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リングの現実主義者(第6回)

フリーランスの格闘家。買い叩かれないための交渉術

2015/12/26
「天は自ら助くる者を助く」。富の集中や経済格差が広がる現代社会で、才能、家柄、時代に恵まれなかった“持たざる者たち”が、いかにして名を成してきたのか。彼ら、彼女らの立志伝が語られる「持たざる者の立身出世伝」。連載第1回は12月29日の「RIZIN FIGHTING WORLD GRAND-PRIX 2015」で、桜庭和志との日本人格闘家頂上決戦に挑む青木真也が登場。中学の柔道部では補欠だったにもかかわらず、総合格闘技の世界王者まで上り詰めた異端のファイターの思考法が明かされる。

値段交渉を受けてはいけない

前回、食べていくためには大衆を意識しないといけないという話をしたが、所属団体との交渉も同様に重要なこと。多くの選手はエージェントを入れているが、僕は交渉もすべて自分一人で行う。

ファイトマネー、練習拠点であるシンガポールからの移動費、セコンドの経費、試合をするためには多くの契約が発生する。交渉は多岐にわたるけれど、自分の中で決めているルールがある。

それは“値段交渉は受けない”ということだ。

契約の交渉は通常、団体の事務所で行うものだが、僕は事前に「ファイトマネーを値切るなら会わない」と伝えておく。商品としての自分の単価を一度でも下げてしまうと、次戦や他団体との交渉においても、際限なく下げられてしまうからだ。

ファイトマネーにも、最低限のラインがある。そこを守らないと一気に選手としての価値が暴落してしまう。中には、ギャランティーが安くても「いいな」と思う仕事もあるが、やりたい気持ちを抑えて、はっきりと断るようにしている。

なぜなら、自分から「試合に出させてください」と言っているようではダメだと思っているから。そういう姿勢を見せると、相手側も「試合に出させてあげる」という考えになってしまう。極端な話で、「タダでも出られればいいんだろ」という話にもなりかねない。だから、相手に「出てくれませんか」と言わせることが必要。

僕も格闘技界に10年以上いるので、団体規模やテレビ放送の有無などから、相手側がどれくらいのファイトマネーを提示できるかはわかっている。大事なのは僕を最大限にリスペクトしてくれているかどうかだ。

フリーランスの格闘家として、考え続けることで活路を見出してきた

フリーランスの格闘家として、考え続けることで活路を見いだしてきた

タニマチなんていらない

交渉事に関連して、僕は接待も受けないようにしている。接待する側は、交渉になれば優位に持っていけるに決まっている。食事をして、隣に女性でもつけられたら、外堀をすべて埋められてしまう。

接待されることによって足元を見られてしまうのなら、その場に行かないことが、一番いい。「すみません。ミーティングだけで失礼します」と言って帰るべき。そういう意味でも、僕は関係者と食事に行かないし、タニマチもいない。

格闘家には、タニマチに食事に連れていってもらう選手がかなり多い。「これをください」と、物を要求するような選手までいる。特に大きな試合をしているわけでもないのに、遊び歩いているような格闘家には大体タニマチがいる。

ただ、格闘家はオリンピックの金メダリストや相撲の横綱のように永遠に変わらない立場ではない。援助してもらうことは、現役時代だけ使える“魔法”だ。自分のコンディションや将来が崩れていくならば、そんなものないほうが良いと思っている。

自分の頭で判断する

交渉事では、時に思いもよらない出来事も起こる。「DREAM」がなくなったときに、運営会社の方から、「今後一緒にやっていくこともできる」と言われたことがあった。

しかし、あれは今振り返っても“悪魔の取引”だったと思っている。

要するに「俺がマネジメントしてあげる」ということ。僕と団体の間に入っておカネを得るという思惑が読み取れた。いったんは遠慮したが、相手も「いや、こっちで交渉したほうがファイトマネーは高くなる」と粘ってくる。「すみませんが、一人で自分の力を試してみたいと思っています」と言って、どうにか断ることができた。

ところが、その瞬間に「お前、今まで世話してやってきただろ」と言われたのだ。「今までキャリアをつくってやって、好き勝手にさせたのに、どういうことなんだ」と問い詰められた。

