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1979年生まれ。2007年東京大学大学院情報理工学系研究科博士課程修了。学術振興会特別研究員、慶應義塾大学特任講師などを経て、2013年より東京大学大学院講師。タッチパネルに代表されるような、皮膚に備わっている触覚に働きかけて人間を支援する技術の研究「ハプティクス」が専門。

1979年生まれ。2007年東京大学大学院情報理工学系研究科博士課程修了。学術振興会特別研究員、慶應義塾大学特任講師などを経て、2013年より東京大学大学院講師。タッチパネルに代表されるような、皮膚に備わっている触覚に働きかけて人間を支援する技術の研究「ハプティクス」が専門

予測の3つのポイント

・2015年はヘッドマウントディスプレイの大衆化が進み「VR元年」に。

・VRが“2年目のジンクス”を乗り越えるかの鍵は、映像体験のリアリティを補強する技術の普及。

・日本発で裸眼立体映像提示のブームが出てくる可能性にも注目。

一気に普及したHMD

NewsPicks編集部より、「専門分野であるテクノロジー関係の2016年のトレンドを予想して記事を書いていただけませんか?」というご提案をいただきまして、しばらく考えたのですが、想像以上にこれは難しいと感じました。

というのも、大学の教員はどちらかと言うと、5~10年先のトレンドになれるように、日々研究をしているという側面があるからです。それゆえ、直近で何が来るかという点については、実は相当疎いなと改めて気づいた次第です。

特に、社会のトレンドとして何が起こるかというのは、企業の製品としてどのようなものの開発が進んでいるのかというあたりをきちんと抑えておかないと、なかなか予想ができません。

ということでいきなり泣き言から入りますが、本稿は、2016年の予想というよりも、私の専門分野であるVR(仮想現実)などの回りについて2015年を振り返り、今後もう少し長いスパンで、どのようなことが起こりそうかというのを予想するものとなっています。ぜひそのような視点でお付き合いください。

先日NewsPicksでも特集が組まれていましたが、「2015年はVR元年である」ということが各方面から聞かれるようになりました。

その一番のカギとなっているのは、ヘッドマウントディスプレイ(HMD)の大衆化であると理解しています。

Oculus Rift、PlayStation VRのような専用機に加え、ハコスコ、Google Cardboard、Gear VRのような、低価格で誰でも利用できる簡易HMD装置の認知、普及が一気に進んだのが2015年でした。

コンテンツを撮影するための高解像度全周囲カメラや、それを共有するための動画プラットフォームなど、技術が浸透していくための下地も順調に整いつつあるように見えます。

“2年目のジンクス”を越えるには

では、2016年以降どうなるかという話です。

現在は、眼前に広がる映像世界が珍しく、頭を動かすとその中を眺め回すことができるという、これまでにない新しい体験が得られるため、体験された方はおおむね満足されているようです。

しかし、その映像体験に慣れてしまったときに果たしてどうなるでしょうか。

これに対する回答は、日本におけるバーチャルリアリティの父である東京大学の舘暲名誉教授の、2012年の講演の書き起こし記事に書かれています。以下、一部抜粋します。

3次元を見ていると「ものを触りたい」「見えたものを触りたい」「見たように触りたい」となりますね。こういうものを、実現するのがVRで、自分の手というものが、3次元空間の中にあって、自分の手と空間的にも時間的にも同期して動かないといけない。

結局自分の手が同期して動いて、ものが動くというインタラクションが生まれて、はじめて本当に自分がその場にいるという感覚になり、触っているという感覚が生まれるわけです。そういったものがないといけない。

つまり、HMDのようなリアルな3次元映像が簡便に体験できるようになり、その映像体験に慣れてきたとき、人々が次に求めるのは「その中に本当にいるんだ!」という実感です。

そしてその感覚は、自分の身体性を介してその空間の中のモノとインタラクションできることで強化されます。

映像体験のリアリティを補強できるような五感提示技術が、HMDの普及に付随して広がっていけば、VRは2年目のジンクスを乗り越えて、次のステップへと進めるのではないかと思っています。

