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新春特別座談会(中編)

東京五輪は千載一遇のチャンス

2016/1/2
 オリンピックイヤーである2016年が幕を開けた。8月にリオ五輪が行われると、2020年の東京五輪まで4年となる。

新年を迎え、「スポーツビジネスに挑む日本人たち」では新春特別企画として、日本のスポーツビジネスをけん引している4人の座談会を実施。中編ではスポーツビジネスの未来について議論された。
前編:日本サッカー界、現状打破のカギは「Jリーグのプレミア化」

東京五輪は千載一遇のチャンス

──4年後には東京五輪がやってきます。今後日本のスポーツ界が盛り上がるのは間違いないと思いますが、懸念もあります。昨年12月にサッカーのクラブW杯の冠スポンサーが、中国のアリババグループにおける自動車ブランド「アリババEオート」になりました。

発表会見では、国際サッカー連盟のマーケティング担当者が「日本企業も探していたが、多くの企業は東京五輪を見ていた」と語っていました。このことから日本のスポーツ界は2020年まで盛り上がっても、その後は続かない可能性があるようにも思えます。

広瀬:現状はそうかもしれないけれど、東京五輪を利用するという視点を持てるか持てないかということが大切。2020年まで何もしないならその通りだけれども、五輪は千載一遇のチャンスでもある。

東京五輪があるということは、スポーツ界はある意味で水戸黄門の印籠を持ったようなもの。五輪があると言えば、施設建設や強化策でも要求が通るわけです。その状況を利用しようとする人材次第になります。

広瀬一郎(ひろせ・いちろう) 1955年静岡県生まれ。東京大学卒。1980年、電通に入社してW杯やサッカーイベントのプロデュースに携わる。1994年11月、2002年W杯招致委員会事務局に出向し、W杯招致に尽力した。1999年12月にJリーグ経営諮問委員会委員に就任。2000年に電通を退職し、インターネットメディア『スポーツ・ナビゲーション』を立ち上げて代表取締役を務めた。2004年にスポーツ総合研究所を設立。2016年からオンラインサロンのSynapseで『広瀬塾』を開講。1月20日にmixiセミナールーム(渋谷)でキックオフイベントを行う

広瀬一郎(ひろせ・いちろう)
1955年静岡県生まれ。東京大学卒。1980年、電通に入社してW杯やサッカーイベントのプロデュースに携わる。1994年11月、2002年W杯招致委員会事務局に出向し、W杯招致に尽力した。1999年12月にJリーグ経営諮問委員会委員に就任。2000年に電通を退職し、インターネットメディア『スポーツ・ナビゲーション』を立ち上げて代表取締役を務めた。2004年にスポーツ総合研究所を設立。2016年からオンラインサロンのSynapseで『広瀬塾』を開講。1月20日にmixiセミナールーム(渋谷)でキックオフイベントを行う

2020年はアジア五輪と考える

岡部:荒木さんはいかがですか。

荒木:切り口を変えて、2020年は東京五輪と考えずに“アジア五輪”だと考えたほうがいいかもしれません。「アジアにおけるメイン会場が東京」という捉え方をすれば、市場の見方が「東京をどうしよう」「日本をどうしよう」ではなく、「アジアをどうしようか」という観点に変わります。

地域で考えるというのは一つの切り口。そうすると、おのずと2020年以降の市場をアジア全体として捉える準備もできるのではないかと思います。

つまり、東京における現在の経済や人口の推移を考慮したときに、いくら素晴らしい構想と戦略で2020年を大成功に導いたとしても、国内だけの視点ならば2020年以降の成長は難しい。

おカネが集まり、注目されるプラットフォームを2020年以降も継続させていく環境というのはアジアだと思います。時差が少なく、経済が伸びていくASEANを巻き込み、「アジア全体の五輪」という発想にすることができたら、2020年以降のシナリオも変わる可能性はあると思います。

