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【本田圭佑とホルンの野望】第4回:発展

オーストリア人スタッフが見た本田圭佑の経営術

2016/1/11

本田圭佑のホルン参画から約半年が経った。ホルンの人々はそれをどのように見ているのだろうか。今回はファンの人々、そしてクラブで働くオーストリア人スタッフたちの視点から日本人スタッフがどのように受けとめられているのかを見ていきたい。

好意的なファンの反応

ホルンは90年以上の歴史を持つクラブだ。そこにいきなり日本人がやってきて経営権を握ったとなれば、「クラブを日本人に乗っ取られた」と感じる人がいてもおかしくはなかった。ただ、ホルンのケースは、ビッグクラブで見られるような金満オーナーによって私物化されるようなものとは異なる。

クラブにはオーストリア人のスタッフが数多く残っており、本田たちも自分たちの色は出しながらも、ホルンがこれまでに築き上げてきたものを否定するようなことはしなかった。

幸い、ホルンは2部復帰へ向けて首位でウィンターブレイクに入っており、ここまでのところ順調に結果を出している。それもあってファンもここまでは本田たちの経営参画を好意的に受けとめているようだ。

昨年11月13日のSCシュベッハト戦後、あるファンはこう語った。

「もちろん日本人がホルンにやってきたと聞いた時は驚いたけど、彼らはよく働いてくれているよ。今日も勝って首位でウィンターブレイクに入った。僕らのようなクラブが降格した後すぐに昇格するのが簡単ではないのはわかっているからね」

小さな街に夢を与えた

ホルンにはこれまでに1部へ昇格した経験はない。2部(2012ー13シーズンから昨季まで)がクラブにとって最も高いカテゴリであり、ファンも再び2部を目指すことの難しさを理解している。本田が参入して経営・競技両面で変化を起こさなければ、今季こうして首位でウィンターブレイクに入ることはできなかったかもしれない。

それどころか、日本からやってきた新たなオーナーは、クラブ史上初となる1部昇格、そして欧州CLへの出場を目指すことを公言した。そんな大それたことを本気で考えた人などこれまでのホルンにはいなかっただろう。

それが良いか悪いかは別にしても、ホルンの人々は夢を見るチャンスを得た。これは本田たちがやって来なければあり得なかったことだ。

ウィンターブレイク前、最後の試合となったアウェイ戦を勝利で飾ると、敵地まで応援に駆けつけたファンたちは、「俺たちが『冬の王者』だ!」と神田康範や大本拓たちに労いの言葉をかけていた。

日本人だから、見ればすぐにクラブの人間だとわかるのは間違いないが、取材者である私に「初めてみる顔だな」と声をかけてきたところを見ると、しっかりとファンから認知されているようだった。

結果が出ているうちはファンから不満が噴出することはないだろう。それまでにいかにして彼らの心をつかめるかが重要になるだろう。

若きGMが語る本田流

では、ホルンで働くオーストリア人スタッフは、日本人スタッフたちの働きをどう見ているのだろうか。ここで登場してもらうのは、経営面から競技面までクラブ全体を統括するゼネラル・マネージャー(GM)を22歳で務めるマーク・ケビン・プリシングだ。

18歳で高校卒業資格を得たプリシングは、その後ウィーンのプロバスケットチームでマネージメントの仕事を始め、19歳からはその仕事と並行してオーストリア・ブンデスリーガのマネージメントアカデミーに入学した。

その間にウィーンのアメリカンフットボールチームへ転職し、プログラム終了後に同リーグのマネージメント部門に就職。そして昨年11月にマネジメントアカデミー時代のつながりで声がかかり、21歳にしてホルンのGMに就任した。

本田がやって来る前と後の変化を間近で見ているプリシングGMは、日本人スタッフとの仕事をどう捉えているのだろうか。

「彼らと仕事をするのは非常に面白いよ。オーストリアと日本では文化も違うし、仕事の仕方も違うからすごく刺激的なんだ。彼らがやってきたことで、仕事は以前よりもより組織的に行われるようになったと思うし、非常にいい経験になっているよ。もちろん英語で話しているからオーストリア人のスタッフとまったく同じようにコミュニケーションを取ることはできないけど、それで何か問題だと感じたこともないよ」

プリシングはプロスポーツクラブ経営の経験を積んできたが、まだまだ若く、この仕事に対する先入観もそれほどあるわけではない。日本人スタッフが示す新しいメソッドに、柔軟に対応できているようだ。

プリシングは現在22歳。英語を話すことができ、日々、神田や大本とともにホルンの経営と強化に尽力している(写真:SVホルン提供)

プリシングは現在22歳。英語を話すことができ、日々、神田や大本とともにホルンの経営と強化に尽力している(写真:SVホルン提供)

「大きな目標にワクワクする」

では、本田たちが掲げる「5年で欧州CL出場」という目標についてはどのように考えているのだろうか? オーストリアでは最近10年間で1チームしか欧州CLに出場できておらず、その門がいかに狭いかは十分にわかっているはずだ。

「もちろん欧州CLに出るということがとても高い目標だというのは分かっているよ。周囲の人たちも『非現実的』だと考えているだろうね。でも日本人がホルンにやってこなければそんなことを考える人はいなかったし、それを目標に掲げて取り組んで行くのはすごくワクワクするんだ。難しい目標であることは間違いないけれど、彼らと一緒にやっていけば全く不可能なことというわけでもないと思っているよ」

日本人スタッフと仕事をすることに刺激を受けているのはプリシングだけではない。今季からマーケティング部のアシスタントを務めるフィリップ・フェッファーもその一人だ。フェッファーが抱く本田たちへの取り組みに対する印象は、プリシングのものとほとんど変わらなかった。

「最近オーストリアは代表が強くて盛り上がっているけど、国内リーグは厳しいよ。僕の周りだとドイツのブンデスリーガを見ている人のほうが多いんじゃないかな。こういうことが起きてしまうのは小さな国のリーグでは仕方のないことだと思う。でもホルンがもしこれからザルツブルクの牙城を崩して欧州CLを狙う存在になることができれば、オーストリアのサッカーにとってもプラスになると思うんだ。もちろん難しいことだしプレッシャーもあるけれど、そこに関われて刺激的な日々をすごしている」

彼らがどれくらい欧州CLという目標を現実的に捉えているのかは測りかねる部分もある。ただ1つ言えるのは、本田たちの取り組みがオーストリア人の若きスタッフたちに刺激を与えているということだ。

彼らは日本人スタッフと仕事をすることで新しいアイデアに触れ、多くのことを取り入れている。これは日本人スタッフたちにとっても同じこと。オーストリアの考え方と日本の考え方がぶつかり、ハイブリットなものが生まれていくはずだ。

*本連載は毎週月曜日夕方に掲載予定です。

【連載目次】

予告編本田圭佑とホルンの野望

第1回:始動
プロ経営者に頼らない。本田圭佑が選んだ手づくりのクラブ経営

第2回:挑戦
本田圭佑の右腕・神田CEOが挑むホルン経営改革

第3回:融合
強化責任者・大本の進める「本田流」現場のまとめ方

第4回:発展
オーストリア人スタッフが見た本田圭佑の経営術

第5回:上昇
首位で折り返し。ホルンが目指すCLへの最短ルート