HMDがリアリティを補強する

このHMD+身体体験の可能性については、以前インタビューしていただいたときの記事で語っています。

この傾向が、昨年の学生のVRコンテストで如実に現れていて驚きました。この動画は、2015年10月に開催された、第23回 国際学生対抗バーチャルリアリティコンテスト(IVRC)の予選結果の模様です(決勝もほぼ同じ順位でした)。

この予選を通過した上位11チームのうち6チームが、以前のインタビューで話したような、身体のバランスがとりにくい状況下での体験となっています。ちなみに、HMDの利用率としては、11チーム中9チームでした。

やはりHMDとバランスのとれないような環境下での全身触覚の提示は非常に相性が良く、その評価も高いという結果です。

これはやってみるとわかるのですが、HMDで眼前の情報が専有されたとき、信じられるのは身体の感覚だけなのです。ところが、その身体のバランスがとれなくなると、信じられる現実側の情報が少なくなり、結果として目の前の空間のリアリティが相対的に上がることになるわけです。

映像体験だけでなく、そこに自分がいると思えるような感覚が重畳されていくことで、HMDに端を発するVRは、単なるブームではなく、初音ミクのような大衆文化のかたちに昇華されるのではないかと思っています(願望もかなりありますが)。

エジソンに戻っている?

さて、個人的にHMDで懸念しているのは、体験が非常に個人的であるという点です。

以下の議論は前出の舘先生の講演や、メディアアーティストの落合陽一先生なども語られていますが、ちょっと映画の発展に思いをはせてみましょう。

キネトスコープとして映画の原型を1891年に発明したのはエジソンです。しかし、映画の父と言われるのは1895年にシネマトグラフ・リュミエールを発明したリュミエール兄弟です。

両者の違いはどこにあったのかといえば、エジソンのキネトスコープはのぞき穴式であり、個人で楽しむものであったのに対して、リュミエール兄弟のものは映写式で、多人数で楽しめるものであったという点です。

その意味でHMDは今、エジソンのフェーズにいると言えるかもしれません。映画の大衆化を実現したのは、多人数が同一コンテンツを同時に楽しめるという部分です。

その観点で見たときに、個人で楽しむという性質の強いHMDは、今後スケールしていくのか。とても気になる論点です。

これに関して、ハコスコの代表を務めている藤井直敬氏が以前、次のようなことをおっしゃっていました。

「それぞれが持っているスマホで、誰でも簡単に楽しめるハコスコのような簡易VR装置は、ワイヤレスで相互に通信できることもあり、同時に多人数で同じコンテンツを楽しむというのに適している」

多人数でHMDという流れが出てくるのか、それとも個人宅でゲームに利用されるところでとどまるのか、HMDの今後の展開に注目したいと思っています。

裸眼立体映像の進化

少し視点を変えて、エジソンからリュミエール兄弟に近づく別の方法を考えてみましょう。一つの方法は、HMDを利用しない裸眼での3次元映像の提示です。

この点について、2015年は関連するSF映画にとって重要な年でした。2015年10月21日は、言わずと知れた『バック・トゥ・ザ・フューチャー Part2』で描かれた未来の日です。また、2015年の年末には『スターウォーズ』の新作が公開されました。

これら2つの映画に共通するのが、裸眼で見える立体映像が作中に出てくるという点です。立体映像と言えばレイア姫かジョーズ19かというくらい、どちらも映画の中で象徴的に立体映像が利用されています。

これに関しては、私の知る範囲では、われわれも研究で利用しているアスカネットという会社の特殊なミラー「AIプレート」が、実にきれいに立体映像を空中に出してくれるようになっています。

2015年10月に、経済産業省が選ぶ「Innovative Technologies」として、国内の注目技術20件が採択されました。その中で、われわれの研究室を含む2件で利用されているのが、鮮明な裸眼立体映像とのインタラクティブなシステムです。

