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松森亮(元ジュビロ磐田)後編

名広報はシナリオの結末を描かない。元Jリーガーの新たな成功像

2015/12/20
ジュビロ磐田をわずか2年で解雇された松森亮は、専門学校でITを学び、就職後にウェブデザイナーとして独立した。その技能を生かし、今度は広報として古巣ジュビロに加わることになる。若手スポーツライターの小田菜南子が、松森の挫折と復活を描く(本原稿は今年度の「宣伝会議」編集・ライター養成講座において優秀賞を受賞した作品です)。
前編:戦力外からIT力を生かして広報へ。元Jリーガーの挫折と復活

ウェブデザイナーとして独立した松森亮は、かつて自分を手放したジュビロ磐田の扉を叩いた。

すると偶然にも、ジュビロは有料サイトの開設を検討し、担当者を探していた。

NTTドコモのiモードが爆発的な広がりを見せたこの時代。携帯電話を通じたネットサービスが流行していた。携帯料金の支払いに請求が合算されることで、有料サービスへのハードルが下がっていたのだ。

2002年、松森は広報としてクラブに加わることになった。そしてジュビロは月額300円の携帯情報サイトをオープン。試合結果や選手のメディア出演情報の速報などをメルマガ配信するサービスもスタートした。

当初は契約社員としてサイト運営に携わっていた松森だったが、のちに正社員としての採用が決まり、広報として第二のジュビロ人生をスタートする。

松森亮(まつもり・あきら) 1977年千葉県出身。市立船橋高校卒業後にジュビロ磐田に入団して、U-19日本代表に選ばれるも、ジュビロで出番を得られず2年で戦力外に。明生情報ビジネス専門学校に入学し、サッカー情報サイトを扱う会社に就職。起業を経て、2002年にジュビロ磐田の広報に就任した。2013年12月から運営担当に。今季限りでクラブを退職する。写真右は今季のJ2最終節で劇的な決勝弾を決めた小林祐希

松森 亮(まつもり・あきら)
1977年千葉県出身。市立船橋高校卒業後にジュビロ磐田に入団して、U-19日本代表に選ばれるも、ジュビロで出番を得られず2年で戦力外に。明生情報ビジネス専門学校に入学し、サッカー情報サイトを扱う会社に就職。起業を経て、2002年にジュビロ磐田の広報に就任した。2013年12月から運営担当に。今季限りでクラブを退職する。写真右は今季のJ2最終節で劇的な決勝弾を決めた小林祐希

広報はFW、運営はGK

広報はサッカーのポジションにたとえればFWだと彼は言う。

「組織の表に立つという意味でも、仕事の評価の面でもそう。とにかくゴールを狙って、あれやこれや企画を立てて、一つでも当たれば成功。間逆なのは運営。これはGKに近いと思う。どんなに準備をして構えていても、何か一つ失敗したらNG。トラブルに対処することではなく、何事も起こらないことが一番の成功です」

広報として、彼はいくつもの新企画を実行していく。その中の一つが、チームのテレビ番組の制作だ。

応援番組の枠を購入

もともと、静岡放送制作のチーム応援番組『Forza Jubilo』が放映されていたが、予算削減により廃止されることになる。情報発信の重要な手段だったため、広報にとって大きな痛手だった。

そこで、チームスタッフで番組を“手づくり”することを思いつく。

「静岡放送の枠を3分だけ買った。3分なら、CMを流す費用と変わらないうえに、スポンサーではなく自分たちで伝えたい内容を流せる」

さらに予算の捻出も松森の仕事だ。費用はおよそ1000万円。ちょうど毎ホーム試合ごとに発行していたマッチデープログラムの年間費用とほぼ同額だった。

もちろん簡単に廃止できるものではない。試合を観に来たサポーターの熱気を高める重要なツールだ。松森はこれをデジタル化することを提案する。

「紙媒体は印刷期間があるので、試合が終わって大急ぎで編集・校正・入稿作業。最新の情報を入れにくいという難点があった。デジタルなら、選手の試合前日の練習の様子など、試合前にサポーターが一番知りたい情報を入れられる」

システム会社~フリーの時代に築いた企画力はこうしたところで発揮された。

応援ソングによる広報戦略

さぁ予算はある。カメラも持っている。素材は選手たち。あと何か足りないものはないか。そうだ、音楽が必要だ。その音楽を聴けばジュビロを思い出すテーマソングが。

当時在籍していた選手、那須大亮の結婚式で、松森は偶然愛知県出身のバンド、ソナーポケットと出会う。そこで手渡されたCDに、イメージ通りの曲が入っていた。

「これだ、と思って。番組を見る人が聞いて、スタジアムに来た人が聞いて、感動の瞬間を思い出す。それっていくら広告費をかけて宣伝するよりもずっと人の心に残るものになる」

こうして、ソナーポケットのアルバム収録曲『ハレルヤ!!!!!!!』は2011年のシーズンソングとなった。

シナリオの結末は描かない

こうして「想い」を武器にジュビロ磐田に新しい風を送り込む松森。企画実現に向け用意周到に計画を立てているように見えるが、シナリオの結末は描かないことがモットーだと言う。

「こうした企画をするから、お客さんにはこう受けてほしいといくら考えたって、絶対にその通りにはいかないし、計画として立てた以上違う結果は失敗として受け取られてしまう。結果にいくつもの可能性を残すのが広報の仕事だと思う」

