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1969年東京生まれ。中央大学法学部政治学科卒。平成6年よりオランダ留学。同9年 アムステルダム大学政治社会学部国際関係学科卒。国際関係学修士。在蘭日系企業勤務、フリーのジャーナリスト、東京財団リサーチフェロー、英国系危機管理会社G4S Japan役員等を経て現職。  米国を中心とする外交、中東の安全保障やテロリズム、治安リスク分析や危機管理が専門。外交・安全保障分野の若手実務者育成にも尽力しており、大学生や若手社会人を対象にした「外交・安保サマー・セミナー」の代表世話人をつとめる。  著書は『アメリカはなぜヒトラーを必要としたのか』(草思社)、『外注される戦争―民間軍事会社の正体』(草思社)、『戦争詐欺師』(講談社、第8回新潮ドキュメント賞の候補作品)、『秘密戦争の司令官オバマ』(並木書房、2013年)、『リスクの世界地図』(朝日新聞出版、2014年)、『海外進出企業の安全対策ガイド』(並木書房、2014年)、『「イスラム国」と「恐怖」の「輸出」』(講談社現代新書、2015年)など多数。   本格的な地政学リスク分析として定評のある会員制ニュースレター『ドキュメント・レポート』も発行している。

1969年東京生まれ。中央大学法学部政治学科卒業。1994年よりオランダ留学。1997年アムステルダム大学政治社会学部国際関係学科卒業。国際関係学修士。在蘭日系企業勤務、フリーのジャーナリスト、東京財団リサーチフェロー、英国系危機管理会社G4S Japan役員等を経て現職。米国を中心とする外交、中東の安全保障やテロリズム、治安リスク分析や危機管理が専門。外交・安全保障分野の若手実務者育成にも尽力しており、大学生や若手社会人を対象にした「外交・安保サマー・セミナー」の代表世話人を務める

予測の3つのポイント

・有志連合軍の攻撃により、イラクやシリアなどのIS本丸は支配地域を減らす可能性が高いが、近隣諸国に「本社機能」を分散させていく。

・軍事訓練を受けていないIS支持者による一匹狼型テロが常態化する恐れがある。

・過激派の活動が活発化している東南アジアは要注意だ。

ISの本丸、支部、そして支持者

2015年は、過激派組織「イスラム国(IS)」に世界が翻弄された年だったが、2016年も引き続きISのテロに世界が悩まされることになるだろう。

ISの動向を占ううえで、彼らが直接領土を支配しているイラクやシリアの「本丸」と、ISが周辺地域に設立した「支部」、そして世界中の「IS支持者」という3つのアクターとその関連性を考えることが重要である。この3つの異なる空間で活動するテロのアクターたちが、相互に作用してテロの脅威が広がっている。

まずIS「本丸」の動向を見ていきたい。ここでは、米国を中心とする有志連合軍と、ロシア・イランの連合勢力がそれぞれISに対する軍事作戦を展開している。ISは、これまでシリアでは一部を除きほとんど領土を失っていないものの、イラク側では徐々に戦略的な要衝をイラク軍側に奪取されており、少しずつ重要な拠点を失っている。

IS本丸がこの形成を逆転させて再びイラクやシリアで領土を拡大させることは難しく、2016年はさらに支配地域を減らす可能性が高い。IS本丸は当然こうした状況を認識しており、少しずつ「本社機能」を近隣諸国に設立した支部に分散させる動きを見せている。

ISが領域支配を確立するのに適しているのは、中央政府による統治が行き届かず誰もコントロールできない“無政府状態”になっているような国や地域である。

リビアやイエメン、アフガニスタンやエジプトのシナイ半島はこうした条件が整っているため、ISの支部が急拡大している。ISはこうした支部に本部の機能を分散させ、テロ活動を継続することで、本丸の劣勢を補い、「拡大」し続けているというイメージを世界に振りまくだろう。

リビア、エジプトやイエメンなどIS支部のある国や、その隣国であるチュニジア、モロッコ、アルジェリア、サウジアラビア、パキスタンなどでは、IS支部の活発化によりさらにテロが拡大する可能性があり注意が必要である。

この地域で起きるテロは、IS本丸の指揮命令による組織的な攻撃となるため、脅威のレベルは必然的に高くなる。これらの国々に進出している企業は、セキュリティ態勢を強化するだけでなく、近隣諸国の政治や治安情勢にも敏感にならなければならない。

