1979年福岡県生まれ。慶應義塾大学総合政策学部卒業、スタンフォード大学大学院で修士号取得(国際政治経済専攻)。東洋経済新報社で自動車、IT業界などを担当。2012年11月、「東洋経済オンライン」編集長に就任。リニューアルから4カ月で同サイトをビジネス誌系サイトNo.1に導く。2014年7月から現職。著書に『米国製エリートは本当にすごいのか?』『5年後、メディアは稼げるか』
頭から離れないキーワード
みなさま、あけましておめでとうございます。
2015年は、NewsPicksにとって、チャレンジ満載の1年でしたが、ユーザーのみなさまに支えられ、どうにか2016年を迎えることができました。本当にありがとうございました。今年も、1月からエンジン全開で走りますので、ぜひ叱咤激励よろしくお願いいたします。
本日は、新年のあいさつに代えまして、私自身の「2016年大予測」を記したいと思います。
唐突ですが、「昨年、もっとも印象に残った記事は何ですか?」と聞かれたら、わたしは真っ先に、教育社会学者で京都大学名誉教授の竹内洋氏による「第3のガラガラポン革命が起こる周期」という論説を挙げます。
「新潮45」(2015年8月号)に掲載された、この記事を読んで以来、「第3のガラガラポン革命」というキーワードがわたしの頭から離れません。
その論考の主たるメッセージは、「戦後70周年を迎えた今、日本において、明治維新、敗戦に続く、第3のガラガラポン革命が始まろうとしているのではないか」というものです。
以下、私自身の解釈や解説を加えつつ、竹内氏の記事の要点をかいつまんで説明させてください(あくまで、私流の要約ですので、正確な理解のためには、ぜひ原本をお読みください)。
明治維新のガラガラポン
そもそも、「ガラガラポン」という言葉の語源は、くじの入った箱を振ったり回したりして、くじを振り出すときの「ガラガラポン」という音にあります。
そこから転じて、社会のシステムを根底からガラッと変えたり、組織の人員配置などをすっかり入れ替えたりすることなどの意味で使われるようになりました。
日本は、制度や慣習が一度固まると、なかなか変わらない国です。しかし、マグマをためこむ分、いざ変わるときは一気に変わるという特徴があります。
そんな日本社会において、「ガラガラポン革命」の実例は、近代において2回だけあります。それは、明治維新と敗戦です。
「第1のガラガラポン革命」である、明治維新──その原動力となったのは、「移動の自由」と「下級武士の下克上」です。
1872年、明治政府は関所の廃止と居住移転の自由を布告。鉄道の発達とあいまって、「地方から都市」への大移動が始まります。
江戸時代、人々は自分の生まれた藩で一生を終えるのが通例でした。薩摩に生まれた人は、薩摩で死ぬしかなかった。いわば、転職が禁止されている、企業社会のようなものです。
それが、明治維新によって移動が自由になりました。実際、明治30年代後半から大正期ごろまでの東京の人口増加の7割は、地方からの流入者によるものだったそうです。
「移動の自由の解禁」に加えて、「士農工商」の身分制度が崩れたことにより、下級武士でも一足飛びに出世できるようになりました。
その象徴が、維新の志士たちの若さです。1867年の大政奉還時点での維新十傑の年齢は以下の通りですが、10人中6人が30代です。
西郷隆盛:39歳
大久保利通:37歳
木戸孝允:34歳
小松帯刀:41歳
江藤新平:33歳
横井小楠:58歳
岩倉具視:42歳
広沢真臣:33歳
大村益次郎:53歳
前原一誠:33歳
もちろん、現代とは寿命が違うとはいえ、当時の基準で言っても、志士たちは若かったわけです。
敗戦のガラガラポン
「第2のガラガラポン革命」である敗戦──その推進力となったのも「移動」と「下克上」です。
高度経済成長が、地方から都市への人口移動によって起きたことはよく知られていますが、その布石となったのが、戦時中の疎開です。
空襲を避けるため、東京のモダンな生活を知る人々が、大挙して地方へと疎開。1940年には735万人だった東京都の人口は、1945年には349万人にまで減りました。単純計算すると、400万人弱が地方へ流れたわけです。
