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1999年信州大学医学部卒業。循環器内科医として勤務する傍ら、2004年12月にメドピアを設立。日本の医師の3人に1人が参加する医師専用のコミュニティサイト「MedPeer」を2007年に開設し、2014年に東証マザーズに上場。現役医師兼起業家としてさらなるチャレンジを期しています。

1999年信州大学医学部卒業。循環器内科医として勤務する傍ら、2004年12月にメドピアを設立。日本の医師の3人に1人が参加する医師専用のコミュニティサイト「MedPeer」を2007年に開設し、2014年に東証マザーズに上場。現役医師兼起業家としてさらなるチャレンジを期す

予測の3つのポイント

・2025年以降「介護難民」は43万人との試算もあり、医療・介護のICT活用が急務。

・2015年に厚労省が発表した通達では、広範な領域で遠隔診療の活用を認める方針が示された。

・2016年はヘルステック業界と医療の現場が直結する年に。

はじめに

これまでヘルステック(Healthcare × ICT)と言えば、古くからある電子カルテのクラウド化や患者側の健康情報管理(PHR: Personal Health Record)、そしてその生体情報を収集するウエアラブルデバイスの話題に終始していた感があるこの業界。

私は、2016年ついにヘルステック業界と医療の現場が直結する年になると予想する。

新聞で時折話題になる「2025年問題」。これは、団塊の世代が後期高齢者である75歳以上に突入することを指す。

必要な介護を受けられない、いわゆる「介護難民」は43万人に達するとの試算もあり、実はその約3割は首都圏に住む高齢者とされている。

また、厚生労働省は今年、われわれ団塊ジュニア世代が65歳に到達する2035年をターゲットに「保険医療2035提言書」をまとめ、高齢化先進国としての日本のあるべき姿を提示した。

来る2025年に向けて、政府は高齢者が暮らす日常生活地域圏において医療・介護・生活支援サービスを提供する「地域包括ケアシステム」の整備を急いでおり、この分野におけるICTの活用を重視している。

この計画の中では、足りない病床数を補うための在宅医療・介護の発展、クラウド活用による費用低廉化モデルの構築、そして遠隔医療の推進などが提示されている。

マイナンバー制の施行に伴い、当然医療分野においても情報の一元管理により医療資源の効率的な分配が試みられることになる。

すなわち、日々の血圧や脈拍などの「生体情報」、運動・食事などの「生活情報」、そして個人の「遺伝情報」を統合することで、さまざまな介入の結果としての個人の生活の質、提供価値優先の資源分配を模索することになるだろう。

本稿では特に、2015年に大きな動きのあった「遠隔医療」について、海外の動向を含めて今後の展望について検討したい。

遠隔医療で業界激震

2015年8月に厚生労働省が発表した通達に、医療業界はざわついている。

この通達は、「遠隔診療」の解釈を明確化したもので、過去に例示していた遠隔診療の適用範囲(離島・へき地などに限られると解釈されていた)を、在宅糖尿病患者や在宅高血圧患者など、広範な領域において遠隔診療の活用を広く認める方針を示したものだ。

遠隔診療は一般的に、専門領域の異なる医師間で診断をサポートする「D(doctor)to D」(放射線画像診断など)、医師が医師以外の医療従事者に指示し、患者さんのサポートを行う「D to N(nurse)to P(Patient)」、そして医師が患者さんをモニタリングしたりすることに利用する「D to P」に分かれる。

今回の厚生労働省の通達は「D to P」に関するものになる。

言うまでもなく、医師は国家資格であり診療行為は医師法に従う必要がある。医師法第20条では、「無診察診療の禁止」が定められている。すなわち──

「医師は、自ら診察しないで治療をし、若しくは診断書若しくは処方せんを交付し、自ら出産に立ち会わないで出生証明書若しくは死産証書を交付し、または自ら検案をしないで検案書を交付してはならない」

今までの解釈では対面でない遠隔での診療は「自ら診察しない」に該当し、医師法違反にあたる(可能性がある)ということで、多くの医師は、遠隔診療は国に認められていない、と考えてきたのだ。

