サッカーと移民・第2回
なぜ移民はサッカーを選ぶのか
2015/1/13
ドイツ語圏に住む移民系の家族は、外ではドイツ語を話しても、家族の共通語は両親の母国語になるケースがほとんどだ。
語彙(ごい)の不足から子どもが学校の授業についていけず、さらに両親が宿題を見られないことが多い。そうなると高校や大学への進学率が低くなる。その結果、移民系の2世や3世は高所得の職業に就きづらい傾向がある。
子どもが通訳をする問題点
当然、言葉の問題は、サッカーの現場にも影響を与える。
私自身、以前インスブルッカーACというクラブで育成部門のディレクターを務めていたことがある。クラブに所属していた選手の約7割が、移民系であった。
任期中、頭を悩ませたテーマの一つは、選手の親との会話だった。移民系選手の親の多くが、ドイツ語の能力に問題があったのだ。
そのため、クラブ側と両親の面談の際、子どもが通訳するということがしばしばあった。
これはあまり望ましくない。耳が痛い内容について、正しく通訳しているか疑わしいからだ。
意志疎通ができないステージパパ
監督がたびたび苦労させられるのは、試合中に選手に指示を出す親の存在だ。
たとえばトルコ系やクロアチア系の場合、彼らの母国語で指示されると、監督は何を言っているか正確に理解することができない。
親に対して「のびのびプレーさせたいから指示を出さないでくれ」と求めても、「応援しているだけ」ととぼけられてしまった。このようなことが続くと、選手は父親の目を気にするようになってしまう。
多国籍チームを率いる際の注意点
さらに監督が注意しなければならないのは、選手の思想や宗教を理解することだ。
たとえばイスラム教の教えに沿って、ラマダン期間中に日中の断食を実践している選手に対して、練習中や試合中に水を飲むように強要してはならない。
もちろんアウェーの遠征や合宿先での食事にも気をつけなければならない。自分のチームにどのような宗教の選手が所属しているかを把握し、それを考慮した食事を用意する必要がある。
(ちなみにチーム内にベジタリアンがいるかも確認し、特別メニューを用意することも忘れてはならない)
また、試合後に着替え終わってチームバスに乗り込む中、一人のトルコ系オーストリア人の選手が静まり返ったロッカールームの中でお祈りをしていることがあった。
彼は1日5回イスラム教の聖地であるメッカの方向に向かってお祈りをする礼拝(サラートといわれる)を日々実践しているのだが、お祈りをする時間にちょうど試合があったため、試合直後にこのお祈りを行っていたのだ。
同じく宗教的な理由で、全裸でシャワーを浴びることをせず、常に下着をつけたままシャワーを浴びている選手もいた。
30年前ならば「現地の文化に合わせろ」と頭ごなしに押し付ける指導者が多かったが、現在では互いを尊重するマルチカルチャーな雰囲気づくりをすることが常識になっている。
移民系がサッカーを選ぶ理由
それにしても、なぜサッカーに移民系の選手が集まるのだろうか。
結論から言えば、ボールさえあればプレーできる、低コストなスポーツだからである。
以前私が育成部門のディレクターを務めていたインスブルッカーACでは、年間のクラブ会費が200ユーロ(約2万6000円)だった。
この金額には、シーズンを通してのリーグ戦、週3~4回の練習、複数の室内サッカー大会への参加費用等がすべて含まれていた。もちろんユニフォームはすべてクラブが無償で提供する。
さらには、1つの家族から2人以上が同じクラブに入ると、50%ずつ会費が割引になるなどの割引制度も充実していた。つまり大家族であったとしても、非常に低コストでスポーツを行うことができるのである。
平均的に生粋のオーストリア人より低所得な移民家庭で育つ選手たちにとって、テニスやスキーは金銭面から敷居が高い。
主に上記のような理由から、オーストリアではサッカーこそが地域社会に溶け込むための有効なツールとなっている。
【目次】
第1回:サッカーが促進する移民との融和
第2回:なぜ移民はサッカーを選ぶのか
第3回:移民との間に存在する恐れと壁
*第3回は1月17日に掲載する予定です。
(バナー写真:Action Images/アフロ)