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リングの現実主義者(第4回)

リスクを取らなければ自分の価値は上がらない

2015/12/24
「天は自ら助くる者を助く」。富の集中や経済格差が広がる現代社会で、才能、家柄、時代に恵まれなかった“持たざる者たち”が、いかにして名を成してきたのか。彼ら、彼女らの立志伝が語られる「持たざる者の立身出世伝」。連載第1回は12月29日の「RIZIN FIGHTING WORLD GRAND-PRIX 2015」で、桜庭和志との日本人格闘家頂上決戦に挑む青木真也が登場。中学の柔道部では補欠だったにもかかわらず、総合格闘技の世界王者まで上り詰めた異端のファイターの思考法が明かされる。

転職のタイミングで条件は上がる

「DREAM」がなくなったあと、僕は最終的に2012年7月にシンガポールを拠点とする「ONE FC」と契約した。そして、DREAM時代よりも良い条件を受けることになる。

ファイトマネーは、自分の環境が変わるときに上がる。サラリーマンでいったら転職のタイミングになるだろうか。

同じ団体、会社にいたらなかなか条件は変わらないもの。野球にもFAという制度があるけれど、それと同じで一度マーケットにさらされるのは大事なことだ。

ただ、当然のこととして、みんなが欲しがるような人材でなければ意味がない。強いのは前提として、ほかに似たような選手がいない、誰にも負けない強みがあるなどが重要。僕に関していえば、チャンピオンであったことに加え、誰も見たことのないような寝技を持っていたので魅力的なオファーが届いたのだと思う。

アジア最大の総合格闘技団体「ONE FC」と契約。現世界ライト級王者として君臨している(写真:Action Images/アフロ)

アジア最大の総合格闘技団体「ONE FC」と契約。現世界ライト級王者として君臨している(写真:Action Images/アフロ)

オファーを選ぶ立場になる

ONE FCのほかに、アメリカの「UFC」という団体からもオファーがあった。ONE FCが提示してきた条件は、UFCの2、3倍という破格の条件。僕は、そこで2つの団体を比べることができた。

しかし、選択肢のない選手は一方的に買い叩かれてしまう。当時、ほとんどの日本人選手はUFCに参戦する以外の道はなく、向こうの言い値がそのまま選手の値段になってしまっていた。

アメリカのUFCは極端なまでに実力主義で、システマチック。負けたら代わりの選手とどんどん入れ替えられる。選手は団体のシステムに組み込まれ、歯車として次々に消費されてしまっている。

UFCは確かに世界最高のレベルだと思う。しかし、一方的にそのシステムに飲み込まれることは、自分の市場価値を上げるうえでデメリットのほうが大きいと判断した。

勝負どころでリスクを取る

市場価値を上げるためにはリスクを取る必要がある。

格闘技の場合は、誰も知らないような選手と対戦して勝ったとしても、そこまで意味がない。キャリアに関していえば“相手が築いてきた戦績を食う”という側面があって、相手を倒せばその選手が今まで勝利してきた選手たちにも勝ったという意味にもなる。

だから、自分の価値を上げるためには、リスクを取って実力と名前のある選手と対戦して勝たなければならない。

普通は団体側が用意する選手と対戦するものだが、僕はDREAM時代から自分のキャリアをつくることを考えたうえで、「こういう相手と対戦したい」「このレベルの相手を呼んでくれ」という交渉はしていた。当然ながら、相手選手もランクによって金額が変わるので、「今回は400万円クラスのあの選手を呼んでほしい」と要望を出してみる。

相手は強敵だから負ける可能性はもちろんある。なので、毎試合で格上の選手と対戦するわけにはいかない。常にギリギリの勝負をして、身を削って消耗していたら元も子もない。普段は自分の力を出しやすい相性のいい相手や、7割方勝てそうな選手を選ぶ。

