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堀江貴文卒業スピーチの仕掛け人、世耕石弘インタビュー

だから近畿大学は「日本の大学のアップル」を目指す

2015/12/24
「マグロ大学」というキャッチフレーズがつくほど、マグロの完全養殖で全国的に知名度が上がった近畿大学。その知名度をてこに、2014年には、志願者数日本一の座に上り詰めた。ド派手入学式、堀江貴文氏を招いての卒業式など話題に事欠かない近畿大学のパフォーマンスには、大学の認知拡大だけでない思いが込められている。仕掛け人の広報部長、世耕石弘氏にその思いを聞いた。

「関関同立」に近大は入れないのか

――近畿大学は、2014年度に、明治大学、早稲田大学を抜いて大学入試志願者数が全国1位になりました。2015年度もさらに志願者数が増加しました。志願者数が全国1位になったことの意味をどのようにお考えですか?

世耕:志願者数が全国1位ということそれ自体には、全く意味はありません。しかし、「志願者数日本一。しかも東京ではなく関西の大学が!」となると、世間に与えるインパクトは大きく、注目度も格段にアップします。

注目されることで、近大がどんな大学なのか、教育理念やほかの研究はどんなことをしているのか、という内容にも目を向けてもらえるようになりました。

――「早慶」「関関同立」など、よく大学をグループ化した表現を耳にしますね。そういった大学の序列グループに一石を投じることになるのでしょうか?

ある時、受験生が「親から旧帝大に入れと言われている」と話しているのを聞いてびっくりしたことがあります。「旧帝大」ですよ(笑)。21世紀の現代で、18歳の子が「何十年前の価値観の話をしているんや!」と。

でも、そういう昔からの価値観は社会全体に非常に根強く残っているのも事実です。現実的には単なる語呂合わせに近い「関関同立」という枠組みに、別の大学が入ることは至難の業です。

予備校関係者に「もし『関関同立』に近大が入ったら、2番手グループの『産近甲龍』はどうなるんだ」なんて、しょうもないことを言われたこともあります。

結局、いつまでたっても同じグループ内で競うしかない。「入れ替え戦のないリーグ戦」なんです。関関同立の滑り止めとして見られている限り、偏差値が高くなりすぎると、受験されなくなってしまうというジレンマもあります。

近畿大学広報部部長 世耕石弘(せこう・いしひろ) 1969年生まれ。92年近畿日本鉄道に入社。ホテル事業、海外派遣、広報担当を経て、2007年から近畿大学に転職し、入学センター入試広報課長としてさまざま広報戦略を打ち立て、注目を集める。同センター事務長を経て、現在は広報部長として精力的に活躍している。

近畿大学広報部部長
世耕石弘(せこう・いしひろ)
1969年生まれ。92年近畿日本鉄道に入社。ホテル事業、海外派遣、広報担当を経て、2007年から近畿大学に転職し、入学センター入試広報課長としてさまざま広報戦略を打ち立て、注目を集める。同センター事務長を経て、現在は広報部長として精力的に活躍している。

早稲田に受かってもみんな東大に行く日本

――大学の枠組みが固定化していることは、これからの日本の教育にどんな影響があるのでしょうか?

研究や教育の中身ではなく、ブランドイメージだけで枠にくくられている限り、日本の未来はよくならないと考えています。

例えば東大と早稲田、両方受かって早稲田に行くって言うたら、「お前、大丈夫か?」と親戚中に言われるんちゃいますか(笑)。

東大が世界でランキングが落ちているのは、そういう固定化された価値観で入学する学生ばかりだから、という点も影響しているはずです。

世界に目を転じると、ハーバード大学ですら合格者の7割程度しか実際に入学しません。残り3割は、スタンフォード大学など別の大学に進みます。世界的には研究内容や個性で大学を選ぶということが珍しくないんです。

さらにハーバードのような国際的な一流大学は、どこも大きな予算を組んで強力なアドミッション部隊を編成し、世界中から優秀な学生に入学してもらうためのさまざまな活動を行っています。

一方アジアでは、シンガポールの新興大学がどんどん大学ランキングを上げています。これからマレーシア、インド、中国からも、どんどん優秀な大学が出てくるでしょう。

そういう中で、日本が東大を頂点とする大学ヒエラルキーの中で、今までと同じことをやっているのでは、世界から確実に取り残されていきます。

――日本の大学教育も、世界を視野に入れることが必要ということですね。

世界的に日本は大学教育を受ける国として決してアドバンテージが高い場所ではない。だからこそ、日本の大学が変革し、世界中から学生たちが集まるような魅力を打ち出していかないといけません。

私としては、やはり東大がもっと頑張って、世界中から優秀な留学生が集まって定員の3割くらいを占めるようになってほしい。そうすれば、今まで東大に行っていたレベルの学生が早稲田や慶應に行く、というように徐々に優秀な学生がスライドしていくはずです。結果的に18歳人口が減ったとしても、日本国内の大学のクオリティーも学生数もキープできるでしょう。

受験人口は30年で半減という逆風

――少子化という逆風の中で、具体的にはどのような広報戦略で志願者数を日本一まで拡大されたのでしょう。

大学の難しいところは、ターゲットが18歳に限定される点。18歳人口のピークは92年の205万人で、私が近大に転職した2007年時点では130万人。100万人を切る日も目前まで迫っています。

ある大学は1992年の志願者は2万人だったのに、2008年はたったの1500人まで落ち込んだという例もあるほど。近大の入試広報課長に転職して、この現実に直面して「これはえらいことやな」と、ひっくり返るくらいびっくりしました。

