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2015年は、難民の流入と残虐なテロが世界を驚愕させたが、2016年も北朝鮮の水爆実験、サウジアラビアとイランの断交など波乱の年明けとなった。ブルームバーグは2016年に世界で起こりえるさまざまな可能性について、現職または元外交官やエコノミスト、投資家、地政学ストラテジスト、安全保障コンサルタントなど数十人に取材。そのシナリオをエコノミストが検討し、ランク付けをした記事「ブルームバーグが予測する2016年最悪のシナリオ」を公開した。その全文を翻訳しノーカットで紹介する。

無視できない「ブラックスワン」

3月のある晴れた夜、イラクのファオ半島の砂漠地帯や、シリアとトルコに近いクルド人の村が炎上する。翌朝、過激派組織「イスラム国」(IS)が同国の主要な石油パイプラインを破壊したとの犯行声明を出す。

これによって、日量350万バレルの石油の輸出がとまる。イラクがパイプラインの修復に苦闘する中で、産油地帯であるナイジェリアの南部ニジェール川河口デルタ地帯で暴動が発生し、アルジェリアは大統領の死去によって混乱に陥る。

ベネズエラではクーデターが発生する。世界経済はしばらくの間膨らんだ石油在庫でしのぐことができたが、今や長年見られなかったほどの低水準になってしまった。やがて原油価格は1バレル=100ドルを突破し、米連邦準備制度理事会(FRB)は世界景気後退を回避するために利上げの方針を撤回する。

そんなことはあり得ないだろうか。

投資家は、このような「ブラックスワン」と呼ばれる可能性は極めて低いが起きた場合の衝撃が大きい出来事を無視できない。昨年は多数の難民流入と残虐なテロが世界を驚愕させた。

2016年には、FRBによる超低金利の時代に幕が下りる中で、予期せぬ出来事の可能性がより重要性を帯びる。アラブ諸国の民主化運動やロシアによるクリミアの編入などの地政学的なショックから市場を守ってくれた緩衝材がなくなるからだ。

弾薬がほとんどない

シティグループの世界政治担当チーフアナリスト、ティナ・フォーダムは「これらのリスクを軽減するために使える弾薬がほとんどない」と語る。「引き続き最も多くの弾丸を持っているのは中央銀行だが、異例の金融政策によってすでにルビコン川を渡ってしまった」。

米大統領選挙での異端候補の勝利から、英国の欧州連合(EU)離脱、ハッカー攻撃によるウォール街の取引停止など、ブルームバーグは影響が大きいさまざまな事態が発生する可能性について、現職または元外交官やエコノミスト、投資家、地政学ストラテジスト、安全保障コンサルタントなど数十人に話を聞いた。これらのシナリオを119人のエコノミストが検討し、ランク付けをした。

3大スワン

4分の1強のエコノミストが、世界経済の最大の脅威はISの攻撃による原油価格の上昇とみている。次いで英国のEU離脱、3位はサイバー攻撃による金融システムの麻痺だった。ニューヨークに本社がある独立系の世界マクロ調査会社でヘッジファンドなどを顧客に持つナイトバーグは、これら3つの出来事の確率をそれぞれ25%、20%、10%とみている。

リスクの中にはよく知られているものもある。

FRBが利上げを急ぎすぎると、新興市場から資本が流出し、ソブリン債の債務不履行(デフォルト)が広がる可能性がある。金属や鉱物の需要減少が示すように中国経済の状況が考えられているよりも悪い場合、市民の不安があおられ、共産党の権威が損なわれるかもしれない。中南米の衰退が続き、オリンピック開催国であるブラジルが本格的な恐慌入りし、ベネズエラは失敗国家に変わってしまう恐れがある。

意気消沈の時期

ゴールドマン・サックスの中南米担当チーフエコノミスト、アルベルト・ラモスは、「世界経済は現在、意気消沈するような状況にあるが、これはいくつかの主要経済が何年も非伝統的な政策を続けてきたことによる歪みとコストを示している」と指摘する。

ソシエテ・ジェネラルは、恒例のブラックスワンリスクのチャートで、中国のハードランディング(急成長を遂げた後の大幅な景気減速)によって世界経済が景気後退に陥る可能性があるとみており、その確率を30%としている。

バンク・オブ・ハワイの元チーフエコノミストで、現在はコンサルティング会社のTZエコノミクスを率いるポール・ブルーベイカーは、「中国が咀嚼(そしゃく)できないほどの一切れは、非常に大きな一切れだ」と語る。

ワシントンのピーターソン国際経済研究所のジェイコブ・ファンク・カークガードは、ブラックスワンと言うとモグラたたきを連想する向きもあるかもしれないが、それが現実になった場合、政策決定者や市場は人生を変えるような「謙虚さの教訓」を得ると語る。彼は予想外の出来事として、2008年の金融危機、アラブの春、福島第一原発の事故を挙げる。

トランプの勝利

今年最大の予想外の出来事は米国発かもしれない。ヒラリー・クリントンが大統領選挙戦から撤退し、共和党のドナルド・トランプなどアウトサイダーに大統領への道が開かれるシナリオもそうだ。富豪のトランプは、軍備を増強し、イスラム教徒を入国禁止にし、メキシコ移民が入ってこないように国境に壁を建設すると公約している。

