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自己責任に追いつめられる下流老人

「生活保護より自決したい」。助けを求められない下流老人の苦悩

2016/1/19
現在、日本国内に600万から700万人いるとされる「下流老人」。彼らはなぜ、生活保護レベルの苦しい生活を強いられているのか。日本人の平均年収を稼ぐサラリーマンにとっても他人事ではないとされるこの現実について、『下流老人』著者の藤田孝典氏に話を伺った。
前編:「下流老人」はなぜ社会問題化しているか

依然受け容れられぬ社会保障の議論

――お金がなければ住居だけでなく、医療の面でも大きな不都合を強いられるでしょう。経済的困窮から治療を断念すれば、まさに死に直結するリスクとなります。

藤田:健康保険証すらもっていない高齢者もいます。彼らは病気や介護が深刻化しても、周囲に助けを求めようとしない。

そこで近年、早期発見・早期治療につなげるため、無料または低額な料金で診療する施設として届け出を行なう病院(無料低額診療施設)が増えています。診察数に応じて、病院は税制上の優遇措置が受けられます。しかしそもそも、こうした病院があることを多くの人びとは知らないのです。

――なぜでしょうか。政府や自治体が情報の提供をサボタージュしているからですか。

率先して教えてこなかった、ということでしょう。国の財源がないことを1つの理由にして、意図的に情報を隠してきた。「困窮している人は早めに助ける」というのが社会保障の原理なんですが、日本ではそれすら否定されていますからね。

たとえば、日本の生活保護バッシングは異常です。生活が困窮している人をとことん精神的に追い詰めて、自殺にまで追い込んでしまう。2015年6月、新幹線の車内で高齢者が生活苦のあまり焼身自殺する衝撃的な事件が起きました。

現に、高齢者のあいだでは自殺が増えています。社会保障制度の再整備を行なわなければ、ますます社会は不安定化するでしょう。

――日本は先進国のなかで生活保護費の支給額が相対的に低いにもかかわらず、社会保障に関する論理的な議論が受け入れられない雰囲気があります。

日本で生活保護バッシングが強いのも、それだけ生活に困っている人がいることの裏返しです。「自分は必死で働いて月10万円しか所得がないのに、働かずに生活保護を13万円ももらっている人間は許せない」という意識がある。

本来、低賃金労働者はもっと住宅補助などの手当てをされるべきで、政府にもそうした政策を要求すべきです。なのに、その批判が政府ではなく生活保護受給者に向いてしまうんです。

私たちの支援業務の現場では、ワーキングプアと生活保護受給者の対立がけっこうあります。両者の要求が時に相反することで、1つに団結することが難しくなってしまう。労働組合の力が弱くなったのも、リベラル勢力の政治的影響力の低下と同時に、正規雇用と非正規雇用の両者のあいだで要求が異なるからです。

――『下流老人』で書かれているとおり、旧来の自己責任論だけでは社会が分裂、崩壊の一途を辿る。ならば、まず必要なのは、これまでの認識を改めることでしょう。もともと弱い者への惻隠(そくいん)の情は、われわれが父祖から受け継いできた重要な倫理観の1つだったはずです。

ほんとうにそのとおりです。最近、私は保守の価値観をもった人とじつに話が合うんです(笑)。

社会保障は経済成長に不可欠


――ここ数年、日本は高齢者に対して年金受給開始年齢を遅らすなど給付を減らす一方、消費増税や医療費の自己負担など、負担を増やす政策を取ってきました。その背景には「日本の高齢者は恵まれている」という意識があったと思います。

少なくとも、給付を減らし、負担を増やせば高齢者の生活はどうなるか、といった議論はほとんどなされてこなかった。実際は統計をみるかぎり、「恵まれている老人」は一部にすぎず、大多数の高齢者は生活に不安を抱えているわけですが、なぜそうした認識をもてなかったのでしょうか。

もともと日本では社会保障の位置付けがあまりに低い。「社会保障はなぜ必要か」ということに関して、国民的なコンセンサスがないんです。

私は、社会保障は経済成長にとっても重要だと考えています。国民が将来に不安を抱えているようだと、消費が伸びない。実際、アベノミクスの開始から2年が過ぎましたが、いくら日銀がマネーを供給しても、個人消費が思ったよりも伸びてこないのは、そのためでしょう。

日本の一部の経済学者は社会保障費を負担としてしか考えていません。しかし、ヨーロッパでは景気後退期にこそむしろ社会保障を手厚くしています。日本も内需を刺激するためには、所得の再分配機能を高め、社会保障に力を入れていくしかないでしょう。

