新春特別座談会(後編)
スポーツビジネス界のトップランナーが明かす求められる人物像
2016/1/3
オリンピックイヤーである2016年が幕を開けた。8月にリオ五輪が行われると、2020年の東京五輪まで4年となる。
新年を迎え、「スポーツビジネスに挑む日本人たち」では新春特別企画として、日本のスポーツビジネスをけん引している4人の座談会を実施。最終回では現在のスポーツビジネスに求められる人物像が語られた。
前編:日本サッカー界、現状打破のカギは「Jリーグのプレミア化」
中編:東京五輪は千載一遇のチャンス
ビジネス面でのスペシャリティ
──前回は、東京五輪後を見据えた人材育成の話になりました。最終回は皆さんの考えるスポーツビジネスに求められる人材の条件を挙げてもらえればと思っています。はじめにスポーツビジネスアカデミー(SBA)の理事を務める荒木さんのご意見を聞かせてください。
荒木:まずビジネス面でのスペシャリティを持っていること。それがマーケティングについてなのか、営業なのか、あるいはエンジニアリングなのか。どの分野でもいいですが、まず圧倒的にプロフェッショナルと言えるスペシャリティを一つ持っていることだと思います。
東京五輪の4年前から人材育成をするということを考えれば、すでに何かスペシャリティを持っている人材がベターと言えます。そこにスポーツの特異性を注入して混ぜ合わせれば、2020年以降にスポーツビジネス界でしっかり活躍する人材になれるはずです。
2番目は俯瞰力。スポーツは多くのステークホルダーを巻き込む必要があり、究極のBtoC、BtoB事業と言えます。
BtoCということでは、商品をどこに届けるかと言えば、人ではなくて人の心まで届けないといけない。BtoBでは、露出だけでなく、相手企業のブランディングに関わるということ。そう考えれば、自分のスペシャリティを使いつつ、いろんなステークホルダーを見わたしながらバランスを取る力というのは大事ですね。
3つ目はインターナショナルなビジネスなので、英語や中国語といった外国語。最後に、当面のスポーツ業界で大事になってくる調整能力、交渉能力、渉外能力。経験値が必要になってくる分野でありますから、ある程度のコミュニケーション能力は必要だと思います。
自己陶酔ではない使命感
──広瀬さんはいかがでしょうか。
広瀬:ひとことで言えば、ビジネス能力が第一。それは荒木さんも話したように、ビジネススキルのない人材は、スポーツでもビジネスはできないということです。
そのビジネス能力は何かといえば、スペシャリティということに似ていると思いますが、物事を考える力としてメタナレッジ。もうひとつはワンスペシャリティの分野におけるナレッジを持っているかどうか。
メタナレッジとナレッジは両方とも必要になります。メタナレッジに関しては子どもの時から教育しなければいけない部分。そういう意味でも、教育改革もしなければなりませんね。
2番目については、スポーツの理解をしてほしいということ。「スポーツとは何か」という本質的な問いをしないままスポーツビジネスをやっている場合が多いですが、そのままでは通用しないと思います。
そして3番目に使命感。これは自己陶酔とはまったく違います。教えている学生を送り出すとき、最後に「自分がやりたいこと、できること、すべきこと。この3つが重なることで人生が豊かになる」と話しますが、3つ目の“すべきこと”というのはスポーツ以外でも社会福祉などどんなことでも、共通するのは自分以外の人間をどれだけ豊かにするかということになります。
そこには自己客観化も必要になり、「僕はスポーツが好きだからスポーツのビジネスをやりたい」という考えは使命感とは言えません。
スポーツビジネスを目指す方々には、「自分がスポーツ界に行くことで、スポーツ界が豊かになるのかどうか」ということを、まず自問してほしい。そうすると、何かスペシャリティが必要だとか、考えが思い浮かんでくると思います。ただ、今挙げた3つの資質を持っている人材はなかなかいないんですよね。
一同:(笑)
広瀬:いてくれたらうれしいな、と。荒木さんにしても僕にしても、この3つのどこかに引っかかるような人材を今後育成していきたいという考えは同じだと思います。
嫌われてもいいリーダーシップ