インターネット環境の劇的な向上、国家財政の逼迫を前に、冒頭で触れた地域包括ケアシステムにおけるICTの利活用は必然であり、その中で遠隔診療の推進も明示されている以上、今回の通達は必然の流れではある。しかし、これまで規制側であった厚生労働省がここまで明確に宣言するのか、と話題になった。

新たな取り組みが始まっている

この通達を受け、さっそく東京お茶の水で診療所を運営する五十嵐健祐医師は、「ポートメディカル」というサービスを開始した。

当初は初診の患者さんに、オンラインですべて完結して薬を送るなどしていたが、今後当面は初診ではなく、再診患者への継続的なフォローアップに限定するらしい。

銀行でたとえると、最初の1回だけ銀行口座をつくりに窓口に来て、その後は普段はオンラインバンキングで利用し、何かトラブルや相談事があれば随時窓口で対応するかたちだ。

初診患者というのは、医師患者双方にとって顔色や口腔内を観察したりする視診、触診、そして聴診など多くのインプットが必要なタイミングなので、上記の対応はほかの医師の納得性も得られるだろう。

そのほかにも、オプティムとMRTが業務提携を行い遠隔診療への参入を表明したり、そのほかの企業も参入を表明したりするなど、2015年はこの領域の注目度の高さを感じた年となった。

現状では、五十嵐医師が持ち前の柔軟な思考と医師である強みを生かして先行している印象だが、2016年以降は他の医師や企業の参入が相次ぐだろう。

実は類似サービスが存在

実はこの領域には、テキストベースで一般の方々が医師に相談できるエムスリーの「Ask Doctors」などが存在し、オンラインでの医療相談(遠隔診療ではない)としてはすでに成立している領域であった。

今回の通達によりこれら既存の類似サービスと、新規の遠隔診療サービスがどのように融合していくのか、ぜひ注視していきたいところだ。

私個人としても、日々診療していている中で、忙しい仕事の合間に高血圧のみを有している患者さんが、苦労して血圧の薬だけを取りにくることに対して疑問を持っていた。

その意味でも、患者さん側のニーズは間違いなくあると思われるし、私の運営するメドピアでも参入について検討していきたいと考えている。

課題は山積

このように非常にポテンシャルのある領域であることは間違いがないが、現状ではまだまだ課題は山積みだ。

一番大きな課題は、現状では遠隔診療には診療報酬がほとんど加算されないということ。現状では再診料の720円程度しかつかないとのことで、これではニーズがあったとしても多くの医師のインセンティブにはなりえないと考える。

それ以外にも、明らかにすべき課題はたくさん存在する。遠隔診療が浸透していった場合に、対面と比較して本当に患者さんの生命予後、生活の質に差はないのか、もしくは向上していくのか。国家レベル、個人レベルの医療費の低減に寄与するのか。何より、医療の質、安全性の担保に寄与するのか……。

もちろん、リスクばかり上げていては新たな取り組みは進まない。五十嵐先生やわれわれのようなベンチャーがこれらの新たな領域を切り開いていくべきだと考えるので、医療の質の担保という不文律を守ることを前提にさまざまなチャレンジを行いたいし、応援も続けていきたい。

米国の状況

最後に、ヘルステックの最先端、米国での活動状況について。2015年NASDAQに上場したTeladocをはじめ、米国では遠隔診療が百花繚乱の状況だ。

私は今回参加していないが、2015年の米国最大級のヘルステック系イベントである「Health 2.0」でも、かなりの数の遠隔診療系サービスがデモを行っていたと聞く。

実際に上記の課題、特にインセンティブの部分が解消された場合には、参入障壁はもともと非常に低い領域である。今後は日本においてもサービスを提供することのみでなく、提供されるサービスの質、スピードなどが差別化の要因になると考える。

以上、これから萌芽期を迎えるであろう「遠隔診療」について寄稿した。取り組みは始まったばかりだが、医療の質を担保しつつも、リスクではなく行動を称賛するような環境を政官民で創り上げていくことを期待したい。

(写真:Neustockimages/iStock.com)