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サッカーと移民・第3回

移民との間に存在する恐れと壁

2016/1/17

最近、ドイツ語で「インテグラツィオン」と言う言葉が頻繁に聞かれる。

これは英語では、「インテグレーション」という言葉に当たる。「統合」「融合」「一体化」という意味で、移民問題に関しては「地域社会に溶け込む」「総合理解を深める」というニュアンスで使われている。

『ブンデスリーガ・スポーツマネジメント・アカデミー』の講師として招かれたオーストリア・サッカー協会のスポーツディレクター、ヴィリ・ルッテンシュタイナー氏も、講義の際にこのインテグラツィオン政策の重要性を強調していた。

「我々オーストリア・サッカー協会は、さまざまな移民統合政策や啓蒙活動を長年行ってきた。このような活動によって、オーストリアの中で模範的な存在になっている。実際、ダヴィッド・アラバやマルコ・アルナウトヴィッチのように、移民としてのルーツを持ち、オーストリア代表選手として活躍している選手が増えている。移民系選手達は一般社会からも認められる存在となった。今後もこれまで以上にインテグラツィオン政策に力を入れていきたい」

移民系の代表選手たちが、「模範的な移民」として認識されているのは間違いない。自らの実力によって選手として国のために役に立ち、多くのオーストリア人の誇りとなっている。

オーストリア・サッカー協会が啓蒙活動などで、移民としてのルーツを持つ代表選手を積極的に使うのも納得がいく。

それでも存在する恐れと壁

ただし、実際に問題がすべてなくなったわけではない。確かに、啓蒙活動やさまざまな政策を通して国民の意識や認識は変わってきた。30年前とは比較できないほどの進歩だと思う。しかし、すべての人が「外国人」や「移民系」という面を意識しないわけではない。

『ブンデスリーガ・スポーツマネジメント・アカデミー』で、移民に対する負の感情について議論になったことがあった。

オーストリアの首都ウィーンには、アフリカ系の黒人やアラブ系、トルコ系の人々(オーストリア国籍を持っていない正真正銘の外国人も含む)が非常に多く住む地域がある。この地域には生粋なオーストリア人はほぼ住んでおらず、「ウィーン内の外国人地域」と呼ばれることもある。

アカデミーに参加していた女性受講者の一人は、そのような地域に夜に行くのが怖いと発言していた。理由は「その地域に住んでいる人々の大半はドイツ語が話せず、意思疎通ができない、そしてこれまでほとんど関わったことがないから」と言うものだった。

このように、いまだにアフリカ系やアラブ系が怖い、得体が知れない、というイメージや意識が一部の人々の間で残っているのは事実である。

ほかの受講者が、「それは認識として間違っている、白人系の人でも危ない人はいる。アフリカ系やアラブ系の人々全員が意思疎通できないわけではないだろうし、ある意味外見だけで判断しているだけでは?」と言って白熱した議論が始まった。

「受け入れ側の偏見こそが、外国人や移民系のインテグラツィオンを進めるにあたって大きな壁となっている。実際にあなたは彼らを理解するためにどれくらい努力しているのか」

「移民1世はドイツ語を勉強しなかったり、いつまでたってもオーストリアの文化を受け入れなかったりする。受け入れ側としても、どこまでそのような人たちに理解を示さなければならないのか」

「あなたは外国に住んだことがあるのか? 言葉が通じない国で移民として生活していくのはとても辛いことだ。外国に住んだことがないから、移民に対して厳しいことが言えるのではないか」

「オーストリア人が移民を受け入れ態勢をつくるように、サッカー協会や政府がさまざまな政策を行っているのは正しいと思う。しかし、本当に受け入れ側がそこまで努力をしなければならないのか。移民として入ってくる人たちこそが、もっと努力をしなければならないのではないのか」

