予測の3つのポイント
・2016年のマーケティング分野のテーマは、「原点回帰」と「インターナル・マネジメント」の2つ。
・「原点回帰」で見るべきは顧客と企業の関係そのもの。これらにまつわるデータが、いよいよ意味のある指標として扱われ始めている。
・顧客を向いた一気通貫のマーケティング活動を行おうとすると、その施策は組織全体に関わるものが増え、実施するためには部門を超えた連携が必須となる。マネジメント層の合意を得たり、他部門を説得したりして、必要なアクションを取るために大事になるのは「インターナル・マネジメント」である。
古くて新しいトピック
先日、顧客経験価値のセミナーにお邪魔したところ、予想参加者数を大きく上回る大人気で、別室でのサテライト中継が入るほどでした。
「顧客経験価値というトピックは普遍的ではあるが、もうトレンドではないと思っていた。むしろ人が集まるのか不安だったのに、どうしてこんなにたくさんの人が来たのだろうか?」
と主催者もびっくりされていたのが印象的でした。
ただ、まさにこのような古くて新しいトピックこそが、今マーケティングで最も重要になっていると感じます。
私は2016年のマーケティング分野のキーワードとして、「原点回帰」と「インターナル・マネジメント」を挙げたいと思います。
「原点回帰」で、具体的に取り上げたいマーケティング上のトピックは2つあります。
1つ目は、企業理念と全社戦略の次に置かれる戦略、企業戦略の最上流にもっとも近い、「ブランド戦略」とそれに伴う「ブランド・マネジメント」です。
なお、余談ですが、この「ブランド」という言葉はさまざまに解釈されることが多いですが、私は
「顧客と、商品・商品群・企業などの組織の間に存在する絆そのもの」
という定義が一番好きです。
すでに語られつくしているかに見えるブランドという言葉ですが、顧客と企業の関係を見つめる出発点は「ブランド戦略」をおいて他にはありません。「ブランド・マネジメント」の在り方も含めて、今一度、見つめなおすべき時がきていると思います
2つ目は、顧客とのタッチポイント、実際に顧客に向き合うときに重要な「顧客経験価値」です。いわば、企業の中では、最下流を一手に担う考え方です。
顧客経験をより細かいところまでデザインすることはますます重要になってきています。顧客が接するタッチポイントのメディアや形態が増えれば増えるほど、経験価値のコントロールによってブランド・マネジメントの成否が決まってくるからです。
マーケティングの根幹は、顧客に真摯に向き合い、その関係性をつくっていくことで、継続的に顧客との間で価値を交換できる関係を構築することにあります。
企業であれば、顧客に買い続けてもらえる仕組みをつくること。顧客と企業の関係の出発点である「ブランド戦略」、そのコントロールを行う「ブランド・マネジメント」、そして顧客との接点そのものをつかさどる「顧客経験価値」はその原点を成す古くて新しいトピックだと言えるでしょう。
マーケ概念とデータの連動
では、なぜ今、原点回帰かと申しますと、データ分析によってさまざまなことが可視化されてきた中で、昔から唱えられてきた多くのマーケティングの概念が、昨年くらいから意味のある指標として広く利用され始めきていると思うからです。
ブランドの価値や、顧客経験についての考え方は、概念が提示された時にはコンセプトでしかなかったに等しかった。たとえ無尽蔵の調査費用を持っていたとしても、調査スピードや、当時のメディアの特性もあり、企業にとって有効な形で、明示的に調べることはほぼ不可能でした。
しかし、たとえば、NPS(ネット・プロモーター・スコア)の調査も一般的になってきたように、現在は多くのこういった概念が、比較的安価に、すばやく、意味のある形で調べられるようになりました。
昨年は
「企業の中でデータを取得しているシステム部門とマーケティング部門がどうすればよりよい対話ができるのか?」
というテーマが各所で大きな課題として浮かび上がってきていたと思います。