しかも、戦後には、満州、台湾など海外で暮らしていた人々が日本に帰国。その数は、600万人と言われています。地方移住者と合計すると、1000万人規模の人口大移動が起きたのです。
そうした人々が、都市や海外の文化や知識や教育を持ち寄り、地方に新風を吹き込みました。それが、地方の力の底上げにつながり、“良質な労働力を育むプラットフォーム”としての地方を生み出したのです。
加えて、「下克上」という意味では、戦後、GHQによる公職追放により、政官財のリーダーたちが相次いで失脚。リーダーの世代交代が強制的になされました。
たとえば経済界では、資本金1億円以上の役員や財閥直系・準直系の常務以上の人間は全員が追放の対象となりました。
とくに狙い撃ちされたのが財閥です。1947年には、旧三井物産と三菱商事に解散命令が下り、以下のような苛烈な条件を突きつけられます。社員は散り散りとなり、旧三井物産は200数社、三菱商事は130数社の零細企業へと再編されました。
(1)部長職以上のものは2人以上1つの会社に属してはならない
(2)旧三井物産社員が100人以上集まり会社を興してはならない
(3)旧三井物産の建物は新会社で使用してはならない
(4)いかなる新会社も「三井物産」の社名を冠してはならない
(出所:三井広報委員会)
こうして、政界、官庁、大企業などの世界で、リーダー層の「下克上」が起きたわけです。
この下克上は、経験豊富なリーダーを失ったという点でのマイナスもあった反面、新世代にチャンスを与えるというプラス面もありました。
第3のガラポンを促す「5つの変化」
「第1のガラガラポン革命(1867年)」と「第2のガラガラポン革命(1945年)」は、およそ70年の周期で起きています。
その法則を当てはめると、敗戦70周年の2015年は「第3のガラガラポン革命」が始まる節目になるのではないか、というのが竹内氏の見立てです。
わたしは、竹内氏の予測は的中するのではないかと思っています。
とくに五輪バブルが弾ける2020年以降、「第3のガラガラポン革命」が本格化する確率は高いと読んでいます。来年から2020年までの5年間は、いわば「第3のガラガラポン革命」の序章、その胎動がさまざまなかたちで見えてくるのではないでしょうか。
では、「第3のガラガラポン革命」において、「移動」と「下克上」を促す変化とは何でしょうか。
わたしは以下の5つだと思います。
(1)年功序列の終わり
(2)正規社員と非正規社員のフラット化
(3)男女逆転
(4)内なるグローバル化(移民など)
(5)テクノロジー(デジタル、モバイル、AI)
この5つの項目のうち、5)のテクノロジーは、遅かれ早かれ、浸透していくものです。
しかし、残りの4つは、政策、政治による後押しがなければ十分には進みません。つまりは、国民、政治家、経営者の意志が強く影響するのです。
その4つの項目について、説明を加えていきましょう。
1)の「年功序列の終わり」について言えば、「年功序列」が法律で義務付けられているわけではありません。しかし、法律で「同一労働・同一賃金」を徹底するなどして、「年功序列の終わり」を後押しすることはできます。また、「同一労働・同一賃金」の推進は、2)の「正社員と非正規社員のフラット化」にもつながります。
安倍政権もすでに「年功序列の見直し」を政策メニューに掲げており、問題意識は十分持っているはず。今後のポイントは、政策としての優先順位をどれだけ上げられるか、具体的な制度設計を骨抜きにならない形で行えるか、です。
ドイツ経済が近年、堅調に推移している背景には、1998年から2005年に首相を務めたシュレーダー氏による雇用制度・社会保障改革があります。
もし安倍政権が、安全保障や外交面での実績に加えて、雇用制度改革もやり遂げられれば、安倍首相は、歴史に名を残す首相になれるのではないでしょうか。
ナナロク世代から女性が出世
3)の「男女逆転」は、一言で言えば、女性がどんどん地位と影響力を獲得するということです。
