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「ワンタップ・ラグビー」製作者・インタビュー前編

エディージャパンの肉体改造を支えた分析ソフトの正体

2016/1/21

エディージャパンのラグビーワールドカップ(W杯)における3勝という歴史的快挙は、日本人は体格で劣るという通説を覆し、ほかの競技に大きな影響を与えた。

その肉体改造において重要な役割を果たしたのが、「ワンタップ・ラグビー」という分析システムだ。

選手たちは体調や筋肉痛の度合いをスマートフォンやタブレット端末に毎日打ち込み、指揮官のエディー・ジョーンズはそれをもとに疲労度を見極め、彼らを限界ぎりぎりまで鍛え上げた。

さらに世界トップ10%の選手たちのデータと常に比較し、数値目標を掲げて筋力をアップ。その結果、南アフリカやサモアの選手たちにも当たり負けしないフィジカルを手にすることができたのである。

そして今、リオデジャネイロ五輪に向けて、この分析システムは男女の7人制ラグビー日本代表の強化にも用いられている。

「ワンタップ・ラグビー」を開発したユーフォリアの代表パートナー、橋口寛と宮田誠にその機能と制作秘話を聞いた。

日本に足りなかった体重とパワー

──どういう経緯でエディージャパンに携わることになったのでしょうか。

橋口:きっかけは2012年夏、日本代表の岩渕健輔GMから共通の友人を通してコンタクトがあったことです。ストレングス&コンディショニング(S&C)の強化を支えるためのシステム開発について、一度話をしようということになりました。

2015年W杯を目指して、ジャパンを強化するうえで最大の課題がS&Cだと。圧倒的に体重やパワーが足りないし、フィットネスも足りていない。

たとえばコンディショニングで言えば、ピーキングへの意識が乏しく、大事な試合の前に追い込んでしまい、疲れた状態のままで試合に出てしまっていた。あるいはコンディションの状態が見えないために疲労が極限に達しているときに同じ練習メニューを課してけがをしてしまう例もあった。

そういうコンディションの情報を可視化したい、というニーズをコーチングスタッフや岩渕GMは持っていました。

また、ストレングスで言えば、コンタクトプレーやセットピースで負けない体をつくる必要があった。タックルやブレークダウンなどでバッとボールを奪うときの強さであったり、スクラム、ラインアウトやモールを強化するうえでの基礎となる身体的な強さです。

日本人は身体的に小さいのでできるだけコンタクトプレーを避けなければいけないという固定概念がありましたが、岩渕GMはそれを根底から変えたいと。だから同じ考えを持つエディーさんと共鳴したそうです。

設定した目標値に対してどれくらい体ができているかがわかれば、指導者は現在地がわかるし、選手にとってはモチベーションになる。それをサポートするシステムをつくってほしいとのことでした。

橋口寛(はしぐち・ひろし)早稲田大学教育学部卒。米国ダートマス大学Tuck School修了・MBA(経営学修士)。大学卒業後、ダイムラーベンツ日本法人にて、メルセデスベンツ販売店ネットワークの経営改善業務に従事。私費でMBA留学後、アクセンチュア戦略グループに入社し、大手製造業・流通業に対する経営戦略策定実行支援に従事。その後、コンサルティング事務所を設立し独立。大手消費財メーカー新規事業開発プロジェクトやベンチャー企業の成長支援、企業研修等を行う。同時にプライベートエクイティファンドのアドバイザー業務も。現在、株式会社ユーフォリアの代表パートナーを務める傍ら、慶應義塾大学システムデザインマネジメント研究科の特任講師も務めている

橋口 寛(はしぐち・ひろし)
早稲田大学教育学部卒業。米国ダートマス大学Tuck School修了・MBA。大学卒業後、ダイムラー・ベンツ日本法人にて、メルセデス・ベンツ販売店ネットワークの経営改善に従事。私費でMBA留学後、アクセンチュア戦略グループに入社し、大手製造業・流通業に対する経営戦略策定・実行支援に従事。その後、コンサルティング事務所を設立し独立。大手消費財メーカー新規事業開発プロジェクトやベンチャー企業の成長支援などを行う。同時にプライベートエクイティファンドのアドバイザー業務も。現在ユーフォリアの代表パートナーを務める傍ら、慶應義塾大学システムデザインマネジメント研究科の特任勤講師も務める

世界トップ10%のデータと比較

──エディージャパンには、オーストラリア人のジョン・プライヤー(通称JP)というS&Cコーディネーターがいましたね。彼とも連携していたのでしょうか。

橋口:もちろんです。彼はエディーさんがワラビーズ(オーストラリア代表)のヘッドコーチを務めていたときの右腕で、サントリーにも連れてきました。エディーさんは強烈なキャラクターで消耗してしまう人もいるのですが(笑)、彼は盟友になっていますね。

あとはW杯の直前までジャパンのS&Cコーチだった村上貴弘さん(現早稲田大学ラグビー部S&Cコーディネーター)。この2人がS&Cをメインで担当し、岩渕さんはGMとして全体をフォローする感じでした。

2015年のW杯に向けて、エディーさんたちは「インターナショナル・トップ10」という言葉を使っていた。スーパーラグビーの10%に入る選手になろうということ。数で言えば数十人しかいない。そこに到達すれば、イングランドや南半球の3カ国と戦っても体力的に負けません。

