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「東京」をPRして都と連携

法規制を次々にクリア。FC東京が取り組むスタジアムグルメ革命

2015/12/29

「スタグル」という言葉をご存じだろうか。

スタジアムグルメを略してスタグル。試合会場(または会場付近)で販売している食事といえば、おにぎりに空揚げ、フランクフルトにフライドポテトなどなど、相場は決まっていると思ったら大間違い。「グルメ」とあるように、多種多様な食べ物が来場者を喜ばせている。

筆者は茨城県立カシマサッカースタジアムに行く際、必ずといっていいほど名物「もつ煮込み」を食べることにしているが、人それぞれにひいきのスタグルがあるに違いない。地方のスタジアムに行くと地元の名物と出会えるのを楽しみにしている人も少なくないだろう。

近年、このスタグル拡充に力を入れてきたクラブの一つにFC東京がある。

2011年から味の素スタジアムの南側広場(アジパンダ広場)でグルメイベントの「青赤横丁」を実施してきた。グルメコーナーの売り上げだけで言えば、2011年と比べて9倍増に成長しているという。

2015シーズン、1試合平均入場者数ではクラブ史上最多の2万8784人を記録(Jリーグでは浦和レッズの3万8745人に次ぐ2位)。目標の3万人には届かなかったものの、昨シーズンから約3600人も伸ばしている。来場者の増加やイベントの定着が売り上げ増の主因であるとしても、地道に取り組んできた成果が表れているともいえる。

東村山名物・黒焼きそば

色とりどりの、のぼりを立てたケータリングカーが集う青赤横丁のスタグル。

東京都産の高級霜降り黒毛和牛の「秋川牛ステーキ丼」、東京都特産品認証のブランド豚を使った「TOKYO X カルビ焼き丼」「深川めし」、イカスミと黒酢、黒酒ソースの「東村山黒焼きそば」……眺めてみれば、東京都産、または東京発祥のグルメが並び、ファン・サポーターでにぎわっている。

左上から時計回りに「秋川牛ステーキ丼」「TOKYO X カルビ焼き丼」「東村山黒焼きそば」「深川めし」

左上から時計回りに「秋川牛ステーキ丼」「TOKYO X カルビ焼き丼」「東村山黒焼きそば」「深川めし」

愛媛出身、東京在住22年目の筆者も深川めしは知っていても、黒焼きそばまでは知らなかった(東村山のみなさま、ごめんなさい)。

青赤横丁の企画を担当する運営部の土居下雅晃さんは「東京都産の食べ物って、意外に知られていないんです。東京は地方から出てきた方、外国の方も多く住んでいる都市なので、東京を知ってもらう、意識してもらうことも狙いにあります」と語る。

アウェーに「イナゴ」が襲来

そもそも何故、クラブはスタグルを拡充しようという思いに至ったのか。

山本洋平広報部長はこう明かす。

「きっかけはJ2に降格した2011年だと思います。東京のファン・サポーターが山形の芋煮を食べ尽くしたとか、甲府駅近辺でほうとうを食べ尽くしたといったような話が各所で話題になって、その様子が『イナゴ』とたとえられるようになりました。

さらに、SNSの浸透に伴って、各地でグルメを楽しむ様子がファンの間で共有され、どんどん広がっていきました。そういった経緯もあって阿久根(謙司)前社長をはじめ『だったらホームのグルメを充実させなきゃいけないんじゃないか』と」

対戦相手の物産展から地元回帰

まず着目したのが、対戦クラブの「ご当地グルメ」。

2011年にJ2 で愛媛FCや徳島ヴォルティスと対戦した際に、相手クラブとそのホームタウンと連携を取り、物産展やフードイベントを開催したところ、東京サポーターの関心を引いた。

そして11月12日、水戸ホーリーホック戦で初めて「東京青赤横丁」と銘打ち、フードコートのテーマを「東京」にして大々的に展開。これが実に好評だったことで、地元東京路線を打ち出していこうとするのである。

