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不動産活用の革命児たち 軒先 第1回

「その軒先、貸してください」。デッドスペースが収入を生む

2016/1/14
ちょっとした空きスペースの貸し借りができる「軒先ビジネス」。個人宅の駐車場や月決め駐車場の空き区画を“予約ができる駐車場”として貸し出す「軒先パーキング」。両サービスを運営する「軒先」はどんな未来を目指しているのかを前後編でリポートする。
前編:「その軒先、貸してください」。デッドスペースが収入を生む
後編:「予約ができる駐車場」を全国へ。急拡大よりも丁寧な拡大を

TSUTAYAの軒先でクレープ屋

ビジネス街でよく目にする、ランチの移動販売。ロードサイド型の大型店舗の駐車スペースにある、移動販売のたこ焼き屋、焼き鳥屋、クレープ屋、産直の野菜販売。そんな物販や販売促進の場を探す事業主にとって、強い味方になっているのが空きスペースのマッチングサイト「軒先ビジネス」だ。

休日の店舗のシャッター前、大型店舗の駐車場の一角、オフィスビルのエントランス部分など、ちょっとした空きスペースを半日から1日単位で気軽に貸し借りができる。料金は、安いものだと1日1500円程度から、都内・オフィス街でも1日3000円台からレンタルができる。

全国に展開する書店・レンタルDVDの「TSUTAYA」や、カー用品チェーンの「オートバックス」「イエローハット」、ドラッグストアの「マツモトキヨシ」「ココカラファイン」など、有名店の登録も目立つ。場所を借りたいユーザーにとっては、TSUTAYAのような有名企業の前にお店が出せるというメリットもある。

貸しスペースの登録件数は、2015年12月現在で約2500件。登録ユーザーは、法人を合わせて約4000、リピート率は80%にも上る。

初回利用時にはプロフィル登録が求められる。ビジネスに利用する場合、販売する商品や提供サービス内容を登録。食品を取り扱う場合には営業許可証のほか、移動販売車の写真の登録が必要となる。

登録が完了すれば、ユーザーは借りたい場所・日時をWEB上からワンクリックで申請できる。場所を貸し出すオーナーが、申請者のプロフィルをチェックし、承認して初めて予約が確定する。「自社店舗の商品とかぶる」などの不都合があれば、申請は断ることができる。

決済はクレジットカードを使ってオンラインで行うため、オーナーとユーザーは顔を合わせないケースも多い。場所を借りたユーザーは使用後、きれいに原状回復をした証拠を携帯電話などで写真に撮って、メールで軒先株式会社に送信すれば完了だ。

利用者が支払った料金のうち、35%は軒先が得るシステム利用料で、残り65%はオーナーに振り込まれる仕組みだ。

オーナー側には、場所の登録後、ほとんど手続きは必要ない。あるオーナーに聞いたところ、「ユーザーからの申請に対し『承認』をクリックするだけ。一応どんな人が利用するかも確認はしますが、元が更地なので、これまで申請を断ったことはない」と言う。

このオーナーが貸し出す更地は、住宅にするには狭く、駐車場にするにしても、1台分のスペースしかない。どうにも利用しにくく、放置していた土地だ。

「利用する方の営業許可証などは、『軒先』でしっかりチェックしてくれているので、どんな方がどのように利用されるか不安に感じたことはない。使い道がないと思っていた場所ですが、近くにスーパーや駅があって人通りはあるので、物販や販促などにはちょうどいいスペースのようだ。波はあるが、多いときには月数万円の収入になっている」(練馬区・土地オーナー)

TSUTAYAの敷地内に出店するクレープ店(撮影:玉寄麻衣)

TSUTAYAの敷地内に出店するクレープ店(撮影:玉寄麻衣)

「ちょっとしたスペースを借りたい」が起点

「軒先」の代表の西浦明子がこのビジネスを思い立ったのは2007年のこと。「シェアリングビジネス」という言葉は一般的ではなく、海外にも同様のサービスは、調べた限りでは見つからなかった。ちょうどアメリカで「Airbnb(エアビーアンドビー)」が、産声を上げたころだ。