五輪でのインターナショナル戦略

広瀬:現実問題として、最終的には人材育成になるのかな。

荒木:そうですね。

広瀬:持続可能な話ということでは、人材育成に関わってくると思いますね。東京五輪が終わったときに、残されたものの活用法を考えられる人材がどれだけいるか。それは一人で動いてもしようがない。その動きをどれだけ広げられるかになります。

荒木:キーワードで言えば、今回の五輪で日本がアジアに対してイニシアチブを取るということは、グローバル戦略ではなくて、インターナショナル戦略という考えがあります。

欧米を巻き込んでいくグローバル戦略よりも、オリンピックを機にアジアにおけるリーダーシップをしっかり取り、日本が主導してビジネスを仕掛けていける枠組みをつくる。そういう発想で戦略を練ることがいいと思います。

荒木重雄(あらき・しげお) 1963年9月9日生まれ。1986年にIBMに就職し、ドイツ系通信会社の日本法人代表を経て、2005年に千葉ロッテのフロント入り。その後、パシフィックリーグマーケティングで取締役を務めた。現職は、SPOLABo代表、草野球オンライン編集長、千葉商科大学特命教授、A+代表、ホットランド取締役、NPBエンタープライズ執行役員、スポーツビジネスアカデミーで理事

荒木重雄(あらき・しげお)
1963年9月9日生まれ。1986年にIBMに就職し、ドイツ系通信会社の日本法人代表を経て、2005年に千葉ロッテのフロント入り。その後、パシフィックリーグマーケティングで取締役を務めた。現職は、SPOLABo代表、草野球オンライン編集長、千葉商科大学特命教授、A+代表、ホットランド取締役、NPBエンタープライズ執行役員、スポーツビジネスアカデミーで理事

藤井:それをやろうと思うと、本当に人材の問題が出てきますよね。前回に広瀬さんが言われたように、各プロスポーツチームに、出向組の社長がいることは問題だと。要するに五輪においても、スポーツというものを本当にわかっている人材が関わっているのかどうかということ。

広瀬:厳しいところに話を持っていきますね。

スポーツビジネスのカギは人材

藤井:役人主導で、本当に面白いことができるのかという話になります。

同じようにサッカーでも野球でも出向組が悪いと一概には言いませんが、給料を出す親会社を見るだけでとりあえず居座っているような人材が、クラブや球団に出向してきても意味がないという思いはあります。

これは各スポーツチームのことですが、極端な言い方をすれば、出向ではなく転籍することで専任の社長にならなければいけない。親会社に戻れるのではなく、自分たちの事業として考えることのできる人材でなければ難しいと感じます。ただ、人材の育成は全然できていない。2020年に五輪はやって来るけれど、そのときに人材がいるのかどうか。

藤井純一(ふじい・じゅんいち) 1949年大阪府生まれ。近畿大学農学部水産学科卒業後、日本ハムに入社した。1997年にセレッソ大阪の取締役事業本部長に就任し、2000年から社長を務めた。2005年に北海道日本ハムファイターズの常務執行役員事業本部長に就任し、翌年から2011年まで社長として球団を経営。国内で唯一、Jリーグクラブとプロ野球球団の社長を務めた

藤井純一(ふじい・じゅんいち)
1949年大阪府生まれ。近畿大学農学部水産学科卒業後、日本ハムに入社した。1997年にセレッソ大阪の取締役事業本部長に就任し、2000年から社長を務めた。2005年に北海道日本ハムファイターズの常務執行役員事業本部長に就任し、翌年から2011年まで社長として球団を経営。国内で唯一、Jリーグクラブとプロ野球球団の社長を務めた

岡部:そのポイントは非常に大事ですよね。話しているように、問題は人材ということは明白です。それで、荒木さんがスポーツビジネスアカデミー(SBA)に僕を誘ったときに話していたのは、「東京五輪が遺産として終わってしまうのではなく、そこがスタートポイントになるようにしたい」ということ。

そういう意味で、人材に関しては「2020年にヨーイドンとはじるのではもう遅い」と。だから、今から育てはじめて、2020年にはしっかり準備ができている状態でないといけない。

