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1995年東京大学経済学部卒、2003年ペンシルバニア大学経営大学院ウォートンスクール卒。1995年、日本銀行入行。調査統計局、国際局、考査局にてエコノミスト・銀行モニタリングに従事。途中、2年間、経済産業省産業政策局に出向。その後、マッキンゼー&カンパニーを経て、国内ファンドにて投資先企業再生に携わり、2009年シグマクシスに入社。2015年より現職。同社投資先のグローバルセキュリティエキスパート株式会社取締役(兼務)。グロービス経営大学院教授(企業再生・変革、イノベーション、国家政策)。 著書: 『知られざる職種 アグリゲーター』(日経BP) 2013 『「コンサル頭」で仕事は定時で片付けなさい! 』(PHP研究所) 2009

1995年東京大学経済学部卒、2003年ペンシルバニア大学経営大学院ウォートンスクール卒。1995年日本銀行入行。調査統計局、国際局、考査局にてエコノミスト・銀行モニタリングに従事。途中、2年間、経済産業省産業政策局に出向。その後、マッキンゼー・アンド・カンパニーを経て、国内ファンドにて投資先企業再生に携わり、2009年シグマクシスに入社。2015年より現職。同社投資先のグローバルセキュリティエキスパート株式会社取締役(兼務)。グロービス経営大学院教授(企業再生・変革、イノベーション、国家政策)。主な著書に『知られざる職種 アグリゲーター』(日経BP)、『「コンサル頭」で仕事は定時で片付けなさい! 』(PHP研究所)など

予測の3つのポイント

・デジタルの世界で事業を動かすことは必須。既存の事業とのカニバリを恐れず、新たなビジネスモデル実現に取り組む企業とそうでない企業の明暗が大きく分かれる。

・物理法則のデータを集めるIoTから、生物反応・化学反応のデータを集めるIoHやIoMの時代になる。

・個人の自立は止められない。企業が新たな「個人」との付き合い方を設計し、その関係構築に動き始める。

10%成長から10倍成長へ

2015年は、「IoT」「AI」「ロボット」「C2C」「シェアエコノミー」といったキーワードの解説と、それらが企業や社会に及ぼすインパクトが議論され続けた一年だった。2016年はそんな議論の次元を超えて、指数関数的成長がさらに広がる年になる。

経営者は、「既存サービス・製品を捨てても、破壊的なビジネスモデル実現まで一気にジャンプしない限り、今後の商売はない」と覚悟を決めざるを得なくなるだろう。

かつての日本の多くの企業経営者は、シリコンバレーの企業が10times(10倍)で成長する姿を見聞きしながらも、「あれは彼らの世界の話」と、どこか他人事だった。

しかし2013年ごろから、「IoT」という言葉に代表されるネットとリアルの連動がビジネスそのものにじわじわと影響し始めると、シリコンバレーやドイツに社員を調査派遣する企業も出始めるようになった。

「もはやこれは無視できない、デジタルの世界で事業を動かさなければならない時がくる」ということが明らかになってきたのがこの頃だ。

しかし、ほとんどの企業はいまだ「莫大(ばくだい)な投資をしても、結局どこで稼げばいいのか?」という自問自答から抜け出せていない。なぜなら、企業の多くは、「デジタル化=組み合わせること」という概念にとらわれているからだ。

自社の製品同士をつなげると新しいサービスが生まれるのでは? データを組み合わせて活用すると、製品のメンテナンスコストが削減できるのではないか? あるいは顧客満足度を向上させることができるのではないか? といった議論を繰り返し、既存事業の延長線から出られない。

しかし、実際に10timesの世界で起きていることは「代替価値」の創造、すなわち既存市場を消滅させて生まれる新しい価値の創出だ。

Airbnb(エアビーアンドビー)、Uber(ウーバー)はわかりやすい象徴だ。BMW、ダイムラーなども、自らカーシェアビジネスに参入し、総合モービリティ企業になると宣言している。車の販売台数を犠牲にしても、組み立てビジネスから脱却して新しい価値提供に踏み出さなければ未来を生き抜けないと判断したからだ。

家電メーカーが洗濯機と別の家電を「つないで」何か付加価値をつけようと社内で頭を突き合わせて議論している間に、コンビニ、EC、配送サービスは、洗濯機そのものを不要にさせるようなサービスをつくりだしてしまうだろう。そして、その動きは2016年、さらに加速していく。