また、マーケティング・データの分析にはデータ・エンジニアが欠かせないという認識も当たり前になってきました。
結果、データ分析で、今まで、「判りたいけれども判りきらない。」と思っていた、ブランドや顧客経験のことが、完ぺきではないけれども、マネジメントになんとか明快に説明ができるようになってきた、というのがマーケティングに携わる人たちの最近の実感だと思います。
つまり、ブランド価値や顧客経験価値に関する適切なデータ分析を行うと、企業理念に直結したブランド戦略の立案と、それに基づくブランド・マネジメント手法の確立、そして顧客経験価値をつくりこむ、という顧客を向いた一気通貫の企業活動こそが、企業の売り上げと利益率を短期的にも長期的にも向上させるということが、やっと、少しではありますが、明示的にわかるようになってきています。従って、来年はこの流れがより一層進むだろうと考えています。
事業をブランドと顧客から見直す
さて、顧客を向いた一気通貫のマーケティング活動を行おうとすると、必要になるのが、組織の中を動かしていく力、インターナル・マネジメント力です。
やるべきことがわかったとしても、いざ実施するとなると、それらの施策は従来の広告やプロモーションのような活動では済まないことがほとんどです。(そういったプロモーションも、もちろん大事なのですが。)
サービスやオペレーションを含め、組織のみならず、事業そのものをブランド視点と顧客視点で見直さないと、実際に施策を実施できない事態が発生します。
たとえば、ホテルチェーンを想定した場合、顧客が部屋に入るまでの間に、ホテルの「らしさ」を感じ、また、部屋が自分の好みに合っていると、同じホテルチェーンへのリピート率が圧倒的に高まることがわかったとします。
そこで、第一歩として
・ベルの人が部屋まで案内するときに、ホテルが売りにしているフレンドリーでカジュアルな対応など、そのホテルチェーンらしいイメージをさりげなく主張する。
・予約の際に好みの階の部屋を準備する。
・顧客の好みを事前に把握し、部屋の温度設定や好きなスナックをその場でさりげなく用意するといった対応をする。
という施策を実施する場合を想定します。
これを実際に実行するとなると、社内の多くの部署を巻き込み、サービスオペレーションを変えていくことが必要になります。
ベル部門にはフレンドリーな対応とは何かといった、具体的なサービス教育をしなければならないでしょう。
また、客室係には顧客の好みをチェックして、部屋の準備を変えるように教育することが必要です。部屋の予約のオペレーションも変わりそうです。
組織全体の施策のために
上記は一例、しかも、多分、顧客を向いたマーケティング体制づくりの第一歩の最初の小さな施策だと思います。
こういった施策を突き詰めようとすると、マーケティング担当部署だけでは何もできませんし、オペレーション側も、ちょっとした運用の変更で済む話ではありません。真摯に取り組もうとすると、組織の再編が求められるレベルの施策も多いものです。
実際、効果的な施策は組織全体に関わる場合が多く、そのような施策を実施するためには、マネジメント層の合意を得たうえで他部門を説得し、必要なアクションを取る必要があります。
つまり、原点に帰り、顧客視点で一気通貫の施策を行おうとすればするほど、組織に対してどう影響力を発揮するかを意識せざるを得なくなると思われます。従って、インターナル・マネジメントが来年の大きなキーワードになると考えています。
今年のアドテック(編集注:マーケティングに関するカンファレンス。Web業界中心に始まったが今やマーケティング業界全体をカヴァーするトピックを扱っている。今年もつい先日行われた。)でも、インターナル・マネジメントの話は多く出ていたようです。ブランドや経験価値関連の話も、最近、聞かれることが増えてきました。
古くて新しい「原点回帰」と、その結果実際に施策を実施するための方策となる「インターナル・マネジメント」この二つを2016年のキーワードとして上げておきたいと思います。
(写真:cacaroot/iStock.com)