ビジネス対象となる人口がたった30年で半減してしまった。これはほかの業界では、まずありえないことです。それにもかかわらず、大学内部の空気は徐々に学生が減っていく状況に慣れてしまい、「しゃーないな」というのんきなものでした。

これは、根本的に広報戦略を変えなあかんと思いました。よく学生募集のポスターやパンフレットに、外部の人間が誰も知らないようなシンボル的な校舎の写真や、学生が芝生の上で談笑しているような写真に「羽ばたく未来」なんていうキャッチフレーズが印刷されている。「一体これは何なんや、これで学生が集まるのか?」と。

とにかくオープンキャンパスや入試に学生を集めることを目的にした「宣伝」に徹すると、戦略を切り替えました。

――そのひとつが、近大が世界で初めて成功したクロマグロの完全養殖の大々的なPRというわけですね。インパクトの強いポスターとキャッチコピー、大学直営の“居酒屋”など、マスコミでも大きな話題を呼びました。

私が近大に転職してきた当時で、すでにマグロの養殖に成功してから5~6年が経過していて、学内では「今さら」という感じがありました。

しかし、これは近大の実学教育の理念を形にしたひとつの大きな事例として、もっと社会に発信していくべきだと。もちろん、マグロというインパクトも重要でした。

ポスターのキャッチコピーにもなった「マグロ大学って言うてるヤツ、誰や?」というのも、私が会議の場でついもらした言葉です。マグロ以外にもおもしろい研究がいくつもあることを知ってもらうきっかけにしたかったんです。

実際、近大にはマグロと同じ農学部で「近大マンゴー」を開発して千疋屋などの高級店を通じて販売したり、絶滅危機にひんしているウナギのかわりに「うなぎ味のナマズ」を量産する技術を開発したりしています。また、関西の私立大学で医学部のある総合大学は近大だけです。

研究力については、海外からの評価も高く、英タイムズ・ハイヤー・エデュケーション(Times Higher Education、THE)が発表した2015年の世界大学ランキングでは、近大が西日本の私立大学で唯一800位以内にランクインしました。

このように偏差値とは異なる指標で評価される機会を増やしていきたいです。

近大マグロと選抜鮮魚のお造り盛り

近大マグロと選抜鮮魚のお造り盛り

大阪店に並ぶお客さんの行列

直営の“居酒屋”「近畿大学水産研究所」大阪店に並ぶお客さんの行列

銀座店のオープン時にはマスコミも多数詰めかけた

銀座店のオープン時にはマスコミも多数詰めかけた

――近大といえば、マグロだけでなく、つんく♂さんプロデュースのド派手入学式、堀江貴文さんからの卒業メッセージも話題になりました。

これは、戦略的にやってます。まずは、多くの人に近大を知ってほしいので、広報戦略の一環です。

ほかにも力を入れたのが、出願をネットに完全移行したことです。紙の願書とネット出願を併用してる限りはコスト的にも大きく削ることはできません。完全に移行することに意味があるんです。

最初は、「ネットにつなげなくて出願できない受験者はどうするのか」という意見が大半でした。近大は、実学を掲げてる大学です。スマホがこれだけ普及して、高校にもパソコンはある。それでもネットで出願できないような受験生が、本当に近大が求めている人材なのか、と。

ほかの大学は横並び意識が強く保守的な中、「常識にとらわれない」という、うちの大学のカラーを打ち出す戦略としてもぴったりやったと思ってます。

社会の即戦力となる元祖実学教育の精神、古い常識にとらわれない改革者であること、そして固定化した大学序列にとらわれず近大の研究力・教育力を見てほしい。この3つがコミュニケーションの柱です。

――PR戦略の効果で、最初は関西で話題になり、さらに全国に近大の名前が広まりました。

面白い大学があると、インターネットやSNSで話題になったのがきっかけです。電車の中で、近大のユニークなポスターを見かけた人たちが、スマホで写真を撮ってSNSでどんどん拡散してくれたりしたんが、大きかったですね。

高校やほかの大学からも注目を集めるようになり、志願者では全国1位になるまでに拡大しました。関西だけでなく、関東からの受験者も増えています。

近大が変わることで日本全体を変えていきたい

――学生数全国4位、志願者数1位という規模だと、近大の影響力は大きいでしょうね。

近大が変わることで日本の大学を、ひいては日本全体を変えていきたいという思いで、さまざまなことに取り組んできています。

固定化された「ブランド大学」だけでなく、日本にはいい大学が結構、全国にあるんです。みんながブランドだけで大学を選ぶ風潮では、そういう大学は優秀な学生を集められない。かといって、小さな大学では思い切った広報戦略を取ることは難しいでしょう。

でも、規模の大きい近大ならできる。思い切った広報戦略を取ることは、もちろん、近大の知名度を上げることが一番の目的ですが、日本全体を変えることにつながると信じてます。

正直言って、東大が世界に向けて勝負できないなら、近大がやってやろうじゃないか、というくらいの思いを持ってるんです。

IT業界を見ていると、まさにそういう現象が起きていますよね。10年前、日本人がみんなシャープの携帯電話ではなく、アップルのiPhoneを買う時代が来るなんて、誰も思ってなかったでしょう?近大が日本の大学のアップルになれるかもしれないと本気で思ってます。

そうやって既存の枠を打ち破り、日本全体に活力を与える原動力になっていきたいですね。

(聞き手:久川桃子 構成:工藤千秋 撮影:福田俊介)