そして、5試合に1度くらい“勝負どころ”を見極めて、格上選手と対戦する博打を打ちにいく。

青木真也(あおき・しんや) 1983年5月9日生まれ。静岡県出身。小学生の頃から柔道を始め、2002年に全日本ジュニア強化選手に選抜された。早稲田大学在学中に、柔道から総合格闘技に転身する。大学卒業後に静岡県警に就職するが、2カ月で退職して再び総合格闘家として活躍し、「DREAM」「ONE FC」で世界ライト級チャンピオンに輝く。12月29日の「RIZIN FIGHTING WORLD GRAND-PRIX 2015」で桜庭和志との日本人格闘家頂上決戦に挑む(写真:Zuffa LLC via Getty Images)

青木真也(あおき・しんや)
1983年5月9日生まれ。静岡県出身。小学生の頃から柔道を始め、2002年に全日本ジュニア強化選手に選抜された。早稲田大学在学中に、柔道から総合格闘技に転身する。大学卒業後に静岡県警に就職するが、2カ月で退職して再び総合格闘家として活躍し、「DREAM」「ONE FC」で世界ライト級チャンピオンに輝く。12月29日の「RIZIN FIGHTING WORLD GRAND-PRIX 2015」で桜庭和志との日本人格闘家頂上決戦に挑む(写真:Zuffa LLC via Getty Images)

「殺されるかもしれない」

DREAMで2度対戦した、ブラジルのJ・Z・カルバンというファイターがいる。彼は筋骨隆々のガッシリとした体型で、ものすごい破壊力のあるパンチを打ち込んでくる選手。DERAMの前身である「HERO’S」という団体でも、2年連続で世界王者となったようなトップファイターだ。

彼との対戦は、まさに博打だった。

実は相手選手の強さというものは、“匂い”でわかったりする。格闘家としての本能なのか、それぞれの選手の強さというのは身体から醸し出される匂いで何となく感じ取れるもの。

その感覚は、ほとんど外れることはない。計量の時点でも、「コイツはやばいな」と感じることもあるし、握手をしたら相手の強さがはっきりとわかってしまう。

向かい合って、「殺されるかもしれない」と思ったのは、そのカルバンとアメリカの「Bellator」という団体で世界王者にもなったアメリカ人のエディ・アルバレスの2人。彼らは身体のつくりから違うと感じたし、試合で受けた打撃はかなり重かった。実際にカルバンとの試合では、連打を受けて一度意識が飛んだ場面もあった。

博打に勝つインパクト

それでも、カルバンには判定の末に勝利して、アルバレスには足への関節技で勝つことができた。彼らのような有名選手に勝つことによって、自分の価値を一気に跳ね上げることに成功する。

特にカルバンとの対戦は、DREAMでの最初の試合だったこともあってインパクトは絶大だった。勝ったことで、周囲のスタッフの僕への対応もそれからは一変した。リングで戦い終え、バックステージに戻ってきたときに、「俺は勝った。博打に勝った」と思わず叫んだ。

格闘技は、負ければ自分のキャリアを潰されてしまう恐怖がある。ただ、自分の価値を上げていくには、勝負どころでリスクを取って勝たないといけない。

*明日掲載の【第5話】「大衆を意識しないと食ってはいけない」に続きます。

*目次
【予告】狂者か、改革者か。異端の格闘家・青木真也の流儀
【第1話】柔道部の補欠だった僕が、なぜ世界王者になれたのか
【第2話】早稲田柔道部を退部。警官は2カ月で退職。最後は総合格闘技を選ぶ
【第3話】所属団体の消滅。「居場所」がなくなる恐怖感
【第4話】リスクを取らなければ自分の価値は上がらない
【第5話】大衆を意識しないと食ってはいけない
【第6話】フリーランスの格闘家。買い叩かれないための交渉術
【第7話】勝つための大原則。「自流試合をする。他流試合はしない」
【第8話】群れない馴れない奢られない。格闘界に染まらない3つのルール
【第9話】腕をへし折る格闘家のメンタリティ。練習は“心の栄養”
【最終話】35歳のとき世界最強をかけた戦いで引退する

(構成:箕輪厚介、小谷紘友、写真:©JSM)