パリテロバナー.001

フランス移民 共存の苦悩(後編)

2016/1/3
パリでの同時多発テロ以降、フランスが大きな試練を迎えている。「自由と人権」を掲げつつも、テロのために治安維持を強化しなければならない現実に、フランス国民・政府はどう向き合っているのか。欧州情勢に精通する渡邊啓貴・東京外国語大学教授がフランスの今をリポートする。
連載「フランス移民 共存の苦悩」の前編はこちら、中編はこちらです。

フランスの理念が揺らいでいる

それでは爆撃を強化してイスラム国を撃滅すれば、それで片が付くのか。フランスが9月にシリア空爆を開始する前にも、多くの議論が交わされた。

フランス政府の空爆の大きな狙いは、イスラム国への打撃と、フランスやヨーロッパ国籍をもつテロリストたちの根を断つことにあったが。それが成功するかどうかという点に関しては、悲観的な見方も強かった。

他方で、国内治安対策をどこまで強化できるのか。これも疑問だ。

2015年1月の事件のあとでは、9.11直後のアメリカに倣って「愛国法」をつくろうという動きも右派からあったが、実現しなかった。

国家が国民の監視・束縛を極端に強化することは、自由・平等・博愛を理念として掲げる共和国精神に悖(もと)るからであった。それは、理念でできたフランスという国の自己否定にもなりかねないからである。

しかし、今回の事件直後の世論調査(前出)では、フランス国民の84%が、これまで以上に治安・監視を厳しくすること、一定の自由の制限はやむをえないと答えている。

移民の受け入れを支持する人は38%で、そのひと月前の49%を下回った。さすがのフランス人も今回の事件には大きな衝撃を受けた。

こうした世論の動向を背景にして、保守派と極右の攻勢にさらされるオランド社会党政権も迅速な対応が迫られている。

11月13日、オランド大統領は直ちに非常事態宣言を発令(大統領への権限集中)した。

大統領は国内対策に専心するために事件翌々日のG20には欠席したが、この会議は世界との連帯も強調した。各国は強い非難と対テロ連帯を表明するとともに、テロリストの資産凍結・テロ資金供与の犯罪化などによる金融制裁体制強化、インターネットによるテロ行為の扇動・暴力の称賛を防止する、などで合意した。

20日の国連安保理では、イスラム国による一連のテロ行為を非難し、すべての加盟国に対し、「あらゆる可能な措置」をとること(各国の協調強化、外国人戦闘員の流入阻止、資金の流れを遮断するための取り組み強化)などを呼びかけた。

いずれも前日のフランスの提案を受け入れた内容だった。

同日のEU緊急法相・内相理事会では、出入国審査の厳格化のために、域内の「人の移動の自由」を定めたシェンゲン協定参加国と非参加国との国境の出入国審査において「国際刑事警察機構(インターポール)」などが保有する犯罪データベースを活用することや、2016年3月までに加盟国の国境審査のシステムを国際刑事警察機構のデータベースにつなぎ、要注意人物か否か、自動的に旅券を調べることができることや、テロリスト関連情報の共有を進めるため「欧州警察機構(ユーロポール)」に2016年1月、「欧州テロリスト対策センター」を設置することなどを決めた。

国内措置としては、16日オランド大統領は上下院合同議会演説で、警官5000人と国境管理要員1000人の増員を約束した。

警察官と憲兵は減少傾向

しかし、オランド政府の対応には保守派が不信感を募らせている。2012年大統領選挙公約の5000人増員をいまだ実現していない(今後の増員分と合わせて大統領任期期間中の5年で1万人増員予定)からだ。

むしろ警察官と憲兵(公安のための警察と軍隊のあいだの機関)の人数は2012〜2014年で、4万3997人から14万3050人、9万6213人から9万5195人へと減っているのが現実である。

治安・警察官養成のための教育施設はサルコジ大統領時代に減らされている。国家予算が厳しい折から、財政的に実現可能なのか、不安視する向きも強い。

治安強化の声が高まる中で、憲法改正も俎上に載っている。

現在テロ監視体制強化策として、(1)情報当局が危険度Sという最高段階に位置付けている要注意人物に電子ブレスレットを付帯させて、住居を指定する、(2)罪状に応じてテロリストの保証拘束期間を延長させることができる、などの法案が検討されている。