今年4月より、女性活躍推進法が施行され、労働者301人以上の大企業は、女性の活躍推進に向けた行動計画の策定などが義務づけられます。欧州でのクオータ制に比べると緩やかな政策ですが、企業社会での女性の活躍を促すはずです。
当初は、男性からは「女性の優遇はアンフェアだ」、女性からは「わざわざ出世したくない」という声が寄せられるでしょうが、5年もすれば、男女逆転は当たり前になるはずです。同じ能力であれば、確実に女性が先に出世するようになるでしょう。もはやこの流れは、不可逆です。
ちなみに、日本の企業社会において、女性の総合職が大幅に増え始めたのは、1976年生まれの“ナナロク世代”からです。その世代が今年40歳を迎えますが、ビジネスパーソンとして一番脂が乗っているこの世代の女性から、新時代のロールモデルが次々と生まれてくると私は確信しています。それぐらい、この世代以降の女性は優秀です。
最近も、商社OBの同世代の知人と話していたところ、「同世代の商社の女性は本当に優秀で、男性よりも行動力がある。大きな仕事をやってのけるのではないか」と言っていました。そうした例は、商社業界に限らないはずです。
早ければ今年にも、「女性上司に仕えるための10の方法」といったハウツー本が出版されて、好セールスを記録するのではないかと密かに予測しています。
スポーツはビジネスの先行指標
4)の「内なるグローバル化」について言うと、今年から、移民の議論が本格化していくでしょう。
そのひとつのきっかけになったのは、ラグビー日本代表の躍進です。日本出身と海外出身の選手が一体となり、日本のために戦う姿は、未来の日本企業のカタチを示しているように感じました。
私は「スポーツはビジネスの先行指標だ」とつねづね思っています。
たとえば1998年、日本のサッカー代表がW杯に初出場した際には、世界の強豪に挑む日本チームに、日本中が熱狂しました。当時は、バブル崩壊後とはいえ、まだ日本経済にも日本企業にも余裕がありました。本気で世界に挑んでいる企業はわずかでしたし、「グローバル人材」といった言葉もありませんでした。
それが今では、猫も杓子も「グローバル人材」と唱えています。その意味でも、スポーツ界は、ビジネス界の未来を、先取りしているのだと思います。
日本をよりパワーアップさせるために、どのような形で移民を受け入れるのがいいのか──そのためのルールつくりを現実的に議論するべきときが訪れています。
「動いた者」が勝つ
最後に、もし仮に「第3のガラガラポン革命」が到来するとして、個人は今から何をするべきなのでしょうか。わたしは「とにかく動くこと」を推奨します。
「動く」と言っても、いろんな「動く」があります。
転職するのもいいですし、社内で部署を異動するのもいいですし、海外赴任するのもいいですし、留学するのもいいですし、家を引っ越すのもいい。映画や演劇やアートを観て、心を動かすのもいいですし、何かのテーマを、脳を動かして、考えぬくのもいい。すなわち、脳と心と体の運動量をとにかく増やすべきなのです。
動けば動くほど、経験値が高まり、アイデアが生まれ、センスが磨かれ、出会いが生まれ、人脈が広がり、体力が高まり、チャンスが降ってきます。今のような変化の時代には、止まること自体がリスクです。動いて、たとえ何か失敗したとしても、それは長い目で見ればきっと財産になります。
なんだかんだ言っても、日本には優秀な人がたくさんいます。にもかかわらず、多くの領域で停滞感が漂うのは、「動く人」が“驚くほどに少ない”からです。逆に言えば、「動く人」になる価値は極めて高いのです。
今、時代は「下克上」を求めていますし、そのためのチャンスは至る所に転がっています。
NewsPicksは、来たる「第3のガラガラポン革命」を見据えて、果敢に動くニューリーダーたちに熱視線を送るとともに、ニューリーダー予備軍をしっかり発掘していくつもりです。
そして、NewsPicksが、そうしたニューリーダー、ニューリーダー予備軍の人たちとともに、素晴らしい新時代をつくれるよう、今年はとにかく動いていきたいと思います。