藤井:僕もよく似ていますが、自分自身としてはスポーツをやったことはなかったですし、勝ち負けにもそこまで興味はありません。ただ、お客さんにスタジアムに来てもらうことは大好きでした。
スポーツ界というのは、非常に閉鎖的でもあるので、そこでどのように突き進むかということがあると思います。自分自身を振り返ってみても、嫌われてもいいというようなリーダーシップが必要だと言えます。もうひとつはマネジメント能力。それは細かく言えば、気配りができるなどそういうところに行きつくかもしれません。
最後に、自分自身が汗を流して突き進まないといけないということ。「あの人を見習えばいい」という人材がスポーツ界にいるかと言えば、現実的に日本には非常に少ない。それならば、自分自身で突き進んでいかないといけないかなと思います。
これまで、日本でスポーツビジネスを学ぼうと思っても、その場所がなかった。だからこそ、僕は「お前はバイエルンに行け」と、勉強しに行かせてくれたわけです。そういう意味でも、日本では勉強する場所が非常に少ないので、自分自身が突き進む、汗を流していろんなことを知るということが必要かなと。
あと、もう一つとして、知ったふりをしないことですね。意外にスポーツ界には知ったふりをする人が多いですから。海外でスポーツビジネスをしている方からすれば、知ったふりをしているかどうかなんて、簡単に見抜かれてしまいます。
僕みたいに何も知らなければ、本当に初歩的なことでも聞けますから、その方がラッキーだったなという気もしますね。あとは好奇心を持っているかどうかは大事なことです。
なによりもメンタルタフネス
──最後に岡部さん、お願いします。
岡部:皆さんが話されているのはその通りだと思います。僕は海外的な観点から英語で書きましたが、「think on your own」は自分で考える力になります。
日本人は、「前例がないからやらない」ということを言いがちですが、そうではなくて、前例がなくても他人に何と言われても、「いや、自分でしっかり考えた結果としてこう思う」と考えられる力が必要です。
これをなぜ言うのかというと、20年ほど海外に住んでいて帰国子女からMBAホルダーといった方々まで、さまざまな人材を見てきましたが、アングロサクソンの教育というのは、自分で考えることを死ぬほどやらされていることがわかります。
たとえば、小学生でも宿題を自分で見つけてこないといけません。なぜその宿題を選んだのか、調べる方法も自分で考え、そのうえでみんなの前でプレゼンをしなければならない。小学校の頃からそういう教育を受けていますから、親にも先生にも「それは違うと思う」と意見できる。
子どもの頃からそういうことをやっているかやっていないかで、将来的に大きな差が出てしまいます。ですから、考える力が必要になりますね。特に今はJリーグもプロ野球も過渡期にあり、さらなる成長のため変革していかなければいけませんから、考えることのできる人材が重要になっていきます。
2点目は荒木さんも話されましたが、スポーツはインターナショナルなビジネスで相手がいることですから、日本でスポーツビジネスに関わっていこうとしてもインターナショナルな感覚、経験、言語能力は絶対に必要だと思います。
そして、メンタルタフネスですね。人生でも仕事でも浮き沈みがありますから、スポーツ業界以外で成功している方々を見ても、やはりメンタルタフネスを持っています。
最近の日本でよく言われる言葉ですが、「心が折れる」とはどういうことだと思うことがあります。人生にはアップ&ダウンがつきもので、そのなかで誰もが自ら考え、精神的・人間的に成長しながら突き進んでいかなくてはならない。
サッカーの本田圭佑選手はいい例です。ものすごい才能には恵まれなかったかもしれませんが、周囲から見た挫折には挫けずに、考え続けることでどんどん上りつめていきました。
海外に住んでいると、日本にはメンタルの弱い若者が多いかなと思うこともあります。国内スポーツの難しい状況や、インターナショナルでビジネスをやらないといけないことを考えれば、気持ちが落ち込むこともあると思います。
しかし、そのときに、英語で言う“ファイトバック”ができる胆力、反撃できるような強さがないと、ほかの資質があったとしてもやっていけないのかなと思います。そういう意味でも、メンタルタフネスは必要ですね。(終わり)
(構成:小谷紘友、写真:是枝右恭)