当時の西浦は、出産に備え妊娠8カ月で勤めていた会社を退職し、出産後、家にいてマイペースに子育てをしながら続けられる仕事を模索していた。

西浦には、ソニーの海外マーケティング担当者として、南米チリに駐在していた経験があった。

「チリではどの家庭にもある『ピューター』と呼ばれる錫(すず)製の食器を、インテリアとして日本に輸入販売できないかと考えていました」

楽天市場の資料を取り寄せて検討した。ところが、当時は月額の出店費用が実質10万円ほど必要だった。事前審査もあり、気軽に始められるものではなかった。

できれば、実際に、手に取って見てほしい。しかし、リアル店舗は、さらにハードルが高かった。どんなに小さなスペースでも、基本は敷金・礼金を払う固定店舗の賃貸のみ。唯一、敷金・礼金が不要な「週貸し店舗」があったが、人気店舗の費用は1週間で20万円。デパートの催事場が目についたが、一介の主婦に貸してはくれない。

「主婦が気軽に始めるなら、フリーマーケット以外の選択肢がない。次のハードルが異様に高い。その中間地点を探していた」

近所の商店街を歩いていたときに、ふと休日でシャッターが下りた店舗の軒先が目についた。

「こういうほんのちょっとのスペースを借りられれば……」。

本格的な調査を行ったわけではない。それでも、自分と同じようなニーズを抱えている人がいるはず、という確信があった。そこから生まれたのが「軒先ビジネス」だ。

西浦明子 1991年上智大学外国語学部卒業後、ソニー(株)入社。海外営業部に所属。94年ソニーチリに駐在、オーディオ製品などのマーケティングを担当。2000年、同社を退社後帰国。創業時のAll About Japanで広告営業を経たのち、01年(株)ソニー・コンピュータエンタテインメント入社。商品企画部にてプレイステーション2やPSPのローカライズ、商品開発などを担当。06年同社を退社後、(財)日本国際協力システムで政府開発援助(ODA)関連の仕事に携わる。07年、出産を機に同財団を退団。約半年の構想準備期間を経て、08年4月に軒先.comを立ち上げる。

西浦明子
1991年上智大学外国語学部卒業後、ソニー(株)入社。海外営業部に所属。94年ソニーチリに駐在、オーディオ製品などのマーケティングを担当。2000年、同社を退社後帰国。創業時のAll About Japanで広告営業を経たのち、01年(株)ソニー・コンピュータエンタテインメント入社。商品企画部にてプレイステーション2やPSPのローカライズ、商品開発などを担当。06年同社を退社後、(財)日本国際協力システムで政府開発援助(ODA)関連の仕事に携わる。07年、出産を機に同財団を退団。約半年の構想準備期間を経て、08年4月に軒先.comを立ち上げる。

「誰かが始める前に始めたい!」

「ちょっと周囲を見渡しただけでも、『この場所を借りられたらいいのに』と思う場所がたくさんある。そういうちょっとした場所と借りたい人とオーナーをインターネット上で簡単にマッチングできるサービスがあれば、自分なら絶対に使いたい」

とはいえ、当時はインターネットの知識はほぼ皆無。ホームページ作成の業者に相見積もりを取っても、その金額の違いがまったく分からない。とりあえず、一番安いところに依頼したものの、完成したものは期待していたものには程遠かった。

「それも仕方なかったかもしれません。どういうサイトを作りたいかも、その会社にはちゃんと説明していなかったんです。『このアイデアは、誰かに知られるとすぐにまねされてしまうかも!』と、思い込んでいた。業者には最後まで『貸し会議室の予約システムのようなサイト』と説明していたほど」

“妄想に取りつかれていた”と言うが、その後のシェアリングビジネスの拡大を見る限り、あながち“妄想”でもない。

出産翌日にも原稿チェック

紆余(うよ)曲折を経て、ティザーサイトの完成も間近になったときに西浦は出産の日を迎える。産院のベッドの上でも原稿の最終チェックをしていた。

「完全に“マタニティーハイ”ですごくテンションが上がっていた。新しいことにチャレンジするのが、すごく楽しくかった」

「誰よりも早くこのアイデアを実現したい!」という強い野望が、西浦を駆り立てた。

2008年4月に、正式にサイトオープン。自宅近所の東急東横線の学芸大学駅や中目黒駅の商店街に声をかけたところ、レコード店や喫茶店が定休日の軒先を登録してくれた。とはいえ、登録件数は片手で数えられるほど。小さな第一歩だった。

最初の1件が成約したのは2カ月後。その間もサイトの改善や物件募集などを精力的に進めていた。

「このサービスは絶対にうまくいくと確信していたので、不安はまったくなかった」

リーマン・ショックが転機に

転機が訪れたのは、その直後だ。リーマン・ショックにより、不動産市場が一気に冷え込んだ。いつまでも買い手がつかない不動産を抱えたデベロッパーや投資会社から相談が相次いだ。商店街の店舗軒先ではなく、オフィス街の物件の相談だった。