――最近、「コスパ(コストパフォーマンス)がいい」「悪い」という言葉をよく聞くようになりました。なかには「結婚はコスパが悪い」と真顔で語る若い男子がいて唖然(あぜん)させられます。これも将来の不安が影響しているんでしょうね。

いまおっしゃったような話は、べつに珍しくないでしょう。現代において、結婚して家族をなし、子供を育てるというのはもはや「リスク」であるという考え方すら存在します。

大学卒業までの教育費はすべて公立でも約1000万円。すべて私立で大学は理系の場合、約2500万円も掛かる。自分の老後の生活リスクを考えれば、結婚や育児はそれこそ「コスパが悪い」のです。国家の社会保障政策を変えないかぎり、そうした行動は個人においては“正しい”ことになってしまいます。

――これでは少子化が進む一方です。

それだけでなく、消費にお金が回りません。それでは景気もよくならない。社会保障は経済成長に不可欠である、という発想に社会全体が変わらないといけない。

お金の問題で死なないでください

――藤田さんが代表理事を務めているNPO法人への相談者は、どんな手段で連絡してくるのですか。

メール、電話、来所などさまざまです。共通点を挙げるとすれば、そうとう追い詰められてから相談に来ることでしょうか。もう少し早く来てほしい、といつも思います。

また生活保護に関する知識について、正しい情報をもっている人が少ない。よくある誤解は「年金をもらっているから自分は生活保護を申請できない」というもので、もちろんこれは間違い。年金受給額が少なければ、足りない分の追加支給を申請できます。

こうした知識がないために、家賃を滞納して追い出されるような事態になるまで、相談に来ない人が多い。

――生活保護の仕組みに関する知識が普及していないのですね。

さらに本人の意識の問題もあります。いわば自決主義というか。

――自決主義!?

実際に「お上の世話になるぐらいなら、切腹する」という相談者がいました。最近は生活苦で入水自殺するような事件も起きています。私が『下流老人』を出版したのも、お金の問題で死ぬなんてバカらしいからやめてください、という啓発の意味がありました。

――「生活保護を受けるぐらいなら、自決する」というご高齢の方をどうやって説得するのですか。

生活保護はたんなる社会保障制度の1つだ、という話をします。「あなたも年金はもらっているでしょう。その半分は自分で払ってきたお金ですよ」というと、「でも生活保護費は払ってきていない。もらっていいのか」と返される。

「でも、消費税とか所得税とか税金を払ってきたじゃないですか」と説得して、70歳や80歳のおじいちゃんやおばあちゃんをなんとか自治体の窓口まで連れて行くんです。

助けを求める、を肯定する

私は、これから必要なのは個人の「受援力」である、といっています。援助を受ける力、という意味です。生活保護に頼るのは悪いことではない、というふうに考えを改めてもらう。あるいは困ったときに誰かに相談できるのは、それ自体がすごいことだ、と思ってもらう。

家族や地域社会に頼れない以上、そのようにして個人を励ましていく戦略が当面は有効だと考えているんです。

――生活保護をもらうのは、国民の権利だというわけですね。それにしても、下流老人を含め、日本でこれだけ貧困層が増えているのに、なぜ国会の前でデモが行なわれないのでしょうか。「戦争法案反対」と叫ぶより、「ブラック企業撲滅(ぼくめつ)」「結婚したい」という要求のほうがより切実感が出ると思いますが。

じつは国会前で“戦争法案反対”などとデモをしている若者のなかには、自身の労働環境が劣悪なのに、そこには声を上げない実態もあります。ワーキングプアなら自身の社会保障に対してこそ声を上げるべきです。

国の安全保障政策を非難し、護憲を叫ぶことで、自分が直面しているつらい現実から逃避しようとしているのであれば、まずは足元の生活から訴えをすることがより重要なはずです。

――そうした若者に対して、戦争への不安を煽(あお)って支持を集めようとする野党の指導者の発想は古いですね。貧困層のためにもなっていませんし、それで社会がよくなるとも思えません。もっと現実をみなければ。

リベラルは、社会保障の再構築が急務という大枠では一致しても、各論になると“内ゲバ”が始まるんです。一方で、保守はまとまるときはまとまる傾向がある。

だから私は、下流老人を含む貧困問題の解決では、むしろ保守の方々にがんばってほしいですね。下流老人を生み出すのは、本人や家族ではなく、国や社会システムのほうに原因があるのですから。老人を大切にしない社会には、若者だって希望を感じないでしょうし、そうした国に未来はありません。

(聞き手・構成:Voice編集部 永田貴之)
 【Voice】藤田孝典氏プロフィール.001