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グルノーブル元GM代理・猪野仁志インタビュー(第4回)

欧州サッカークラブのオーナーになることは夢物語ではない

2015/12/22

ビジネス界に鉄則があるように、サッカークラブの経営にも勘どころがある。没個性であってはならないが、経営上で抑えるべきポイントがあることは事実だ。

ヨーロッパにおいて挑戦者となる日本人経営者たちは、いかにしてサッカークラブを買収し、経営を軌道に乗せていくべきなのか。

フランス2部に所属していたグルノーブル・フット38で、1年半にわたってGM業(実質上の社長)に従事した猪野仁志が、本場に挑む日本人たちの指針にすべく、実際のクラブ経営を通して得た五原則を明かした。

猪野仁志(いの・ひとし) 1972年生まれ。茨城県出身。1996年に慶應義塾大学を卒業後、博報堂に入社。ストラテジックプランニング局で企業戦略企画・立案などに携わる。同社退社後の2002年にスポーツマネジメント会社の取締役に就任。2008年にインデックス・ホールディングスに入社し、2010年からグルノーブルのGMとして1年半従事。現在はソーシャルゲーム会社を経営する傍ら、プロアスリート代理人や企業顧問など幅広く活動している

猪野仁志(いの・ひとし)
1972年生まれ。茨城県出身。1996年に慶應義塾大学を卒業後、博報堂に入社。ストラテジックプランニング局で企業戦略企画・立案などに携わる。同社退社後の2002年にスポーツマネジメント会社の取締役に就任。2008年にインデックス・ホールディングスに入社し、2010年からグルノーブルのGMとして1年半従事。現在はソーシャルゲーム会社を経営する傍ら、プロアスリート代理人や企業顧問など幅広く活動している

サッカークラブは中小企業規模

岡部:これまでお話を聞いていると、ヨーロッパのサッカークラブを経営する際に注意するべきことがいくつか見えてきました。1つは、プロの経営者を置かなければならないということ。もう1つは日本式の経営手法を押し付けないということです。

猪野:僕は日本国内の一般企業、個人資産を持つ方々でもフランスでのサッカークラブの買収は十分可能だと思っています。フランスのクラブの予算規模は、1部リーグで40億~50億円、2部リーグなら10億~12億円。

しかも、以前に述べた通り、クラブ所有の目的や目標によって違いますが、場合によっては追加資金なしで経営していくことも可能です。同規模の企業は、日本にも少なくありません。

岡部:中小企業といえるかもしれませんね。

猪野:中小企業の経営者の方々で、サッカーに対する情熱、忍耐があれば、サッカークラブを経営することは間違いなくできます。各地域の特色や法律を理解したうえで、各分野に適材適所のキャスティングをすれば健全に経営していくことは可能です。

あとは、たとえば「チャンピオンズリーグに出場する」という方針を打ち出したならば、相当なキャッシュを用意し、リスクマネジメントをしっかりと把握しながら経営を進めていくことが必要です。

逆に「2部の中位を維持しよう」という方針を打ち出すのであれば、3年間のキャッシュフローを想定し、支出と収入時期を念頭に置きながらバランスのいい経営を進めていくことになります。

国籍に関係なく、良い人材を雇用

岡部:3つ目としては、経営面でクリアなビジョンを持たなければいけないということですね。

猪野:これらは日本国内で会社を経営されている方々と一緒です。目標と方針、それに見合う施策を用意する必要があります。単にサッカーが好きだから、サッカーに知識があるから、というだけでは会社経営ができないのは当然です。

岡部:GMに必要なことはまずは経営面。CEOやCOOというイメージのほうが近いかもしれません。

猪野:強化に関しては、やはり地元のスポーツディレクターを雇うことが一番です。ヨーロッパではどの国もサッカー村があります。情報収集能力はクラブの重要な資産の一つです。スポーツディレクターには、10年以上の経験が必要であると思っています。その経験の中で、ネットワークが構築され、さまざまなことを学びます。

