山崎元_人生&マネー相談_lifeタグ

エージェントの勧めでベンチャーへの転職は無理筋か

給料半減でも有望上場前ベンチャーに飛び込むべきか

2016/1/13
NewsPicksには、さまざまな分野で活躍する有力ピッカーがいます。そんなスターピッカーに「ビジネスや人生の相談をしたい」という要望に応えて、相談コーナーを設けています。人生の悩みにお金の心配や不安はつきもの。長年ファンドマネージャーとして活躍したエコノミストの山崎元氏が、皆さんから寄せられた相談に、ユーモアを交えながらも深刻にお答えします。

【山崎先生への相談】

某商社に勤める者です。といっても私のいる部署は、花形の資源系ではなく、ごくごくちんまりとした商材を扱う部隊です。そのせいか、以前から転職願望は強いものがあります。

そんな中、あるエージェントから勧められているのが、上場を前にしたあるテクノロジー会社です。私はビジネスデベロップメントの1人として誘われています。

ただし問題は私の年収が現在1200万円程度なのに対し(経費は年間100万円ほど使えます)、その会社に転じると700万円程度に抑えられてしまうこと。そのかわりストックオプションは付与されるといいますが、退職金もありません。やってみたい気はありますが、正直ベース、むちゃな転職でしょうか。

(商社、男性、30代)

ベンチャーへの転職は「社長」がポイント

商社マンが30代で転職を考えることは悪くありません。年収1200万円から、相談者は30代前半ないし半ばと推測しますが、この年齢になれば、ビジネスパーソンとして能力的に完成されています。

転職市場で流動性のある年齢なので、会社と本人との間に何らかの不一致がある場合、動くとすればこの年代が良いタイミングです。

加えて、転職先として、年収を下げてでもベンチャー企業を考えるという選択肢には、やる気があって好感が持てます。

さて、ベンチャーへの転職は、3つの点で「社長」がポイントです。

第一に、その会社の社長は、会社を成長軌道に乗せて大きく育てる可能性を感じさせる能力に満ちた人なのか。ベンチャー企業は良くも悪くも、経営者の能力に大きく左右されます。社長は、社員を食わせていくだけの力量のある人物でしょうか?

第二に、その会社の社長は、「この人になら付いていきたい」と思えるような優れた人格の方でしょうか。草創期の会社では、仕事上無理や我慢をしなければならない局面が数多く訪れます。この際に、社長の人柄に「心酔」しないまでも、共感を持てるようでないといささかつらい。

しかし、率直に言って、ベンチャー企業の経営者には、「人格者」とは呼びにくい人の方がむしろ多いのが現実です。「社長」なので、わがまま、かつせっかちで社員への要求がきついくらいまでは想定内でしょう。ベンチャーの社長の場合、自己顕示欲、猜疑(さいぎ)心、性欲などが極端に強くて、本人にも制御不能な場合がよくあります。

均質な人材が上下に緻密に詰まった大手商社のような組織の中で培われた常識で判断すると、ベンチャー企業には「間尺に合わない」人物が多数いることが多く、会社の中で最も困った人物が社長である公算も大きいので注意が必要です。

加えて、自分の側で社長を好きになったとしても、社長に自分が好かれないと、ベンチャー企業では働き続けることが難しい。社長と自分との人間的な相性がいいのかどうかのチェックも重要です。

エージェント経由の転職の心配点

相談者が今回ご検討中の転職は、エージェント経由の案件とのことですが、主にその点に関連して、状況的に幾つか「気になる」点があります。

まず、エージェント経由の接触なので、現時点で相談者は先方の社長をよく知っているわけではないという点が心配です。

面接では、お互いさまですが、採る側も、採られる側も、自分の「いい面」だけを相手に見せる傾向があります。また、相手の「いい面」だけを見ようとすることがしばしばあります。後者は、候補者側は転職したいと思い、採用側は早く採用を終えたいと思うことから起こる現象ですが、なかなか厄介です。

また、要職の人材をエージェント経由で探すという状況を考えると、社長の人脈の乏しさも心配な材料です。人を採用する側としては、できれば、信頼できる人の紹介等で相手についてよく分かっている人物を採用したいと考えるのが普通です。

その会社の社長さんに、もともと人材候補のストックが無く、また紹介を頼むことができる相手がいないという状況で、エージェントに頼んでいるのだとすると、その社長さんには少々頼りない面があります。

また、会社にとって紹介者を要するほどの「要職」ではないのだとすると、この場合は、相談者が転職後に物足りなく思うのではないでしょうか。

また、率直に言って、ポジションの年収(700万円)から推測して、エージェントにとって、会社側から着手金をもらって候補者を探すような大きな案件ではありません。「たまたま縁があれば、儲けもの」という程度のやっつけ仕事である可能性があります。

もちろん、雇い・雇われる当事者が、お互いを高く評価して、満足するのであれば、きっかけがどのようなエージェントによるものであるのかを気にする必要はないのが建前です。しかし、エージェント経由で転職を決めようとしている相談者の現況には、第三者から見て、気になる要素が複数あるということです。

今後の身の振り方

さて、それでは、相談者は今後どうするといいのでしょうか。

まず、今回のベンチャー企業への転職話については、先方の会社と社長を徹底的に調べて、かつ、ストックオプションについて「確定的で」魅力的な条件をもらうことができるのであれば、この話を決める手もあるか思います。

ただし、その場合は「転職してうまくいかない場合は、また転職先をさがせばいい」と考えられる割り切りと、かつ次の機会を見つける自信を持っていることが重要です。

回答者の推測するに、今回の案件は、詳細に検討してみた場合に、転職に踏み切るには不十分な状況である可能性が大きいように思いますし、「年収」を細かく気にしていらっしゃる相談文を拝読すると、相談者が上記のような割り切りをお持ちの方かどうかについて心配な面があります。

思うに、今回の案件は、一度見送ってもいいのではないでしょうか。

相談者は、「私のいる部署は、花形の資源系ではなく、ごくごくちんまりとした商材を扱う部隊です」とのことですが、物は考えようです。

「ちんまりとした商材を扱う部署」にいらっしゃる方が、転職先を探したり、あるいはご自身で独立する機会に出会ったりするチャンスは豊富なのではないでしょうか。起業や独立、あるいはベンチャーへの転職を考える上では、「花形の資源系」の部署よりも、はるかにいいのではないでしょうか。

商社の収入で生活を支えながら、チャンスに向けた貯蓄と生活のスリムダウンに励みつつ、(1)この会社でぜひ一緒に働きたいと思えるような会社への転職の縁を探す、(2)ご自身による起業を目指し商機・スポンサー・パートナーなどを探す、(3)将来の独立を意識しつつ副業的活動を立ち上げる、のいずれかを志向されるといいでしょう。(1)、(2)、(3)のいずれにあっても、「ちんまりとした商材を扱う」仕事での縁が役に立つように思えます。

あえて追加でアドバイスするなら、商社の退職金を気にして人生の時間を無駄にしないことが大事だと思います。「50歳になると、退職金が満額出る」というような会社の条件に合わせて自分の人生を決めようとすると、FA権を行使できる年齢を待っているうちに力が衰えたプロ野球選手のようになってしまうことがあるので、気をつけてください。大企業の人事制度というものは、会社側から見てそれなりによく出来ていて、働き盛りの年代には妙に辞めにくく出来ています。

準備は大切ですが、チャンスは早く見つけるほうがいいし、人生にあって最も貴重なのは時間です。

山崎氏に相談をしたい方はこちらまでご連絡ください。

*本連載は毎週水曜日に掲載予定です。