このようなテーマをオープンに議論できることは素晴らしいことだと思う。

現在の風潮として、移民系も平等に受け入れるが、文化的慣習を共有せず、ドイツ語も学ばず、積極的に地域社会の一員になろうとしない移民や外国人は嫌われる傾向がある。

本当の意味で偏見がなくなるためには、さらに相互理解を深め、お互いに学び、意識改革をしていく必要があるだろう。

オーストリア移民統合基金

ここ近年、「オーストリア移民統合基金」という政府組織が、「インテグラツィオンのアンバサダー(移民統合大使)」という制度を設定している。オーストリアの社会に溶け込み、社会の中で地位を築いた模範的な外国人や移民に「大使」の称号を与えるのだ。

移民統合大使はオーストリアの学校などで講演をし、どのような経緯でオーストリアに来たのか、現在何をしているのかと言うことを子どもたちに伝える。

ドイツ語圏では、「人は誰一人、差別主義者として、この世に生まれてくるわけではない」とよく言われる。積極的に子どもたちにアプローチをして、できるだけ早い頃から「インテグラツィオン」に対する正しい意識や認識を持たせるのが目的だ。

そのほかにも、移民系の代表として政治家に提言をしたり、政策のディベート会に参加したり、ソーシャルメディアを通して啓蒙活動のサポートをすることもある。

また、この「移民統合基金」を通してさまざまなネットワークを構築することにより、受け入れ側と受け入れられる側が互いにサポートできるような体制をつくることも目的のひとつとなっている。

余談ではあるが、私自身も移民統合大使として登録されている。

オフサイドのないチームプレー

ウィーンに「エルンスト・ハッペル・シュターディオン」という国を代表するスタジアムがある。代表試合やUEFAチャンピオンズリーグの試合が行われるこのスタジアムは、オーストリアの国立競技場的な存在だ。

2015年11月18日、オーストリアのセバスティアン・クルツ外務大臣は、長年に渡って温めてきた移民融合プロジェクト「オフサイドの無いチームプレー」を発表する舞台にこの地を選んだ。

オーストリア・サッカー協会、オーストリア・ブンデスリーガ機構、そしてオーストリア移民統合基金の各代表者と共に発表されたこのプロジェクトは、移民統合大臣も兼ねるクルツ外務大臣が長年に渡って準備してきたものだ。

ドイツ語ではオフサイドのことを「abseits」(アプサイツ)と言うが、日常生活の中で使われることもある。「A君がアプサイツに入れられた」「Bさんがアプサイツにかけられた」という言い回しがあり、これは「A君が仲間外れにされた」「Bさんが蚊帳の外に追いやられた」という意味だ。

ほかの欧州の国々と比較して移民統合が成功しているオーストリアとはいえ、社会の中で「オフサイド」に入れられる可能性は、やはり生粋なオーストリア人より移民のほうが高い。

外務大臣発の「オフサイドのないチームプレー」は、スポーツ特にサッカーを通して、移民がオーストリア社会へ溶け込むように推進するプロジェクトである。

サッカークラブに対して移民統合を促進するグループワークの資料が配られ、移民系の選手が学校を訪問し、その他にもワークショップなど、年間を通していろいろな行事が行われることになった。

クルツ外務大臣はこう語った。

「スポーツこそが移民統合政策の中で、重要な促進力を発揮することは間違いありません。肌の色、出身地、宗教はスポーツでは意味を持ちません。スポーツで重要なのは、仲間とともにさまざまな経験をし、積極的な活動を通してお互いの理解を深めることです」

今、ヨーロッパは移民問題で揺れているが、オーストリアにおける国を挙げたスポーツを通した移民統合政策はフランスやスペイン、イタリアにも参考になるはずだ。

サッカーが持つ力を、ヨーロッパの国々は積極的に活用してほしいと思う。サッカーにはそれだけ社会に影響を与える力があるのだから。

【目次】
第1回:サッカーが促進する移民との融和
第2回:なぜ移民はサッカーを選ぶのか
第3回:移民との間に存在する恐れと壁

(バナー写真:Action Images/アフロ)