日本人でも10年以上現地で生活し、現地の言語、そして英語を使いこなすことができれば、十分現地でスポーツディレクターとしての役割を担えるようになれると思いますが、いきなりは難しいでしょう。これまで営業をやっていた人間に、「明日から経理をやってください」と言ってもわからないということに似ています。

ですから、最初はフランスならばフランス人、ドイツならばドイツ人のスポーツディレクターを任命する必要があります。信頼できる人材を探すには苦労するところもあると思いますが、そこは時間をかけてでも適任者を任命する必要があります。

同時にその人とも社員契約ではなく、プロ選手の扱いと同様に、期間契約にしてチームの成績に応じた賞与、あるいは解約条項を付帯させるのがいいでしょう。

岡部:ヨーロッパのネットワークはすごいですからね。

猪野:「あの選手が実は売りに出されている」というような情報が、電話一本で入ってくる人材を雇用することが必要といえます。

育成チームでもネットワークが重要です。隣の町に才能のある子どもがいるとなれば、すぐに見に行く。その情報が入るか、入らないか、それがクラブ経営にとって重要です。

岡部:日本人、外国人に関係なく、良い人材の雇用はマネジメントでも大切なことです。それはサッカービジネスでも同じということですね。

猪野:一般のビジネスでは、当然のことですから。海外駐在員は、その国々の商習慣や法律を考える。それらを行わずに何でもわかっているつもりで物事を進めてしまうと、失敗するリスクは大きく高まることは常識です。

うまくいっているときは顕在化しませんが、悪くなったときにリスクマネジメントができていないと、最悪の状態になります。

岡部恭英(おかべ・やすひで) 1972年生まれ。スイス在住。サッカー世界最高峰CLに関わる初のアジア人。UEFAマーケティング代理店、TEAM マーケティングのTV放映権&スポンサーシップ営業 アジア&中東・北アフリカ地区統括責任者。ケンブリッジ大学MBA。慶應義塾大学体育会ソッカー部出身。夢は「日本が2度目のW杯を開催して初優勝すること」。10月からNewsPicksのプロピッカーとして日々コメントを寄せている

岡部恭英(おかべ・やすひで)
1972年生まれ。スイス在住。サッカー世界最高峰CLに関わる初のアジア人。UEFAマーケティング代理店、TEAM マーケティングのTV放映権&スポンサーシップ営業 アジア&中東・北アフリカ地区統括責任者。ケンブリッジ大学MBA。慶應義塾大学体育会ソッカー部出身。夢は「日本が2度目のW杯を開催して初優勝すること」。10月からNewsPicksのプロピッカーとして日々コメントを寄せている

クラブ買収で注意すべきポイント

岡部:日本人としてヨーロッパのサッカークラブを経営した経験から、今後ヨーロッパのクラブを買収しようと考えている方々に対して、ほかにもアドバイスはありますか。

猪野:買収目的と、どれくらいの予算を準備できるかを明確にすることが大事です。目標を設定し、それに合わせた予算を用意しておかないといけません。

あとは、サッカークラブも不動産と同じで、売買のタイミングがあります。売りに出ているときと売りに出ていないときがありますから、「どうしても今年買わないといけない」ということではなく、数年の余裕を持ちながら売りに出るクラブをじっくりと精査することが理想です。

岡部:しっかりとしたデューデリジェンス(買収対象企業の調査)が重要だということでしょうか。

猪野:まさにそうです。売りに出されているクラブの貸借対照表、損益計算書を確認して、財政状況が健全かどうかを調べることは当然です。

また所属選手の契約状況、下部組織や地元自治体との関係、社内状況やマスコミとの関係も時間をかけてチェックしなければなりません。

ほかにも、買収の際は当事者同士で決めるのではなくセカンドオピニオンも必要といえます。やはり買収するには、一部で冷静な判断ができなくなることがありますので。

それらをしっかりと時間をかけて調べあげていき、条件が合えば買収する。これらは特別なことではなく、経営者の方々ならば当たり前のこと。誰もが日常的にやっていることが、スポーツに置き換えられただけにすぎません。