テロは常態化する

欧州諸国をはじめ、世界のさまざまな国や地域に、ISの支持者がいると考えられる。IS本丸に対する軍事作戦や締め付けが激しくなれば、当然本丸から発信される「敵に報復せよ」というメッセージも“鬼気迫る”ものとなり、ISに洗脳された支持者が呼びかけに応じてテロを行う確率も高まると考えられる。

ただ、ここで述べる「支持者」の起こすテロは、厳密に言えばシリアからの帰国者、すなわち戦闘経験者が計画・実行するものと、純粋なホームグロウン(自国育ち)が個人で実行するものとでは、おのずと脅威のレベルが異なってくることに留意する必要がある。

2015年11月13日にパリで発生したテロは、IS本丸の指示に基づく報復という位置付けになるが、実行犯は単なるISの「支持者」ではなく、IS本部と直接関係のある幹部だった。その幹部が、シリア渡航経験のある戦闘員を集めて大規模なテロを計画・実行したため、多数の死傷者を出す大規模で洗練されたテロとなった。

こうした組織的な大規模テロが、今後ほかの欧州諸国や先進国で発生する可能性はあるものの、やはり多くの国々で懸念されるのは、紛争地への渡航経験がなく軍事訓練を受けていない「支持者」による一匹狼型テロであろう。

攻撃能力の低い個人が狙えるのは、多数の人が集まる公共施設やショッピングセンター、レストランなどのいわゆる「ソフト・ターゲット」である。2014年12月にシドニーのカフェが単独犯により占拠された事件は、典型的な一匹狼型テロだといえる。

IS支持者が、本丸の呼びかけに応じてこうした場所でテロを起こす可能性は高く、2016年はこの種のテロが「常態化」すると考えられる。

東南アジアに要注意

「組織的なテロ」と「一匹狼型テロ」の両方のリスクがある地域として、あまり注目されていない東南アジアについて触れたい。マレーシアやインドネシアなどは「穏健なイスラム教徒の国だからIS支持者は少ない」と考えられがちだが、必ずしもそうとは言い切れないため、注意喚起をしておきたい。

共同通信は、マレーシアのリオウ・ティオンライ運輸相が12月12日に、「国内にISを支持する人は警察推定で5万人に上り、過激派による脅威は無視できない」と記者会見で発表したことを報じている。これまでマレーシアから250人程度がシリアやイラクに渡航してISに加わったとみられており、警察はこれまで20人以上を拘束、起訴している。

ここのところ、マレーシア警察がIS関係者を逮捕した、テロ未遂事件が発覚したなどといった報道が増えており、過激派の活動が活発化している様子がうかがわれる。

また世界最多のイスラム教徒を抱えるインドネシアでは、アルカイダ系過激派組織「ジェマ・イスラミア(JI)」のメンバーや元メンバーなどがISの台頭に影響を受けて活動を活発化させており、イラクやシリアのIS支配地域にこれまで500人以上のインドネシア人が渡ったとみられている。

11月にインドネシアの国家警察は、「ISに加わったとみられるインドネシア人300人を監視している」と述べ、東ジャワ、ランプン、中スラウェシ、南スラウェシ、西スラウェシの5州でISの影響力が広がっていることを明らかにしていた。現在収監中のJI創設者もISへの協力を支持者に呼びかけており、ISに感化された過激派のネットワーク拡大が懸念されている。

「知ること」は「安全対策」である

インドネシアでは、過去に欧米系の観光客が多数集まるホテルや観光地で爆弾テロが発生している。もちろん過剰に恐れる必要はないが、こうした脅威について何も知らず、まったく無警戒でいる場合と、注意深く行動している場合とでは、被害に遭う確率に大きな差が出てくる。

観光で行く場合でも、渡航前に少なくとも渡航先の国の情報を外務省のホームページで調べる、海外安全情報を入手するために外務省海外旅行登録「たびレジ」に登録するといったことを心がけてほしい。これは誰でも無料でできる。

こうした準備を通じて「現地で何に気をつけるべきか」「どこがテロリストに狙われる可能性が高いか」などの情報を入手して、文字通り「気をつける」ことである。

小さなこと、面倒くさいことを確実に行うことが危機管理の基本であり、「脅威について知ること」は、それだけで重要な安全対策であることを、多くの読者にご理解いただければと思う。

(写真:AdrianHancu/iStock.com)