また、NHKメディアテクノロジーにより、AIプレートと裸眼立体ディスプレイとを組み合わせた、インタラクティブな空中映像なども提案されています。

現状、海外では類似の製品はないようです。従って、状況によっては日本発で裸眼立体映像提示のブームが出てくる可能性はあるのではないかと期待しています。

ウエアラブルの未来

さて、最後にウエアラブルについて。アップルの新しいデバイスとして、「Apple Watch」が発売されたのも2015年でした。それに伴い、“ウエアラブル”も、しばらく注目ワードとして話題に出てきていたように思います。

これに関して、先述のInnovative Technologiesで、審査員特別賞であるIndustry賞(産業分野への波及・応用が期待される技術)と、Human賞(ライフサイエンス分野への波及・応用が期待される技術)をダブル受賞した技術があります。

それが、ERATO染谷生体調和エレクトロニクスプロジェクトの「布地に印刷で作る伸縮性筋電センサー」です。布地に印刷できるこのセンサー技術は、一言で言えば洋服が高機能化するというものです。従来難しかった、柔軟な素材の上に直接回路を形成できてしまいます。

グーグルが「Project Jacquard」という、布に編みこむタイプのインターフェースを提唱したのも2015年でした。

Apple Watchが描くウエアラブルの未来は、腕時計の延長と言えますが、それとはまた違ったウエアラブルの未来を切り開く技術です。

実用化はもう少し先の話になるかと思いますが、これからは、新たに何かデバイスを身につけるのではなく、すでに身につけている服がデバイス化していくという流れが訪れるかもしれません。

ウエアラブルなHMDの可能性

私個人がインターフェースの研究者としてウエアラブル端末において興味があるのは、どのように機器と人との間で情報のやりとりするのか、という部分です。

その観点で考察するときにどうしても避けられないのが、「ユーザーが入力した内容は、視覚を通してしか確認できない」という点です(音声の読み上げもあり得ますが、視覚に比べると圧倒的に単位時間あたりに得られる情報量が少なくなってしまいます)。

そのため、仮に目を使わずブラインドタッチで文字自体を入力できたとしても、それが正しく入力されているかを確認するために、何らかの方法で映像を見なければなりません。

Apple Watchにしてもスマホにしても、手にそのディスプレイを持って目の前にかざすという点においては同じです。どうしても、手の動作が専有されてしまいます。

これを解消するのが、「Google Glass」のような、メガネ型の情報提示装置です。これについて、今どうしても注目しておかなければならないのが、謎の企業、Magic Leapです。

こちらは、2015年10月半ばに公開されて話題になった動画です。

この動画を見ると、AR的に情報が日常空間に重畳されています。網膜にレーザーで情報を描画するHMD関係の企業なのではないかという憶測もありますが、実際のところはわからず、グーグルが多額の投資をしているというような話だけが聞こえてきています。

Magic Leapの動向は本当にまったくわからないのですが、近々何かがわかるのではないかと、期待しながら待っているところです。

もし仮に、Google Glassの進化型のようなデバイスが近々手に入るようになるのであれば、ディスプレイを持った手を顔の前にかざす必要がなくなります。そうなれば、情報の入力の仕方も大きく変わっていくのではないかと想像しています。

たとえば、ポケットに手を突っ込んだままで文字を入力してメール送信、ということも可能になるわけです。これを想定してつくられたのではないかと個人的に思っているのが、昨年発表されたグーグルの「Project Soli」です。

Project Soliは、遠隔で、小さな手の動きで情報の入力などができるデバイスです。電車の中でスマホの画面を見ながら両手で何かを入力、というよく見る光景は、近い将来ポケットに入れた手を小さく動かしてHMDに情報提示、という形に置き換わるかもしれません。

以上、興味の対象にかなりの偏りがありますし、客観的事実というよりも願望と言ったほうがよいような情報も入っていますが、2015年を振り返り、未来に思いをはせたときの注目技術をご紹介させていただきました。

(写真:innovatedcaptures/iStock.com)