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工学を修めた後、エンジニアとして就職。自動車雑誌の編集部員を経て、現在はフリーランスの自動車ジャーナリストに。自動車の環境問題と新技術を中心に、技術者、女性、ジャーナリストとしてハイブリッドな目線を活かしたリポートを展開

工学を修めた後、エンジニアとして就職。自動車雑誌の編集部員を経て、現在はフリーランスの自動車ジャーナリストに。自動車の環境問題と新技術を中心に、技術者、女性、ジャーナリストとしてハイブリッドな目線を生かしたリポートを展開

予測の3つのポイント

・今年は自動車産業が大きくかじを切る年になる。具体的には、IT化、自動運転、電動パワートレインといった分野だ。

・ここ数年における自動車の進化の論点は、「エレクトロニクス分野で熟成された技術が、どう自動車に組み込まれていくか」に尽きる。

・自動運転について、技術面の課題は解決に向かいつつある。残された自動運転に関する課題は、社会受容性と法整備だ。

今年は大きくかじを切る年

結論を急ぐようだが、今年は、2020年の節目に向かって、自動車産業が大きくかじを切る年になる。そう、宣言しても過言ではない。具体的には、IT化、自動運転、電動パワートレインといった分野だ。

スマホの普及に伴って便利なオープンソースを車載でも活用したい要求が高まっていたり、地球環境問題への対応だったりと、動機はいろいろあるし、規制や法整備なども含めると、なんだか、複雑な未来予測になりそうな予感だ。

が、技術面から見通せば、とてもシンプルなのだ。総じて「エレクトロニクス分野で熟成された技術が、どう自動車に組み込まれていくか」に尽きる。

いささか個人的な話になるが、この記事が公開される頃には、私はラスベガスで開催中のCES(世界最大のコンシューマー・エレクトロニクス・ショー)にいるはずだ。自動車のジャーナリストが、なぜ、家電のショーにいるのかといぶかしく思う人も多いだろう。

事実として、日本車メーカーはそう熱心に出展しているわけではないし、日本での報道はエレクトロニクス分野に特化している。そもそも、CESを取材している日本人記者の多くはエレクトロニクスを専門としているのだから、日本での報道は家電分野に偏ってしまいがちだ。

しかし、アメリカでは自動車のIT化はここ数年、CESで最もホットな話題なのだ。私がこのことに最初に気づいたのは、2007年のデトロイトショー(北米国際自動車ショー)でのことだった。

当時、フォード・モーターの北米市場担当副社長(現在はCEO)だったマーク・フィールズ氏がデトロイトで行ったプレスカンファレンスと、マイクロソフトのビル・ゲイツCEOがCESで行ったキーノートを中継で結んで、マイクロソフト製OSを使った車載テレマティックス・システム「SYNC」を共同開発したことを発表したのだ。

今になって思えば、「SYNC」こそが、スマホとの連携を高めた最初の車載テレマティックスであり、現在、多くの自動車メーカーが向かっている方向なのだった。

ITの波がやって来た背景

「最後に残されたインターネット不在地」と揶揄された自動車の世界にITの波がやって来た背景には、2つの技術がある。1つは、移動中でも安定した回線が確保できるようになったこと。

2つ目は、従来は2DINの大きさに計算能力とデータを詰め込まなくてはならなかったカーナビ&インフォテインメントの世界に、クラウドが導入されたことによって無限のデータと計算能力をクラウドの向こうに持てるようになったことだ。

さらに、スマホの普及によって便利なオープンソースを車載で安全に操作したいという要求が高まってきたことで、マーケットが生まれた。その結果、車載ITの普及という道筋が整ったわけだ。

そのうえ、ここ数年でCESにはドイツ車メーカーが勢ぞろいした。マイクロソフトなどのソフトウェア産業がCESから離れて、独自の記者発表に移行する中、CESの主役が自動車メーカーに移りつつあると言っても過言ではない。先鞭(せんべん)をつけたのは、アウディとメルセデス・ベンツといった高級車メーカーだった。

アウディはNVIDIAとHMI(ヒューマン・マシン・インターフェイス)に関する共同開発を進めていることを発表し、メルセデス・ベンツはスマートウォッチ「Pebble」の新作に独自アプリを搭載するなど、家電業界とのコラボをアピールする場であった。

