映像ディレクター・江口カン氏(前編)
【江口カン】世界を魅了。860万回再生の動画をつくった男の思考術
2016/1/12
今、日本と世界は大きな転換期にある。そんな時代に、世界レベルで飛躍する新時代の日本人が生まれ始めている。本連載ではビジネス、アート、クリエイティブなど、あらゆる分野で新時代のロールモデルとなりえる「グローバルで響いてる人の頭の中」をフィーチャー。経営ストラテジストの坂之上洋子氏との対談を通じて、各人物の魅力に迫る。第2回は、映像ディレクターの江口カン氏と対談。
860万回再生された動画
坂之上:私が江口さんを知ったきっかけは、シカゴにいる黒人の友人から「日本のすごい動画がある」と興奮して教えてもらったからでした。それがトヨタのG’s(ジーズ)のCM。街中でみんながいきなり野球をはじめる動画で、野球にあんまり興味がない私でさえワクワクしました。
江口:ありがとうございます。
坂之上:江口さんはずっと福岡を拠点として仕事されてる、このCMも九州で撮ったんですよね?
江口:そう、北九州で撮りました。
坂之上:すごくローカルですよね。でも、グローバルでも響くことをちゃんと最初から意識されていた?
江口:はい。これ、たぶん世界中で860万回くらい再生されたと思います。
坂之上:860万回ですか。
江口:僕らの世界では、口コミで話題になることを「バズる」って言いますけど、あの作品はバズりパターンがいくつかあるんです。
坂之上:バズりパターン?
江口:一つは元巨人のクロマティが出てるんですよね。今は契約が切れてクロマティ出演バージョンは見られないんですけど。それから、米国のメジャーリーグの公式サイトが「あれはおもしろい」とピックアップしてくれたので、そこからバズってる。
最後のほうで若い女性もバットを振るんだけど、それが神スイングと呼ばれるほど素晴らしいってことでバズってる。さらに北九州市民が見て、「何これ、小倉じゃん。俺たちの街が舞台だ」ってことで話題になっているとか。
江口 カン(えぐち かん)
福岡生まれ。九州芸術工科大学 画像設計学科卒業。
1997年 KOO-KI 共同設立。CMや短編映画、ドラマなどエンターテインメント性の高い作品の演出を数多く手がける。2007〜2009年 世界で最も重要な広告賞として知られるカンヌ国際広告祭で三年連続受賞(Bronze/Bronze/Gold)。Boards Magazine(カナダ)主催「Directors to Watch 2009」14人のうち1人に選出
カギはノンバーバル
坂之上:いくつものバズる、そういうポイントは初めから意識してつくるんですか?
江口:そうですね。海外に広がらないと、やっぱり再生回数がそんなには増えないですから。言葉がわからなくても映像だけでわかるようにノンバーバルにもします。
坂之上:あぁ、言葉を使わない、ですか。確かに使ってないですね。それは意識さえしてませんでした。
江口:一番はじめにカンヌで銅賞を取った、秋葉原で撮ったナイキのCM(ナイキジャパン NIKEiD/Nike Cosplay篇)もノンバーバルです。
坂之上:あの、普通のサラリーマンを戦隊ヒーローが突然追いかけはじめる動画ですね。
江口:そう、あのときは、ユーチューブが本当に出始めの頃だったんですよ。もう、これさえあれば世界に発信できると思った。単にコマーシャルをつくって日本の地上波で流すだけじゃなくて、つくったものを世界中の人が見てくれる。ここから突破していこうって。
坂之上:何年前ですか?
江口:2006年です。なので当時の日本のサブカルを強調しています。まだ今よりアキバがサブカル中心だったし。
坂之上洋子(さかのうえ・ようこ)
ブランド経営ストラテジスト。米国ハーリントン大学卒業後、建築コンセプトデザイナー、EコマースベンチャーのUS-Style.comマーケティング担当副社長を経て、ウェブブランディング会社Bluebeagleを設立。その後同社を売却し、中国北京でブランド戦略コンサルティングをしたのち帰国。日本グローバルヘルス協会最高戦略責任者、観光庁ビジットジャパン・クリエイティブアドバイザー、東京大学非常勤講師、NPOのブランディングなどを行った。『ニューズウィーク』誌の「世界が認めた日本人女性100人」に選出
やっぱりみんな一緒
坂之上:世界に出ていく、は、非常に早い時点で意識されてる。でも東京には出ていかない。福岡を仕事の拠点にしてる理由は何ですか?
江口:よくグローカルって言うけど、実は自分の中や、自分の住んでる場所の先に世界があると思うんですよね。
坂之上:自分の住んでる場所の先に世界がある?
江口:そうですね。近くに落ちてるものって、実は誰からもめちゃくちゃ共感できるものだったりする。それはなぜかって言うと、たぶん国や地域や宗教で分けられているものとは違う、人間だったら誰にでもある部分にたどり着くからだと思うんです。
坂之上:人間だったら誰にでもある部分……。
江口:むしろ、それしかないんじゃないかな。たとえば僕ね、福岡で『めんたいぴりり』っていうドラマをつくったんです。釜山で生まれ育った日本人の男女が結婚して、戦争が始まって小さい子どもを抱えて日本に帰ってくる。それで明太子をつくって売り始めるという話。
坂之上:コメディぽくて、でも毎回じ〜んとするお話ですよね。
江口:最初にオンエアしたのがまさに竹島とか尖閣の問題が一番熱くなってる時だったから、どんなふうに受け入れられるのか不安でした。
坂之上:そうなんですね。放送は西日本だけだったんですよね?
江口:はい。でも同時に釜山でもオンエアしたんです。
坂之上:え、そうなんですか。
江口:オンエアした後に、日本の新聞社がわざわざ釜山まで評判を聞きに行ったんですよ。そしたらあのタイミングにもかかわらず、好意的に受けとめてくれた人が多かった。共感できる部分は共感できるし、「やっぱりみんな一緒だね」みたいな声が多かった。
坂之上:あぁ、素敵。
江口:内側に向いてるわけじゃないんだけど、福岡に住んでいる自分たちが大切だと思うことをギュッと突き詰めていくと、世界中の人が持ってるものと同じになる。
坂之上:人間の持ってる感情の突き詰めたところ、の中心を押すわけですね。
江口:そう、突き詰めると純化していくんだと思うんです。
坂之上:国が違うと、ものすごく違う考えをもってるものだと思ってしまったり。表現の違いや言葉の使い方で誤解したり、嫌いになったり。
*続きは明日掲載します。
(撮影:遠藤素子)
業績