結果的に増えるのはM&Aだ。代替価値をつくり出すうえでは、自社が「つくって提供する」というより「多様なサービスを併せ持つ」ことがカギになる。それを猛烈なスピードで実現するには、必要な要素を「サービスモデル」ごと買ってしまうほかはない。

既存の事業とのカニバリを恐れず、新たなビジネスモデル実現に取り組む企業とそうでない企業の明暗が、大きく分かれる一年になる。

IoM、IoHの波

10times成長の水面下で、テクノロジーの色合いも変化を続けている。マイナーではありながら、ビジネスにインパクトする次なる波として近づいてきているのが、IoH(Internet of Health)、IoM(Internet of Molecule)だ。

さらに細かく、人間そのものに入り込んだデータが入手できるようになり、新たな製品・サービスのシーズが次々に出てくる。

グーグルが開発中のコンタクトレンズ、痛くない採血キットなどが最近話題になるが、これらは「デジタルヘルス」。人間の欲望にストレートに応えるものが「デジタルマーケティング(デジマ)」。この2つを組み合わせて、「健康に生きる」という欲望も満たす世界がやってくる。

夜中にラーメンが食べたい人に対して、ラーメンを夜中にプロモーションするのがデジマ。「もうすぐ食べたくなると思うが、代わりにこれにしたら?」「食べるなら今食べておいたほうが体にはいいですよ」というのがIoHだ。

本来ちぐはぐな「脳がほしいもの」と「身体がほしいもの」をバランスしてレコメンドしてくれる世界は、アマゾンフレッシュなどと組み合わせればすぐ実現できそうだ。

そしてこれによって、企業が対応しなければならない個人の嗜好(しこう)性はますます多様化していくだろう。

ちなみに、人口が減り続けている日本はIoHの成長市場としての魅力はないが、日本人のヘルスデータは極めて魅力的だと言われている。アジア人のデータをハプロタイプ的に集めるなら、日本人のデータが最も適しているといわれているからだ。

アジア諸国の人のデータは環境的にみて極めて集めにくい。グローバル企業からみて非常に価値が高い日本人の「データ」を誰が制するのか? 企業がアジア市場を制するうえで、これは重要な橋頭堡(きょうとうほ)だといえる。

素材に対する嗜好性に対応する世界も、すでに生まれ始めている。東レとユニクロが取り組むIndustry 6.0のように、素材レベルでのデータを部品・完成品メーカーと共有することで開発・製造期間を短縮しつつ、マスカスタムを実現するような動きだ。

個人の嗜好の多様性への対応力の高さとそのスピードの速さへの期待は、今まで以上に高まっていくだろう。

2016年は、物理法則のデータを集めるIoTから、生物反応・化学反応のデータを集めるIoHやIoMの時代に突入する年だ。事業を考えるうえで、そこに目を配ることを忘れてはいけない。

トップ3社を目指すかのまれるか

2016年は、一気にグローバルトップ3社の席取りに走り出す企業が増える。すなわち、日本の大手企業は、自ら走り出さないと、グローバル企業に組み込まれる年になるだろう。

「グローバル化」を「成長市場を海外に求める活動」と位置付けて進めてきた日本企業は、市場拡大を目的とした海外での買収を積み上げてきた。しかし、国体で競り合っていた選手が、オリンピックで戦うのが本来のグローバル化だ。

世界でトップ3に入らなければ、グローバル市場での戦いに勝ったことにはならない。そして国内市場が縮小している今、日本はこの戦いから手を引くことは、もはやできない。

ここ数年、グローバル市場では兆円単位での大規模な合従連衡が進んだ。インテル・アルテラ、ファイザー・アラガン、デル・EMC、紫光集団・ウエスタンデジタル・サンディスクなどだ。しかも、株式市場だけでなく、民間・国営ファンドも巧みに活用し、超大型ディールを成立させ、トップを目指して突き進んでいる。

2015年、国内では小売り、石油業界、液晶・デバイス関連での合従連衡が進んだが、本当に勝ちたいのならば、2016年はグローバル視点でのM&Aを急ぐ必要がある。さもないと、トップギアに入った企業にのみ込まれる年になる可能性が高い。

なお、グローバルで規模が大きくなればなるほど、「世界の公器」としてのプレッシャーにもさらされる。国内では今年は東芝の問題が騒がれたが、グローバル企業はトラブルが起きると世界からの「制裁」を受ける。過去のトヨタ、今年のVWがよい例だ。