この法律は、現在の憲法に抵触するために憲法の改正が必要なのだ。

他方で非常事態宣言の三カ月延長と捜査権限強化に関する法律が成立したが、その内容は、(1)特定の人物について、テロ行為準備を疑う理由が十分にある場合には、自宅軟禁やほかの容疑者との連絡を禁止する権限を警察に付与するように規定、(2)裁判所の令状がなくとも、テロ関連の捜査を実施できる、(3)インターネットでのやりとりによるデータの押収を容易にし、過激思想を宣伝するインターネットサイトを政府が強制的に閉鎖することができる、などである。

いずれも国民の不安に応じた政府の緊急対応策だ。

極右と保守派野党の攻勢

これらについて欧州最大の極右、国民戦線(FN)は1月の『シャルリー・エブド』紙襲撃事件以来、(1)イスラム急進派の二重国籍者のフランス国籍の剥奪、(2)過激派系のイスラム寺院(モスク)の閉鎖、(3)軍・警察・税関の監視強化、さらに国境検査の強化を主張してきた。

これらの政策は実際に現在検討中であり、国民戦線は自分たちの政策であると喧伝する。人の移動の自由を定めたシェンゲン協定の廃止は、ずいぶん以前から同党が主張してきたことである。

極右の社会党政府批判はトーンを上げている。イスラム系の人たちに対する路上での嫌がらせや攻撃が増えているとも伝えられる。

理想の共和国を標榜するフランスでは、まだマスメディアでのこの種の報道は控えられているように思われるが、こうした傾向が増幅されないように政府は躍起である。

しかし、テロをきっかけに極右勢力が増幅することは、政府ばかりか野党保守党にとっても気掛かりである。

12月に州議会選挙を控えて極右に票を食われることを心配する保守派(共和党、サルコジ党首)は極右を強くけん制すると同時に、社会党与党の治安対策の不備を強く批判している。内務大臣経験のあるサルコジはこの分野に精通している。上記の法案はすでに自分たちが提案してきたことであり、「社会党政府の対応は手緩(てぬる)い」と厳しく批判する。

保守政権になると、治安策は強化され、左派社会党政権になると、移民や不法入国者が増加し、治安が乱れるというのはこの数十年フランス社会が繰り返してきた構図である。

排外主義勢力による反イスラムの勢いは放っておけば強まることは必定だ。従って、政府は国民戦線のルペン党首を11月15日早々と大統領官邸に呼び、議論している。

1月の事件直後にパリと全国で370万人に達するデモが行なわれたときも、事前にルペン党首は大統領官邸に呼ばれ、大統領と議論しており、国民戦線はパリのデモには参加せず、地方で自分たちだけの小さなデモを行なった。

国民戦線は2017年の大統領選挙での勢力伸長を企図しており、極右運動家が騒いで秩序を悪化させることは必ずしも得策ではない。幹部は暴力集団のレッテルを貼られることで、勢力を失うことを強く恐れている。

しかし他方で、伝統的な排外主義傾向の支持者を失うことは同党の存立に関わる。ルペンとしては、従来の支持者を確保しながら、他方で雇用や社会保障面での不満分子を開拓していくなかで勢力を伸ばしていくにはどうするのか。試練の場を迎えている。

テロ、移民、難民、治安、フランスは理想を掲げつつ、厳しい現実を前に揺れている。

渡邊啓貴(わたなべ・ひろたか)
東京外国語大学教授
1954年生まれ。83年、慶應義塾大学大学院法学研究科博士課程単位取得退学。86年、パリ第一大学パンテオン・ソルボンヌ校 現代国際関係史専攻DEA修了。パリ高等研究大学院客員教授、ジョージ・ワシントン大学シグール・アジア研究センター客員教授などを経て、99年より現職。著書に『現代フランス 「栄光の時代」の終焉、欧州への活路 』(岩波書店)など。