社会学者。情報と政治、メディア、ジャーナリズム、若年無業問題等を研究。近刊に『メディアと自民党』(KADOKAWA/角川書店)、単著に『ネット選挙 解禁がもたらす日本社会の変容』(東洋経済新報社)、共著に『無業社会 働くことができない若者たちの未来』(朝日新聞出版、工藤啓と共著)ほか多数
予測の3つのポイント
・2016年の参院選は衆院選と同日選挙となり、政府与党が圧勝する可能性は否定できない。
・以前から改憲を主張している橋下徹前大阪市長が、かつての小泉内閣での竹中平蔵氏のような役割を担う可能性はあるのではないか。
・2016年の選挙の議席数と世論の動向次第で、改憲の発議がいよいよ現実の政治日程に具体化する可能性がある。
改憲のハードル
憲法改正は、安倍内閣、そして自民党の悲願である。日本国憲法には確かに終戦の混乱の最中に定められ、自発的に選択したとは言い難い側面があることは現在では左派右派を問わず常識になりつつある。
自民党は1955年の結党以来、改憲を掲げてきた。安倍晋三総理の祖父、岸信介元首相は憲法調査会を設立させ、退陣後も「新しい憲法をつくる国民会議(自主憲法制定国民会議)」を創立するなど、改憲に尽力してきた。
だが、日本国憲法第96条は以下のように記しているが、改憲のハードルが相当高いものであることを示唆している。
第九十六条
1. この憲法の改正は、各議院の総議員の三分の二以上の賛成で、国会が、これを発議し、国民に提案してその承認を経なければならない。この承認には、特別の国民投票又は国会の定める選挙の際行はれる投票において、その過半数の賛成を必要とする。
2. 憲法改正について前項の承認を経たときは、天皇は、国民の名で、この憲法と一体を成すものとして、直ちにこれを公布する。(「日本国憲法」第九十六条より引用)
従って、これまで改憲は自民党の悲願とされながら、現実の政治日程に具体化されたことはなかった。
戦後、長きにわたって、政府与党の座に就いていた自民党だが、それだけの議席を確保することはできなかったし、かつての自民党には諸派閥が存在し、しのぎを削っていた。
派閥の政治的スタンスは一枚岩ではなく、保守から中道左派まで広く存在した。従って、憲法改正案を公開する程度にとどまり、改憲を現実的な政治日程に棚卸しすることはなかった。それどころか改憲の具体的な手続きを定めた法律さえ定めることができなかったのである。
盤石の体制を築きつつある自民党
だが、2010年代に入って状況は変化しつつある。2007年に成立した国民投票法は、2010年に施行され、改憲の具体的な手続きも定められた。投票年齢は18歳以上となり、2015年の公職選挙法改正に伴って、2016年の参院選から実施される、投票年齢の引き下げ、いわゆる「18歳選挙権」の議論に大きく影響を与えた。
また第2次安倍内閣以後、野党は支持を大きく落としている。野党が分裂を繰り返し、拙著『メディアと自民党』でも詳しく論じたが、政府、自民党のメディア戦略を洗練、高度化したことも影響し、盤石の体制になりつつある。
2016年は参議院議員通常選挙の年である。念のため、確認しておくと、参議院選挙は選挙区と比例区の2種類の選挙が実施され、任期は6年で3年ごとに半数の議席を改選する。解散がなく、長期的な視野から政策立案を実施することが期待され、「良識の府」と呼ばれる。
現在の業界の関心は、衆議院議員総選挙が同時に実施されるか否かということである。
衆議院は任期4年で解散がある。自民党と公明党の選挙運動が一体化し、公明党が望んでいないことなどからして、同時選挙はないのではないか、と過去に書いたこともあるが、かなり現実味を帯びてきたように思われる。
この間、幾人かの自民党議員と議論する機会があったが、誰も否定する者はいなかった。
ちなみに、この選挙で自公が大勝すれば、スケジュール通りなら次の国政選挙は2019年の参院選である。改憲を現実のものにしようとすると、うまくいってもいかなくても世論をかなり騒がせることになる。
安全保障法制もSEALDsを筆頭に、国会前、そして全国でデモを招来し、少なくともメディア上の言説には大きな影響を与え、すぐに復調したものの内閣支持率を押し下げた。
支持率という観点からすれば、政府与党にとって、かなりハイリスクな選択肢であり、どのタイミングで、そして実際に政治日程に棚卸しするかは、諸条件に目配りしながら、かなり慎重に実施される/されないことが容易に予想される。
改憲が具体化する可能性
ただ、多くの観測気球を見て取ることができる。12月19日に、大阪市長を退陣した直後の橋下徹氏は、東京都内で安倍総理、菅義偉官房長官と会談したことが報じられている。
先日の大阪ダブル選挙における勝利で、再び橋下氏は自身の政治的影響力を見せつけたが、彼は以前から改憲を主張している。参院選に本人が出馬するかどうかは微妙なところだが、改憲について、小泉内閣において、当初民間人大臣となった竹中平蔵氏のような役割を担う可能性はあるのではないか。
また軽減税率をめぐって、その線引きで、錯綜(さくそう)、紛糾している。一見、結果をうまくマネジメントできていない悪手のようだが、混迷すればするほど、「おいしい」側面もある。
というのも、消費税増税、是か非かという選択の重みが増すからだ。生活者の感覚からすれば消費税増税はうれしくないし、過去の経緯を見ても、政治的にもかじ取りの難しい選択である。
従って「消費税増税、是か非か」という命題は、十分、衆院の解散理由になり得るといえる。しかも「消費税増税先送りを決断した」というメッセージの生活者への訴求力は高い。
おそらくは、現政権を後押しするだろう。このように、幾つかのインシデントに目を向けてみても、2016年の参院選は、同日選挙となり、政府与党が圧勝する可能性は否定できない。
そして、その際の議席数と世論の動向によっては、次の選挙までに時間的余裕があることからしても、改憲の発議がいよいよ現実の政治日程に具体化する可能性がある。
もちろん、事前に十分な地ならしが必要であり、実際の改正には18歳以上の国民の過半数の同意を必要とするため、上記の拙著で分析したように、メディア戦略に長けた現在の政権、そして自民党は積極的にメディア戦を展開すると考えられる。
その中で、日本社会はどのように憲法、そして、民主主義と対峙(たいじ)し、どのような選択をするのだろうか。
NewsPicks読者、ビジネスパーソン各位にとっても決して他人事ではない。年末に落ち着いた時間があるなら、一瞬でも考えてみてほしい。
(写真:Mari05/iStock.com)