ブルームバーグ・インテリジェンスの航空宇宙担当シニアアナリスト、ジョージ・ファーガソンによると、共和党政権になれば、ISやシリア内戦、ロシアの冒険主義など安全保障上の脅威が拡大していることから国防費が増額される。これらの政策の恩恵にあずかるのは、レイセオン、ロッキード・マーチン、ボーイングなどだという。

ナイトバーグは、試されたことのない最高司令官が、中国が為替操作をしているとか、メキシコ人が米国人の雇用を奪っているなどと非難すれば貿易戦争になるかもしれず、債券のような安全な投資先に資金が逃避する可能性があるとみている。

テキサス大学エルパソ校のトム・フラートン教授(専門は経済・金融)は、「トランプ政権が一貫した政策を打ち出すとは考えられない」と語る。

メルケルの失脚

欧州ではドイツのメルケル首相が、大陸にテロ攻撃や外国人嫌いが広がる中で移民への門戸開放政策が非難を浴び、追放される可能性を投資家は恐れている。後継の首相はギリシャやその他の周辺国を何のためらいもなく切り捨てる人物になる公算が大きい。

ロンドンに本社がある開発途上国のリスクを評価するアドバイザリー会社スピロ・ソブリン・ストラテジーのマネジング・ディレクター、ニコラス・スピロは、「メルケルが失職すれば大混乱になる」と言う。ショイブレ財務相のような財政タカ派が首相になれば、「全面的な量的緩和も、ギリシャも、救済も、メルケルほどには支持しないだろう」。

経済への悪影響

ナイトバーグは、EUの大規模な危機が、過去数年間投資家のお気に入りだった株式市場とユーロの大幅安につながりかねないとみている。資本は警戒を強めており、国境の閉鎖は貿易に痛手となり、すでに低い成長率がさらに押し下げられるだろう。

UBSグループは顧客に送った「今年の展望」のメモで、欧州の極右・極左政党の台頭とISによる領土拡大が、消費者信頼感と支出にマイナスの影響を及ぼす可能性があると警告した。フランスでは、ルペン党首率いる国民戦線の台頭が、反移民感情の高まりを示す。

2兆4000億ドルを運用するボストンのステートストリート・グローバル・アドバイザーズのグローバル投資ストラテジスト、ジョージ・ホゲットは、「欧州が何らかの理由でテロから身を守ることができなければ、人々は同地域への資産配分を減らすだろう」と予想する。

英国のEU離脱

キャメロン首相がEUにとどまるためのより良い条件を引き出そうとしているにもかかわらず、欧州に対する懐疑的な見方が増えている英国にも反移民感情が広がりかねない。来年にも英国のEU残留の是非を問う国民投票が行われる可能性があり、UBSからモルガン・スタンレーまで銀行は顧客に対し「離脱」陣営の勝利の可能性に注目するよう警告している。

EUからの離脱となれば、欧州の金融センターとしてのロンドンの役割が低下しかねないと主要銀行はみる。そうなれば、スコットランドによる新たな独立に向けた動きやそのほかの分離独立運動が高まることが予想される。

サイバー攻撃が主要な金融システムに大混乱を引き起こすという国境を越えたシナリオもある。

ISのような過激派組織が東欧のサイバー犯罪者と手を組んで電子決済システムや取引システムに攻撃を仕掛けるかもしれない。銀行のインターネット口座からコンピュータ制御の発電所や送電網まであらゆるものが危険にさらされる。

サイバー演習

JPモルガン・チェースやソニーのような注目を集めた情報の流出が、こうした脆弱性を浮き彫りにする。米国と英国はつい先月、世界の2つの主要な金融センターのサイバー攻撃に対する耐性を試すために共同演習を実施した。

重要なインフラの脅威に焦点を合わせているイスラエルのスタートアップ企業、テータレイのCEOを務めるマーク・ガジットは、「かつて銀行詐欺は金を盗むのが目的だったが、2016年にはこうした技術がテロの資金源として使われる。停電やプライバシーの大規模な侵害がある」と予想する。

明るいブラックスワンもある。たとえばロシアのプーチン大統領が内戦に引き裂かれたシリアの和平を仲介する可能性がある。彼はエジプト上空でのロシア旅客機撃墜とパリの虐殺のISによる犯行声明を受けて介入した。この2つの出来事は、シリアに本拠を置く共通の敵に対する緊密な軍事協力に道を開いた。

プーチンが国際社会と協力してシリアの政権移行を実現できれば(アサド大統領の将来についての意見の相違を解決できるかどうかは定かではないが)、いずれ制裁が解除され、ロシアの景気後退からの脱却が容易になる可能性がある。

国連のシリア特使、スタファン・デミストゥラは今月ローマで、「3カ月前に米国とロシアの協力が想像できただろうか。トンネルの先に光は見えないかもしれないが、今やトンネルがつくられた」と語った。

(執筆:Flavia Krause-Jackson、Javier Blas記者、翻訳:飯田雅美、写真:Courtney Keating/iStock.com)

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