しかし、2014年にBMWがCESに乗り込むにあたって、CES開幕の前日に近隣のサーキットで自動運転でのドリフト走行を披露したことが大きな話題になったことをきっかけに、CESで自動運転に関する技術に花が咲くようになった。

2015年にはメルセデス・ベンツが自動運転技術を搭載した燃料電池のプラグインハイブリッド車(PHV)を発表し、アウディがカリフォルニアの研究所からネバダにあるCESの会場まで自動運転のテストカーで自走してきた。加えて、ボッシュやヴァレオといったサプライヤーも、自動運転機能を積んだテスト車を持ち込んで、ラスベガスの公道で同乗走行するなどの過熱ぶりだった。

社会受容性と法整備

と、まあ、ここまではエッジのきいた技術がCESで発表されているにすぎず、これまでのCESの印象と同じだったが、今年の夏にBMWがクルマの外から遠隔で車庫入れする技術を最上級モデルの7シリーズの市販車に搭載してきたことで、ぐっと現実感が増した。

CESで発表したスマホを使った自動車庫入れと比べると、まだ初歩的なものだが、そのエッセンスが市販車に投入される時代になってきたという事実は見逃せない。

2015年を通して取材した印象からいえば、技術面の課題は解決に向かいつつある。残された自動運転に関する課題は、社会受容性と法整備だ。

この点も、アメリカで注目の高いCESの会場で自動運転の技術が披露され、さらにネバダ州をはじめ、いくつかの州の法律で条件付きながら自動運転車の公道走行が認められたことで、世界の注目が高まり、国連の傘下に各国が集まって国際的にハーモナイズされつつある。

アメリカやドイツ、そして日本でも、自動運転の機能の導入を進める方向性が固まりつつある。驚くことに、2017年には「セミ自動運転」の段階の技術が市販車に投入される見通しだ。

セミ自動運転とは、ドライバーが運転席に座っている状態で、ドライバーの責任で自動運転機能をアクティベートし、万が一、自動車側で操作不能なときはドライバー自身がクルマを制御できる状態にあることを指している。

平たく言えば、歩行者が横断したり、バイクやクルマが交差したりするようなイベントの多い一般道でないなら、前のクルマについていく程度の操縦をするだけだったり、車線内を保って走ったり、高速道路を自動で走ったりすることができる。その程度の自動運転なら、すでにメルセデス・ベンツやスバルのクルマにも搭載されている。

だが再来年には、ドライバーが車線変更を指示し死角にクルマがなければ、車線変更して追い抜くくらいのことが市販車でできるようになるだろう。

事故を予測して未然に防ぐ

安全に関する概念も、自動車産業に制御技術が組み込まれていくことによって変化が激しい分野だ。従来は、万が一の事故に備えて、衝突安全ボディを開発したり、シートベルトやエアバッグのような安全装備を開発したりしていた。

しかし、2000年に前後して、ミリ波レーダーやカメラなどのセンサー類が安価になったことに加えて、それらのセンサー類で集めた莫大(ばくだい)な情報を解析して、自動車の動きを制御することができるまでに計算速度が上がったことで、事故を予測して、未然に防ぐ方向へと大きくかじを切った。

最新のADAS(先進運転支援システム)では、センサーからの情報を解析して、アクチュエータを動かしてクルマの姿勢を制御したり、ブレーキを自動でかけるといった判断までをミリ秒単位でできるのだ。

ADASの先にあるのが、自動運転である。ヨーロッパで実施されている自動車の安全テスト、ユーロNCAPが自動運転に向かう機能の搭載を評価する方向に動きだしたことで、この動きはさらに加速しそうだ。ユーロNCAPでは、ADASとその技術の延長にある自動運転技術の普及を後押しすることが、安全性を高めるとしているのだ。

しかも、ユーロNCAPの影響力はヨーロッパ域内だけにとどまらない。NCAP発祥の地であるアメリカ、JNCAPを独自に運用する日本以外の地域では、ユーロNCAPに準じた安全基準を取り入れる傾向にある。

加えて、ヨーロッパ車の販売にあたってユーロNCAPの衝突試験で最高点の5スターを獲得することが「欧州標準の安全性」のうたい文句になっているのだ。

たとえば、フォルクスワーゲン(VW)の一番小さなモデルである「up!」の仕様は、ドイツ本国とトルコで違うにもかかわらず、ユーロNCAPの最高評価である5スターを獲得したことがトルコの雑誌などで取り上げられて、「up!」は小さなボディーで安価であっても欧州基準の安全性を持っていると消費者が受け止める傾向にある。