これは、グローバル企業になるためには、「日本国内から窓をのぞいて外を見る」という姿勢を捨てて、世界のど真ん中に立って勝負することがいかに重要か、ということを示している。2016年は、日本人独自の「グローバル化」の解釈を、勇気を持って捨てる覚悟を持たなければならない。

世界情勢の先行きは

イアン・ブレマーが「G0(ジーゼロ)」と呼んだ世界はそろそろ終わりをつげ、新たなパワーバランスとして米中独の3国体制が見えてくるだろう。中国は一帯一路戦略を発表し、ドイツは大国化を進めている。

米国は、オバマ政権後も、世界警察としての役割から手を引く路線を踏襲するだろうが、政治力・軍事力に代わって、経済・テクノロジーの領域での影響力を世界に及ぼし続けるだろう。

その一方で、第1次・第2次大戦時に引かれた国境線は、ロシア周辺のウクライナ、中東、中央アジアなどで乱れ始めており、周辺国同士の緊張関係も引き起こして、状況は複雑化の一途をたどっている。マクロには3国体制ができあがりつつあっても、米国が世界警察の役割を放棄した今、絶対的な調停者はいないわけで、地域の大国に解決を依存しているのが現状だ。

よって、先般のトルコ軍によるロシア機撃墜のような事件が起きると、予期せぬ暴発が起こりうる可能性はいくらでもある。G0のあとの新パワーバランスが誕生したといっても、それは世界情勢が安定するということを意味しない。

デジタルの力で個人と国のパワーバランスが大きく変わったことがすべての起点にある。情報収集、情報共有、イデオロギーの拡散、テロの計画と実行における個人の力が増大している。

国家対国家の戦争がテクノロジー戦、サイバー戦になっただけでなく、ISとアノニマスの対決のように、コミュニティ同士の「見えない」戦争も起きている。

国家という単位では利害がコントロールできなくなっている今、グローバル化においては、企業が自ら地政の動きをリアルタイムで目配りして、リスクをコントロールすることがますます必要になる。

企業と個人の関係性

効率性追求型の経営では、冒頭で述べた10times成長を目指す世界は実現できない。「代替価値」を生み出すのは、創造性とイノベーションだ。それを手にするために、日本企業の三種の神器、「標準プロセス」「ヒエラルキー組織」「人材管理」から、「トライ&エラーアプローチ」「ホラクラシー組織」「人財活用」の3点セットに事業運営の軸足をシフトさせていく年になる。

ここ2~3年の間に、いいアイデアさえあれば、資金も人財もサービスも個人が手軽に調達できる世の中になった。シェアオフィスの席に座り、有能なプロフェッショナルをクラウドソーシングで世界中から集め、スカイプで会議をしてアウトプットをつくり、企業にサービスを提供する。

企画力とネットワーク力、それをビジネスとしてカタチにする実行力さえあえれば、何も企業に属さなくても、自分の能力を対価に変えることはいくらでもできる時代がきた。

私のいうところの「アグリゲーター人財」たちだが、彼らは、かつての「三種の神器」を企業が振りかざした瞬間にやめてしまうから、企業は本質的な発想の転換に向き合わないとどんどん優秀な人財を失っていくことになる。

見方を変えると、これはプロ化した個人が世の中にたくさん存在する、ということでもある。ITエンジニアや税理士、弁護士、コンサルティングなどのマッチングサービスも登場している。

まだまだ中小企業の利用にとどまっている感はあるが、個人の自立が進んで質が上がって、彼ら自身がイノベーションに取り組んでいくことを考えると、個人提供のBtoBサービスを活用することは、そんなに珍しくなくなるだろう。すなわち、旧来の社内の士業は急速にクラウドソーシングに置き換わっていく可能性がある。

もはや個人の自立は止められない。企業は、「社内の個人」にやらせる仕事と「社外の個人」にやらせる仕事を切り分け始めるときが近い将来にやってくる。企業が新たな個人との付き合い方を設計し、その関係構築に動き始める。そんな年に2016年はしないといけない。

モードチェンジの一年

今起きていることは、「個人、企業、国家、社会」の枠組みのパラダイムチェンジだ。価値観、行動様式、制度・ルールすべてが新しいものに切り替わっていく元年となるのが2016年だと考える。結局、個人も企業も、自らの価値を生み出す意志を持つしかない。そんなモードチェンジの一年にしたい。

(写真:shironosov/iStock.com)