「少し古い物件でしたが、四谷三丁目や六本木などエリアが良かった。試しに1日1万円で貸し出したところ、すぐに100%の稼働になり、金額も徐々に上げていきました」

四谷三丁目には、一部居住エリアもある。「軒先ビジネス」を介して、寝具メーカーやアパレルショップ、日用雑貨などの販売業者などが次々に利用し、その売れ行きも好調だった。このビルの買い手がつくまでの9カ月間で、「軒先ビジネス」を介した不動産収入は400万円以上となった。

「ビルの売り手・買い手ともに、軒先ビジネスの利用者たちを見て、具体的な利用シーンがイメージできたようです」

がらんとした空きビルを案内されるよりも、実際に利用者たちでにぎわう風景は、買い手の後押しになる。今でも、ビルの売買で買い手がつくまでの期間を「軒先ビジネス」に登録している不動産業者も多いという。

大手書店、チェーン店との連携でさらに利用者が拡大

「軒先ビジネス」が拡大するもう一つのきっかけは、日本書店商業組合連合会(以下、日書連)との連携だった。日書連とは、いわゆる「まちの本屋」が加盟する組合である。2015年現在で、約4300店舗の書店が加入している。

まちの本屋は、雑誌・書籍の売り上げの減少に直面している。とはいえ、原価を下げることも、売値を下げることもできない。そこで、営業時間内に店舗の軒先を貸し出すことにより、収入を得るだけでなく相互集客を狙った。

効果を見た書籍の取次会社や、書店連合からの紹介で、貸し出しスペースの登録は急速に拡大。
TSUTAYAのFC加盟店やイエローハット、ココカラファインなどへ広がった。

登録場所が増えるにつれ、自然と借り手も増えた。西浦のもくろみ以上に、「スペースをできるだけ安く借りて商売をしたい」と思うユーザーは多数存在していた。

実際の利用者の声はどうだろうか。

「野菜の移動販売をしています。軽ワゴン車いっぱいに積み込んだ野菜を売り切るには、半日ぐらいの場所のレンタルでちょうどいい。売り上げは多いときで1日20万円になることもあります。『軒先ビジネス』は、僕のライフラインです」(野菜移動販売・長浜臣)

「おでん屋からクレープ屋に転身しました。固定店舗を借りるまで、移動販売で資金を稼いでいます。『軒先ビジネス』を知るまで、自分で出店場所を探し、交渉していたので、非常に手間がかかっていた。ワンクリックで場所が借りられるようになった分、時間ができたので、ワゴン車をもう1台購入し、従業員も増やしました。土日は1日の売り上げ10万円を目標に稼働しています」(クレープ移動販売・山田吉一)

一方、貸し出すオーナーからは「どんな人が使うか分からないと、不安だ」という声も根強かった。そこで、西浦は保険会社とかけあい、「軒先ビジネス」用の保険を作ってもらった。物損や火災が発生したときには、カバーできるようにした。保険料は、スペースの貸し出し費用に上乗せして提示をしている。

実際には、これまで保険を使うような事故は起きていない。「事故がない」という点が信頼となり、新たに土地を貸し出すオーナーの後押しになっている。

書店の軒先で野菜を販売(写真提供:軒先)

書店の軒先で野菜を販売(写真提供:軒先)

ビジネスは拡大路線へ

「自宅にいながら子育てもして自分のペースで仕事がしたい」。そんな開業前の希望とは、かけ離れた多忙な社長生活になった。それでも、土地活用に困っていた不動産オーナーや、物件探しに困っていたユーザーから届く感謝の言葉が、西浦の原動力だ。

「このビジネスは人のためになる」。そう確信はあっても、細かい登録物件の開拓は思うように進まなかった。

「途中からは、もともと不動産業だった夫も手伝ってくれ、夫婦二人三脚。それでも限界があり、もどかしかったです」

物件開拓に注力したい。システムも改良したい。人を雇うならオフィスとさらなる資金が必要となる。ベンチャーキャピタルからの出資も受け、物件開拓のスピードは格段に向上し、システムも大幅に刷新できた。

そして、「アイデアが広がると類似ビジネスが出てくる」と西浦が予測していた通り、いま急激にシェアリングビジネスは拡大しつつある。

(文中、敬称略)

(取材・構成:玉寄 麻衣、編集:久川 桃子)

*本連載は毎週木曜日に掲載予定です。