驚くと同時に、恐怖も覚えた。

空気は最悪だったが、「もう一度仕事することがあったら、僕はいつでも握手をする準備はできています。今までお世話になりました」とも付け加えておいた。

すると、実際にその半年後にDREAMが「GLORY」という外国資本とともに行った大会で、また一緒に仕事をすることになった。当然、平気で握手をした。

結局、利害が一致すれば、仲良くなることもあるし、一緒に仕事をすることだってある。大切なことは、一時の甘えや感情は断ち切って、常に自分の頭で判断することだと思う。

青木真也(あおき・しんや) 1983年5月9日生まれ。静岡県出身。小学生の頃から柔道を始め、2002年に全日本ジュニア強化選手に選抜された。早稲田大学在学中に総合格闘技に転身し、2006年に団体「修斗」の世界ミドル級王座を獲得。大学卒業後に静岡県警に就職するが、2カ月で退職して再び総合格闘家として活躍。「DREAM」「ONE FC」で世界ライト級チャンピオンに輝く。12月29日の「RIZIN FIGHTING WORLD GRAND-PRIX 2015」で桜庭和志との日本人格闘家頂上決戦に挑む

青木真也(あおき・しんや)
1983年5月9日生まれ。静岡県出身。小学生の頃から柔道を始め、2002年に全日本ジュニア強化選手に選抜された。早稲田大学在学中に総合格闘技に転身し、2006年に団体「修斗」の世界ミドル級王座を獲得。大学卒業後に静岡県警に就職するが、2カ月で退職して再び総合格闘家として活躍。「DREAM」「ONE FC」で世界ライト級チャンピオンに輝く。12月29日の「RIZIN FIGHTING WORLD GRAND-PRIX 2015」で桜庭和志との日本人格闘家頂上決戦に挑む

交渉も仕事の一つ

現在は、格闘家が交渉事を外国人エージェントに任せている場合が多い。言葉への不安や各団体に売り込みをしてくれることもあってか、アメリカの「UFC」に参戦したほとんどの選手は外国人のエージェントに頼んでいる。

ただ、ギャランティーにおけるエージェントの取り分は、格闘技業界が未熟だということもあってか、場合によっては、30%も取られてしまうこともある。

実は、僕も一度だけ外国人にお世話になったことがある。現在所属しているシンガポールの「ONE FC」とUFCのどちらかの団体を選ぶときだ。

当時はエージェントを入れることも考えていたけれど、今の僕の所属ジムである「Evolve MMA」のチャトリ・シットヨートン会長が口利き役を買って出てくれた。彼は、ハーバード大学でMBAを取得するようなビジネスマンで、DREAMの最後からお世話になっていた。「一度、僕が間に入ってあげるよ」ということだったが、彼は途中でおカネを抜き取ることもなく最後まですべてやってくれた。

彼を見ていると、交渉において外国人の感覚はやはり強いと感じる。2つの団体をてんびんにかけて値段を釣りあげることもできるし、要求金額もはっきりと言う。後出しジャンケンのような交渉も平気でやる。一転、もめそうな雰囲気なら握手をして場を収めるなど、交渉のうまさという点で勉強になることが多い。

「アスリートなんだから、競技だけに集中すればいい」という意見もあるかもしれない。ただ、サッカーや野球と違って、現状は甘くない。

視野を広く持って、自分の価値をいかに高めるか考え続けなければ、結局いいように使われて消費されてしまうからだ。

*明日掲載の【第7話】「勝つための大原則。『自流試合をする。他流試合はしない』」に続きます。

*目次
【予告】狂者か、改革者か。異端の格闘家・青木真也の流儀
【第1話】柔道部の補欠だった僕が、なぜ世界王者になれたのか
【第2話】早稲田柔道部を退部。警官は2カ月で退職。最後は総合格闘技を選ぶ
【第3話】所属団体の消滅。「居場所」がなくなる恐怖感
【第4話】リスクを取らなければ自分の価値は上がらない
【第5話】大衆を意識しないと食ってはいけない
【第6話】フリーランスの格闘家。買い叩かれないための交渉術
【第7話】勝つための大原則。「自流試合をする。他流試合はしない」
【第8話】群れない馴れない奢られない。格闘技界に染まらない3つのルール
【第9話】腕をへし折る格闘家のメンタリティ。練習は“心の栄養”
【最終話】35歳のとき世界最強をかけた戦いで引退する

(構成:箕輪厚介、小谷紘友、写真:©JSM)