Democratic Progressive Party (DPP) Chairperson and presidential candidate Tsai Ing-wen waves to her supporters after her election victory at party headquarters in Taipei

総統選挙後の「中台関係」

民進党圧勝。台湾と中国の新しい「政治ゲーム」が始まる

2016/1/19
2月16日に行われた台湾の総統選・立法委員選で、蔡英文氏が率いる野党・民進党が歴史的な圧勝を収めた。この選挙結果をどう見ればいいのか。今後、台湾と中国の関係はどう変わるのか。ジャーナリストの野嶋剛氏が分析する。

「非・親中」勢力が3分の2に

2月16日に行われた台湾の総統選・立法委員選で、野党・民進党が歴史的な圧勝を収めた。この結果は、与党・国民党の敗北であると同時に、過去10年以上にわたって国民党とタッグを組み、中台関係の融和路線を進めてきた中国の台湾政策の挫折も意味している。

中国は、表面的には冷静さを装った対応をしている。しかし、僅差での敗北ならともかく、ここまではっきりと国民党が負けてしまうと、従来の台湾政策が何も見直されないというなら逆に不自然であろう。

今回の選挙で特徴的なのは、民進党や、ヒマワリ運動の勢力を中心とする新政党「時代力量」など、台湾の主体性強化や将来の独立を理想とするグループ(台湾ではグリーン陣営と呼ばれる)が、台湾政治において完全な主導権を握ったことだった。

総統選では、民進党の蔡英文氏が国民党の朱立倫氏に300万票の大差をつけて勝利した。

同日に行われた立法院選挙でも、民進党は定数113議席の中で、現有の40議席から68議席に大幅に伸長。時代力量も5議席を獲得したため、全議席数の3の2に近い「非・親中」勢力を、台湾の議会で形成したことになる。

彼らは「反中」をあからさまに打ち出すことはないが、国民党のように中国との親密さを掲げることもない。

この選挙結果は、中国が掲げる台湾統一という長期的な国家目標とは相反するかたちで、台湾が今後ますます「台湾は台湾」という道を歩む選択をしたことになる。もちろんそれは4年間という民主主義制度の中での選択であり、民進党が再び敗者になる可能性もある。

しかしそれでも、中国とは「一つの中国」という根幹の国家観の部分で一致し、これまでパートナーであった国民党が再起不能とも言われるほどの敗北を喫した事態は、中国にとって座視できない事態である。

「16歳アイドルの謝罪」が逆風に

今回の選挙を象徴する事件が、投票日前日に起きた。

韓流アイドルグループ「TWICE」の一員で、台湾出身の周子瑜(ツウィ)さん(16歳)が、中国のネットなどで「台湾独立支持派」であるとバッシングされ、韓国の所属事務所が会社の公式ユーチューブで周子瑜さんの謝罪動画を公開した問題だ。

彼女はテレビで台湾の中華民国旗を持って「私は台湾人」と自己紹介をしただけだが、中国のネットユーザーを中心にバッシングされ、謝罪に追い込まれた。

謝罪動画で周子瑜さんは黒い服に身を包み、深々と頭を下げて謝り、「中国は一つです。中国と台湾は一体です。私は中国人であることに誇りを持っています」と書かれた紙を読み上げた。表情は陰鬱で、極度の焦燥を感じさせる。

中国政府が関与したわけでないが、台湾社会では、16歳の女の子に「一つの中国」という政治的態度が強要する不条理への反発が広がった。

数字的な証拠はないが、謝罪問題によって数%の得票が民進党や時代力量の陣営に上乗せされたとも言われている。国民党の幹部も「敗因の一つだ」と語った。

中国と仲がいい国民党というイメージ(事実そうではあるが)は諸刃の剣だ。2008年の総統選の際には政権復帰の原動力となったが、今回のように、大きな足かせにもなりうることを図らずも証明したことになる。

カネで台湾人の心は買えない

この8年間の馬英九政権は、外部からは「親中の馬英九」などと言われることも多かったが、台頭する中国からどのように経済的メリットを引き出しながら、政治的にも中国とうまくやっていく道を探すための試行錯誤でもあった。

「三不政策(統一しない、独立しない、武力行使しない)」など、情勢に合った有効な政策も多く、台湾社会も基本的に馬英九の対中政策を評価してきた。

中国もその馬英九に答えるべく、台湾との直行便を数多く開設し、台湾へは年間300万人を超える観光客を送り込んだ。台湾産品を優先的に購入し、中国語で「利益供与」を意味する「譲利」という言葉が、この8年間の中台関係を総括するキーワードの一つだった。

しかし、台湾社会の中で、台湾人意識と呼ばれるアイデンティティの問題は、中台の関係深化とは、まったく矛盾する動きを見せてきた。

中台の交流が活発化したこの8年間で、「自分は台湾人(中国人ではない)」と考える人の割合は逆に増え続けてとうとう6割を超えた。「台湾は台湾、中国とは違う」という考え方は、もはや台湾社会で誰も疑わない「常識」になった感がある。