そのトップ10の数値は、エディーやJPの人脈によって手にすることができました。アナリティクスデータもそうですが、もともと、世界のラグビー界ではさまざまなデータを共有する文化があるそうです。

求められたわかりやすさ

ちなみにオーストラリアはS&Cの管理が進んでいて、そのためのソフトもありました。エディーはサントリーでそれを使っていた。ただ、ジャパンウェイに取り組むうえで、思い通りの可視化ツールがあるわけではなかった。ならば一から日本製をつくろうということで、私たちに話が来たんです。

──既存の商品の何処に不満があったんでしょうか。

宮田:まず不必要な機能がいっぱいありすぎる。コーチも選手も時間がない中、シンプルに使える物が欲しいというニーズがありました。

あとは、当然チームの状況に応じて求める機能はどんどん変わっていくので、クイックに機能変更をし続けたいというニーズがありました。それにすべて応えていくには海外からでは難しかったというのがあったと思います。

宮田誠(みやた・まこと)明治大学商学部卒業後、商社にてオーストラリア・インドネシア・中国・ロシアとのエネルギー貿易(石炭貿易)に従事。国内火力自家発電施設を有する企業へのエネルギー調達と管理を行う。台湾に渡り、半導体関連の新会社(JV)の立ち上げにプロジェクトリーダーとして参画。OEM先の選定、生産体制の整備を行う。その後、株式会社ブリヂストンにて、マーケティング・企画業務に従事。商品企画、小売店のリテール・マーケティング、店舗開発、組織マネジメント・人材育成等を行う。2008年8月に橋口とともに株式会社ユーフォリアを設立し、代表パートナーに就任

宮田 誠(みやた・まこと)
明治大学商学部卒業後、商社にてオーストラリア・インドネシア・中国・ロシアとのエネルギー(石炭)貿易に従事。のちに台湾で新会社(JV)の立ち上げに参画する。その後、ブリヂストンにてマーケティング戦略業務に従事。商品企画、プロモーション、店舗開発、組織マネジメント等を行う。2008年8月に橋口とともにユーフォリアを設立し、代表パートナーに就任。長野県白馬村が故郷であり、親族に3人の冬季オリンピック選手がいるなどスポーツに馴染みが深い

まずは体脂肪率を落とした

──それを使い、具体的にどんな肉体改造が行われたのでしょう。

橋口:2つのフェーズがありました。まず第1のフェーズは体脂肪率を落としてフィットネスを上げること。今のラグビーはアスリート対アスリートで、重いだけの選手が押し合えばいいという話ではなくなりました。

今回のW杯がそうでしたが、現代のラグビーでは第一列の選手がめちゃくちゃ走るんですね。日本の当時の第一列の選手は、ぽちゃっとして体脂肪率も高かった。2012年はとにかく脂肪を落とすということに取り組み、ちょうど私たちが参加したのはそのフェーズの途中でした。

次に取り組んだ筋肥大

──第2フェーズは何に取り組んだのでしょう。

体脂肪率が下がったところで、次は筋肥大に徹底的に取り組んでいました。第1フェーズでは高タンパク・低炭水化物の食事で、とことん有酸素運動をして走れる体にしていたのですが、第2フェーズでは高タンパク・高炭水化物の食事に切り替える。コンタクトに強い体をつくるということですね。

とにかくゴールを決めたら、そこに向かうためのプロセスを死んでもやり切るというのがエディーさんのやり方です。

宮田:エディーさんらスタッフがよく言っていたのは、代表から所属チームに戻るたびに、体が小さくなって帰ってきてしまうと。ジャパンのトレーニングに比べればはるかにトレーニングの強度が低いからです。各チームにはもちろん言い分はあるとは思いますが、エディーさんは怒っていた。

そういう背景もあって、160日という異例の長期合宿を行ったんです。W杯で3勝するなら、それくらいS&Cにこだわらなければダメだということです。

主観データで体調を監視

──その中でコンディショニング管理システム「ワンタップ・ラグビー」はどんな役割を担ったのでしょうか。

宮田:依頼を受けてから一気に開発し、打ち合わせを重ねながら突貫で2013年の頭に完成させました。そして合宿で使いながら、さらに改良するという感じでした。

システムの特徴は、各自が入力する「主観データ」と測定によって入力する「客観データ」があることです。

たとえば主観データは、睡眠、ストレス、栄養などについて、自分の感覚で数値をスマートフォンやタブレット端末に入力します。また、首・肩・背中・腰・臀部(でんぶ)・ふくらはぎにおける筋肉痛の度合いも自分で打ちます。

主観データは医療現場で使われている「ビジュアルアナログスケール」、通称VASを用いる。人生の中で想像し得る一番痛い状態から、想像し得る一番痛くない状態までがゲージに切ってあって、現在の痛みがどこにかかるかを直感でポイントするというものです。

とにかく入力の負担を減らすために、数字入力は極力排除してほしいという依頼を受けていたので、毎朝起きたときに1分以内で入力できるお手軽なものにしました。指でポンポンポンとタップすれば終わり、という感じです。

(写真:編集部)

*インタビュー後編は明日掲載します。