岡部恭英(おかべ・やすひで) 1972年生まれ。スイス在住。サッカー世界最高峰CLに関わる初のアジア人。UEFAマーケティング代理店、TEAM マーケティングのTV放映権&スポンサーシップ営業 アジア&中東・北アフリカ地区統括責任者。ケンブリッジ大学MBA。慶應義塾大学体育会ソッカー部出身。夢は「日本が2度目のW杯を開催して初優勝すること」。昨年10月からNewsPicksのプロピッカーとして日々コメントを寄せている

岡部恭英(おかべ・やすひで)
1972年生まれ。スイス在住。サッカー世界最高峰CLに関わる初のアジア人。UEFAマーケティング代理店、TEAM マーケティングのTV放映権&スポンサーシップ営業 アジア&中東・北アフリカ地区統括責任者。ケンブリッジ大学MBA。慶應義塾大学体育会ソッカー部出身。夢は「日本が2度目のW杯を開催して初優勝すること」。昨年10月からNewsPicksのプロピッカーとして日々コメントを寄せている

僕自身、2002年の日韓W杯を見てサッカービジネスを志した際、日本サッカー協会の川淵(三郎)さんや小倉(純二)さんといった多くの方々に話を聞きにいったことがありました。そのときに、広瀬さんに言われて心に残っている言葉があります。

当時のスポーツビジネスは、他の産業と比べてまだプロフェッショナルとは言い難く、僕もビジネスとして成熟してから業界に飛び込んだほうがいいのか迷っていました。

ところが、広瀬さんは「まだまだプロフェッショナルではないという考えは正しい。10年待ってみると、改善されていくことは確かにある。

だけど、10年後にゼロからはじめるのと、その10年間で業界内でスキルを磨いて人脈を築いているのでは、貢献できる度合がまったく違ってくる」と話してくれました。

広瀬さんは忘れてしまったかもしれませんが、10年前に話してくれたことがまさに現実になっています。あのときにスポーツビジネスをはじめていなかったら、僕が今ここで、こんな話をしていないですよ。

それで、荒木さんたちがSBAでやろうとしているのはまさに人材の育成で、さまざまなプロフェッショナルの方が教えていくということは非常に重要と言えます。

東京五輪後を見据えやるべきこと

荒木:自分としては2つの考えがあります。2020年まで時間はありませんが、できない期間ではないので、2020年までに優秀な人材、プロフェッショナルな人材がスポーツビジネス業界に入ってきて絡むということはものすごく大事。

さらに重要なことは、2020年を機にその後のプラットフォームをつくれているかどうかだと思っています。

それをつくるためには、基本的な能力がしっかりと備わっているプロフェッショナルな人材が適任になります。そういう人材とスポーツを2020年に絡めていくことができれば、スポーツビジネスの状況は良くなっていくと思います。

2020年以降のプラットフォームをつくるというのは、10年前に岡部さんが抱いたような迷いに対しても、「もう業界はしっかりとできあがっています。若い優秀な人材はどんどん来てください」と答えられる状況になれているかどうかだと思っています。そうなるためには、この4年間でどれだけ若い人材が育てて待機させておくかも重要になってきます。

そういう状況をつくり出し、2020年以降はプラットフォームができあがったところに、さらに若い優秀な人材が入ってきて活性化していく。そういうシナリオになると素晴らしいですよね。

広瀬:実際に、僕の本を読んで就職した方々と最近は仕事で会うようになってきたこともあり、実感として荒木さんの話されたことができつつあると思います。

岡部:僕も、それは非常に重要だと感じます。人材育成についても、広瀬さんが10年かけてやってきていますから、2020年に向けて今から徹底的にやっておかないといけない。

広瀬:人材育成以外に王道はない気がしますね。近道はなくて、最終的には組織でも制度でも環境がそろったときに、運用する人材がいなかったら話も進みませんから。

スポーツビジネスの道を切り開いてきた4人が、未来への思いを熱く語った

スポーツビジネスの道を切り開いてきた4人が、未来への思いを熱く語った

(構成:小谷紘友、写真:是枝右恭)

*本連載は3日連続で掲載予定です。後編は明日掲載します。