ジェイのお面プロジェクト

実際のエピソードがある。2015年、元イングランド代表FWのジェイがチームに加入した。ゴールを量産し、顔立ちも整った彼の人気は急上昇。そこで彼の背番号8にちなんで、8月8日の試合で彼のお面を来場者1万人に配布するプロジェクトを実施した。

最高のシナリオを描くとすれば、彼のゴールでチームが快勝し、お面をつけたサポーターでスタジアムが埋め尽くされる画を想像したくなるだろう。しかし現実の勝負の世界は甘くない。ジェイ自身はハットトリックを決めるも、後半40分にチームは追いつかれ、引き分けでゲーム終了となった。

「もし勝ったらお面をつけたジェイ本人がサポーターの席に混じって、『ウォーリーを探せ』みたいにしたら面白かったかもしれない」と松森はそのときを振り返った。

「でもジェイもプロだし、チームの結果がすべてだからそんなお祭りは許されない」

このお面プロジェクトは、意外なかたちで地域へ浸透していく。地元の小学生サッカーリーグが主催するPK大会で、あるチームが全員ジェイのお面をつけて並んだのだ。

「これこそまさに予想していない“成功”。企画したものが企画者の手を離れて広がっていく。そこに未来予測なんて意味がない」

サッカーだってそう、と松森は続ける。

「どんなに、相手がシュートを右に蹴る確率が何%だからといって、本番はその通りにはならないことのほうが多い。だけど本番は練習で培った実力しか発揮されない。だから何パターンも何パターンも練習を重ねる」

文句を引き出す環境づくり

彼の目に自身の「サッカー選手だった」頃のシーンが重なった。予定調和が利かない状況で、何ができるかを考える力はグラウンドで磨かれたのだろうか。

彼に言わせれば、選手からの文句さえ、成功の一つだ。松森がかつてジュビロでプレーしていた選手ということはチームの誰もが知っている。だからこそ、気持ちを理解してくれると思い、広報企画への不満を伝えてくる選手もいるという。

「言われたことを皆が黙って『はい』と言ってやるんじゃ、誰にも想いがない。やらされてるだけ。文句を言うのは想いがあるから。こうなりたいという理想があるからだと思う。だからそれを引き出せる環境をつくっているとすれば、それは成功だと思う」

試合後、ジュビロ磐田の選手の誘導を行う松森

試合後、ジュビロ磐田の選手の誘導を行う松森

アパレルの世界に挑戦

今後、松森はジュビロを離れ、アパレル会社のプレスとして働く予定だ。今までの自分の人生をどう捉えているのだろうか?

「広報として成功だったかどうかと言われたらそれは周りが決めることだけど、自分の人生としては今のところ成功」

では、サッカー選手のセカンドキャリアとしてはどうなのか。それはまだこれから決まっていくことだという。

「サッカー選手って、大体サッカーしかやってきてないから、勉強もしたことなければ、社会に出てやっていけるスキルもない場合が多い。そんな中で、『松森ってやつが引退したあと起業したらしいよ』とか、『指導者じゃなくて広報としてチームに戻ったらしいよ』とか。それだけでもロールモデルになると思う。だけど、『まったくサッカーに関係ない会社に転職したらしいよ』ってそれこそ新しいセカンドキャリアのかたちだと思う。それがうまくいくかどうかはこれからわかること」

ジュビロ磐田での13年のキャリアに終止符を打つ松森。退社発表後、サポーターから松森に届いた写真

ジュビロ磐田での13年のキャリアに終止符を打つ松森。退社発表後、サポーターから松森に届いた写真

東大に入るより難しい世界

ジュビロの選手からセカンドキャリアについて相談を受けることも多いが、「今サッカーをやれるならとことんサッカーをやれ」とアドバイスしている。

「東大に入る人数より、サッカー選手になる人数のほうが少ない。それだけ大変な競争を勝ち抜いて、努力し続けた人間は、サッカーを離れても絶対にうまくやれる」

最近は、現役中にセカンドキャリアに向けた資格を取得する選手もいる。

元日本代表キャプテンの宮本恒靖は、現役中の26歳でC級ライセンス、その5年後にはB級ライセンスを取得している。その宮本も「プロ選手であると同時に何かをすることが大事なのではなく、選手を引退したあとに何ができるか考えてほしい」と自身のウェブコラムで語っている。

欧米では、選手が現役中に副業を営むケースもある。もちろんサッカーに集中できないようでは本末転倒だ。

しかし、Jリーグ開幕から20年を超え、「元Jリーガー」が増えていく中、指導者・解説者などのサッカー関連だけでなく他分野にまで幅広く目を向けることは、引退後に競争を勝ち抜くヒントとなるかもしれない。

そもそも、サッカー選手のセカンドキャリアについてのサポート体制は万全とはいえない。だからこそサッカー界、ひいてはスポーツ界全体の課題として取り上げられがちだが、「そういう制度に頼らずに、自分の想いが向く方向に進んでいくことで人生は豊かになると思う」と松森は話す。

「もともと洋服が好きだったというつながりで、次の職場との縁ができた。休みの日に音楽を聴いたり、サッカー以外で心が躍る瞬間があると人生に色がついていく」

ちなみにオフの過ごし方を聞くと、とことん休むこと。意外なことに映画鑑賞はあまり好きではないという。

「シナリオが決められているのは途中で飽きちゃう。ドキュメンタリーとか、筋書きのないようなものなら好きだけどね」

予定調和のシナリオでは決して生きない彼の姿は、同じくピッチを去ることを決意した者たちの人生に大いなるヒントを与えるものとなるだろう。

(写真提供:松森 亮)