電化がキーワード

最後に、自動車の心臓部であるパワートレインにスポットを当てよう。ここでも、電化がキーワードになってくる。ただし、強電を弱電で制御するといったパワーエレクトロニクスの分野である。

ヨーロッパでは、「2015年までに自動車メーカーごとのCO2排出量を120g/km以下にする」という欧州委員会の方針を一歩進めて、2020年には95g/kmというさらに厳しい目標値が掲げられている。

120g/kmとは、1リッター直3から1.5リッター直4エンジンあたりの燃費に相当している。なんだ、なんとかなるじゃん! と思うかもしれないが、大きなセダンやスポーツ用多目的車(SUV)をつくる自動車メーカーも同じ目標値なのだから、かなり厳しい設定といえる。

ヨーロッパ車メーカーは、ガソリン・エンジンの過給ダウンサイズという低排気量化と、低燃費のクリーンディーゼルを普及させることで、なんとかこの目標に近づきつつある。一例として、CO2排出量の削減率の高いBMWでは、ディーゼル車比率の高まりに反比例するかのようにCO2排出量が下がっている。

日本人は、ハイブリッド車(HV)で低燃費化すればいいと考えがちだが、日本をはじめ、アジア諸国のように都市部でストップ&ゴーの多い状況ではブレーキ時にエネルギーを回生するハイブリッドが効果的だが、ヨーロッパのように都市の境目が明確で、都市を出ればすぐに高速道路に乗れる環境では、ハイブリッドによるエネルギー回生のメリットが少ない。

しかも、トヨタはすでにハイブリッドの量産効果を出しており、あれほど安くつくれる会社はほかにない。そこで、インテリジェントバッテリーによってブレーキ時にわずかなエネルギー回生を行って、充電のためにエンジンを回すことを控えつつ、アイドリングストップ機構を導入するなどして、ハイブリッドのメリットのいいとこ取りをした格好だ。

120g/kmまでなら、従来の内燃機関の高効率化でなんとかなるものの、95g/kmとなると、電気モーターによる電動化は必須だ。ピュアEV(電気自動車)、HV、PHV、燃料電池車(FCV)あたりが、次世代の候補になってくる。1日の通勤距離が長いアメリカや欧州では、ピュアEVは限られた用途にしか使えないし、ハイブリッドでは前述の通り、ディーゼルと燃費が拮抗(きっこう)してしまう。

FCVの実用化は、日本以外ではインフラ面の整備が大きな課題である。現在、最も有力な候補はPHVだ。事実、VWグループは15車種、メルセデス・ベンツは2017年までに10車種、BMWは2016年中に主力モデル4車種にPHVを投入すると発表している。

日本車メーカーには関係ないかと思いきや、実はドイツ車勢がこれらのPHVを欧州に投入するのは、副次的にすぎない。狙うべきマーケットは中国とアメリカなのだ。

中国では、排ガスの問題があって大都市でクルマの総量規制をしていて、クルマを手に入れるにあたって、ナンバープレートを手に入れないとならない。時にはクルマと同じくらいの値段で取引されているという。

しかし、EVに限っては即時発行となる。このルールをPHVまで広げる方針だ。トヨタがなんとかハイブリッドまで適応を広げるべく交渉をしているとのうわさだが、現段階ではPHVまでとなる目算だ。

アメリカでは原油価格の低下に伴って、再び、大型SUVやセダンが好まれるようになった。一方で、遅ればせながらCAFEなる燃費規制が進みつつあり、大型SUVや大型セダンをたくさん売ることで利益を拡大したい自動車メーカーは、PHVの投入によって燃費規制をクリアする目算を立てている。

幸い中国とアメリカは、ともに大型SUVやセダンを好む市場であり、世界の2大市場でPHV化が進むことになる。

日本だけの特徴ある動きとして、2015年にFCVを市販にこぎつけたという大きな出来事はあったが、世界的な流れとしては、FCVはもう少し先の話になりそうだ。

IT化、自動運転、電動パワートレインという自動車産業の未来に変化を起こす3大要素の導入は、もはや、あらがうことのできない“来たるべき未来”への流れである。今や、最大の興味関心は、「どの技術が来るか」ではなく、「いつ来るか」なのだから。

(写真:Daimler AG)