スタジアム内の売店との共存問題

ただ、青赤横丁のフードコートを拡充するためには、どうしても越えなければならないハードルがあった。

まず一つは味の素スタジアムとの交渉。

都の条例でスタジアム場内は、火気についての制限が他地域よりも厳しく、火を使う料理を提供する店を置くにはスタジアム場外のスペースを活用する必要があった。

だが、当初は場外での出店やイベントは、スタジアム内の売店と競合するものと捉えられており、都度承諾を得なければならず、クラブの裁量でできることは限られていた。

そのため、相互にメリットがある「来場促進の取り組み」であることを粘り強く訴え、再入場のシステムの導入に至り、来場者数の伸びがスタジアムにも良い影響を与えることを証明できたことにより、徐々にスタジアムとの協力体制を構築することができてきた。

味の素スタジアムの南側広場(アジパンダ広場)にある「青赤横丁」。のぼりを立てたケータリングカーが並ぶ

味の素スタジアムの南側広場(アジパンダ広場)にある「青赤横丁」。のぼりを立てたケータリングカーが並ぶ

都を動かし保健所の問題をクリア

そしてもう一つは、保健所の許可。東京都は他地域よりも制限が厳しくなるため、好評な露店風の出店を実施することは簡単ではなかった。

そこでクラブ側は「東京をPRするためのイベント」と東京にこだわることで、東京都からの後援(青赤横丁実行委員会への後援)を取り付けることに成功した。

都を動かして保健所の問題もクリアできたことで、実施できる内容も増えて、フードコートは徐々に拡大。最初は2、3店舗でスタートしたケータリングカーも8店舗程度を基本の形とし、東京グルメコーナー、日替わりグルメコーナーを設けた。

2014年からは年2、3回の「大青赤横丁」を開催し、その場合は露店風の店舗も含めて16~20店舗の出店となった。

「以前の話ですが、東京のサポーターに『おいしいから青赤横丁で出店してください』と頼まれたという地方の店から問い合わせの電話もあったほどです」(土居下氏)

イナゴの精神を大切にすべく、サポーターのニーズに応じて地方の味を呼び込むことも忘れていない。

試合前後に楽しんでもらえるか

しかしながら、フードコートの拡充はあくまで「手段」であって「目的」ではない。

土居下氏は言う。

「クラブがこだわっているのは、来場者の皆さんのスタジアムでの滞在時間です。他の娯楽の多い東京で差別化を図るべく、フードコートを含めて、試合前後でもどれだけ楽しんでもらえるか。Jリーグの観戦者調査でも、クラブ独自の調査でもその時間が長くなっている傾向にあるので、一定の効果があったと考えています」

「イベントの一つで誰でも飛び入り参加OKのミニサッカーコーナーがあって、ウチの普及部のコーチが出てくれています。東京と相手チームの子どもたちが一緒になってみんなでサッカーをやって、保護者の皆さんがグルメを楽しみながら周囲で見ているという光景を目にします。東京を感じてもらうとともに、食事もできる、家族で一日中楽しめるという環境をさらに充実させていきたいと思っています」

東京都との連携強化

青赤横丁への後援をきっかけに東京都各局との関係性も強くなった。

2020年東京オリンピック・パラリンピックに向け、今年9月のヴィッセル神戸戦の「青赤横丁」イベントとして、東京都オリンピック・パラリンピック準備局等と共同で、ブラインドサッカーの体験会や、障害者スポーツのPRイベントを行い、9月に東京国際フォーラムで開催された「チャレスポ! TOKYO」(スポーツ体験などのイベント)では都の要請を受けて選手を派遣している。

東京都オリンピック・パラリンピック準備局等と共同で、ブラインドサッカーの体験会を行った

東京都オリンピック・パラリンピック準備局等と共同で、ブラインドサッカーの体験会を行った

また、同じく9月の松本山雅戦では、東京都総務局の「ふくしま⇔東京キャンペーン」に協力し、東日本大震災の復興支援を目的とした福島県のご当地グルメコーナーを展開する等、タイアップイベントは今後も増えてくるに違いない。

「ファン・サポーターに東京を感じてもらうことがひいてはFC東京へのロイヤルティー向上につながり、東京都との共同での取り組みが増えていけば、東京都内での存在価値を上げていくことになる」とは土居下氏。東京という観点に立って、各方面で広がりを見せているのである。

「イナゴ」から発想をもらったスタグルの充実。

それが結果的に人を呼び込み、人の輪をつくり、さらにはホームタウン東京で開催されるオリンピック・パラリンピックに向けても存在感を示すようになった。

首都東京のポテンシャルそのものが、FC東京のポテンシャル。スタグルがそれを引き出す「入り口」となっている。

(写真:FC東京提供)