を高めるアルゴリズムをつくり、電力の生産効率性が向上した分、顧客である協同組合から報酬を受け取ることです。

数々の電力会社や送電会社がエネルギー管理プログラムをつくり始めており、私のコンサルティング・グループが関わっているフランスのノール=パ・ド・カレー地域圏でのIoT、限界費用ゼロ社会実現に向けた事業に参画しているGDFスアズや、フランスの大手電力会社ERDFやEDFなどもそういったプログラムを手がけています。

私が今、日本人や日本の首相に問いたいのは、今後どうやってドイツのような国に勝とうと思っているのか、ということです。

ドイツは現在、全発電量の約30%を限界費用ゼロの再生エネルギーで賄っています。再生エネルギーの固定費用は劇的に下がり続けているため、向こう数十年で再生エネルギーが全発電量に占める割合は100%に限りなく近付き、費用も限りなくゼロに近づくでしょう。

日本は、数多くの産業においても世界一流です。日本の技術力とは、いまだどの国も太刀打ちできません。そんな日本にとって、火力発電や原子力発電を含む、時代遅れなインフラが足かせになっている状況がもどかしいのです。(終わり)

(聞き手・訳・構成:ケイヒル・エミ)

*目次
第1回:化石燃料依存の現代文明は、もはや限界だ
第2回:アジアこそシェアリングエコノミーと相性が良い
第3回:日本の弱点は、時代遅れのエネルギーインフラ