あと英語は話せたほうがいいです。フランスでは、アッパーマネジメントの人々は英語で会話が成立します。ただ、通訳を活用することもできますが、オーナーが日本語で話すよりもその国の言葉で話そうとしたほうが選手やスタッフ、サポーターに響きます。言語ができなくても、努力する姿勢は重要といえますね。

忘れられないファンとの思い出

岡部:日本人オーナーの成功例はまだありませんが、やり方次第でうまくいきそうです。

猪野:難しいと思われがちですが、デューデリジェンスをしっかりして、入り口や投資でやり方を間違えなければ、経営は可能だと思います。

ただ、僕の中で本当に申し訳ない思い出もあります。グルノーブルがアマチュアのカテゴリに降格してプロクラブでなくなったとき、ファンのおじいちゃんから「私は十数年間、毎朝欠かさず練習場に来て、トレーニングを見るのを日課にしていた。それができなくなることがすごく寂しい」と言われたことがありました。

おじいちゃんの大切な日常生活の一つを奪ってしまったわけです。あのときは、さすがにおじいちゃんと抱き合い、一緒に涙しました。「ごめんなさい」と何度も言いました。そのようなことがないようにするためにも、きちんとした計画設計は必要です。

クラブ経営は夢物語ではない

岡部:なるほど。今回の学びとしては、ヨーロッパでのクラブ経営には、まずプロの経営者であること。日本式のやり方を押し付けない。経営のビジョン、目標をしっかり持つ。適材適所で人材を配置する。あとは行政を巻き込むということですね。

猪野:最後になりますが、フランスでサッカークラブのオーナーになる日本人の方が出てきてほしいですね。海外にいくと日本車、家電製品が日常的に使われています。日本のサービスについても世界では評価されています。

それらを見たり、聞いたりするたびに、日本の先輩の方々には敬服します。先輩たちは相当な苦難を乗り越えて開拓してくれたのだと。現在の私たち日本人への世界からの評価は、当たり前のものではなく、先輩たちの苦労と努力のたまものであると思います。

では私たちが、次の世代に何を残せるか。それをサッカーに置き換えたとき、日本人のサッカー選手が当たり前のように海外でプレーできる環境をつくることも、次の世代に残してあげられる一つではないかと思います。

日本人が経営するサッカークラブであれば、日本人も行きやすい、そしてそれがヨーロッパでプレーするきっかけになります。そこで日本人スタッフを受け入れ、経験させ、ヨーロッパで活躍するスポーツディレクターを育成してもいい。

旧知の仲である2人の対談は、和やかな雰囲気の中で行われた

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猪野:自動車、家電製品、そして日本式サービスが世界にあるように、後世には日本人がオーナーとなっているヨーロッパのクラブがいくつかあり、それが特別なことではなく、当たり前になっている時代が来たらいいなと思います。

サッカークラブのオーナーは、相当な苦難があると思いますが、挑戦するには十分価値があり、社会貢献にもなります。成功されている日本人の方々にこの領域の開拓に挑戦してほしいです。

岡部さんと話した内容は、会社を経営されている方にとっては、日常的に考えられていることと、あまり差がないと思います。あるいは海外勤務経験のある方にも、共感できる部分があったのではないかと思います。

ヨーロッパのサッカークラブとはいっても、ハードルは決して高くなく、特別なことではない、ということです。ヨーロッパでのサッカークラブ経営は夢物語ではありません。そこが伝わればうれしいです。

(構成:小谷紘友、写真:福田俊介)

第1回:日本人元GMが独占初告白 欧州サッカークラブの経営法
第2回:フランス2部サッカークラブ元GM、ブーイングの嵐からの逆転劇
第3回:欧州サッカー、オーナーたちのクラブ所有目的は何なのか?