これは「お金(経済的利益)では、台湾人の心(アイデンティティ)は買えない」という事実にほかならない。台頭する中国の経済大国化をテコに、台湾との距離を縮めていく中国の台湾政策、台湾主体性を掲げる民進党に敗れるべくして敗れ去ったと言えるのかもしれない。

中国が静観する2つの理由

しかしながら、中国は今回の選挙で、つとめて冷静かつ理性的に状況を見守ってきた。

そこには2つの理由がある。

1つは、余計な介入を行えば、かえって国民党の票を減らすという過去の教訓から学んだこと。もう1つは、この選挙は国民党に勝ち目がなく、民進党が勝利した後の台湾にどう向き合うのかというステップにすでに入っているからである。

台湾の選挙結果に対する中国側の論評を見てみると、なかなか面白い。

「両岸(中台)関係は台湾選挙の決定的要素ではなく、大陸の台湾政策のどこかに問題があったためではない」(上海国際問題研究所・厳安林副所長)

「台湾民衆が蔡英文を選んだことは台湾独立を意味しない」(中国紙・環球時報社説)

「民進党当局が台湾海峡の安定的現状を維持したいなら、両岸関係を発展させなくてはならない。(中略)蔡英文、民進党がどう出てくるか、両岸同胞は見ているし、国際社会は見ている」(新華社)

これらはいずれも今回の選挙結果のインパクトを小さく見せようとしたもので、「ボールは台湾側にある」という暗示をかけようとしているようだ。

中国の新聞報道は総じて控えめだ。事前に通知があったのか、新華社の記事を使うにとどめたメディアが大半だった。かなり自由に中国でも報じられていた2008年や2012年の国民党勝利の総統選とは大きな落差がある。

新華社の報道にあるように、まずは5月20日の総統就任まで、蔡英文の出方を見極めるとの雰囲気が漂わせつつ、「我々の態度は何も変わらない」という予防線を張る。そして、民進党が伝統的に否定してきた「一つの中国」を前提とする「92年合意」に対して、自分のほうから歩み寄りをすることを求め、歩み寄らないならば、相手にしない、という構えである。

台湾担当機関の国務院台湾事務弁公室の張志軍は、選挙前に北京で主要メディアの記者を招き、「両岸関係の平和的発展にさらなる自信を持ち、92年合意が共同の政治的基礎であることにもさらなる自信を持つ」と述べた。

これは、中国は昔のような中国ではなく、大国になった中国であり、すでに台湾とは、国家の規模、軍事力、国際的影響力、経済力などあらゆる面で非対称な存在になっていおり、昔のように、ミサイルで脅したりする必要はなく、台湾がなびいてくることを待つだけだ、という余裕を見せたかたちである。

中国の持つカードは多い

一方、蔡英文は、選挙前から、中国に対してもかなり神経を使った発言を続けている。

「両岸関係は、国民党と共産党の関係でもなく、民進党と共産党の関係でもない」

「92年合意は唯一の選択肢ではないが、92年会談の歴史的事実を否定しない」

こうした蔡英文の談話は基本的に、総統就任後に責任を問われないように細心の注意を払ったもので、民進党の候補者が過去には選挙のたびに中国の脅威をあおって選挙民の支持を獲得しようとしてきたのとは対照的だ。中国側もその点は理解しているようで、蔡英文個人への攻撃色は目立たない。

一方、台湾がいくら「アイデンティティ」で団結しても、中国に総貿易額の4割を依存し、中国で百万を超える台湾人と家族が働いている現実に変わりはない。

ここ数年、台湾の人々は利率のいい人民元預金を買いあさってきた。中国が台湾に対して持っているカードはあまりにも多く、台湾が中国に対して切れるカードは対話を打ち切ることぐらいだが、現実的な選択としてあり得ない。「92年合意」という対立点を抱えながらも、民進党は「一つの中国」の踏み絵を踏まず、付き合って行ける距離感を探り当てるしかない。

ただし、今回の民進党もまた、2000年に当選したときの民進党とは違う。当時は、少数与党の脆弱な基盤しなかったが、今回は、総統選で国民党に300万票差をつけ、立法院でも113議席中68議席を有する強い与党となって再登場してきた。

中国も陳水扁のときのように「相手にせず」を貫けるはずはなく、対話や関係構築を模索する動きは出てくるはずだ。さもなければ民進党が長期政権化したときに手の打ちようがなくなる。

新しい民進党の台湾と中国の「政治ゲーム」はこれから始まる。中国問題に関する次期総統・蔡英文の一言一句からは、しばらく目が離せなくなりそうだ。

(写真:ロイター/アフロ)