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【ヤマザキマリ×磯田道史】歴史は“趣味”ではない。“実用品”だ

2015/12/17
年末年始の時間のあるときにこそ、読書に取り組もうという人も多いだろうが、果たして何の本を、どのようにして読めばいいのか。そんな疑問に答えるべく、本日より「AERA」とNewsPicksの共同企画として、5日連続でムック『AERAの1000冊』の人気記事を紹介。初回は、漫画家・ヤマザキマリさんと歴史研究者・磯田道史さんの「歴史本対談」を掲載する。

古代ローマ人が現代日本へタイムスリップする漫画『テルマエ・ロマエ』を描いたヤマザキマリさんと、研究書でありながら映画化されたベストセラー『武士の家計簿』の著者、磯田道史さん。

もともと歴史を語り合う仲間で、初対面でいきなり、秀吉の風呂事情で盛り上がったという。今回、読者に薦めたい歴史本を10冊ずつ選んでもらった。熱愛する本を前にした2人が、歴史の魅力を語り尽くした。

磯田:まずはヤマザキさんが選んだ本について、教えてもらえますか?

ヤマザキ:私は漫画を描いているので、古代ローマを舞台にするならば、当時の日常生活の様子が知りたいんです。文章だったら「市場へ行った」で済むけれど、漫画はどんな場所で、どんな人がいて、何を売っているのかを描かなくちゃいけない。その点で、『古代ポンペイの日常生活』と『ポンペイの四日間』を読むと、衣食住のディテールがイメージしやすくなります。

磯田:現場の一次史料。元の情報に近いものに触れられると歴史が身近になりますね。

ヤマザキ:時代や地域が違っても、人間のやることに大きな違いはないんだな、と思います。同時に、歴史上の人物には変人も多いですけど。ローマ皇帝はじめ、何かを成し遂げた人物はたいてい変わり者です。

ハッタリも間違いも

磯田:ヤマザキさんが連載中の古代ローマの博物学者・プリニウスもその一人ですね。

ヤマザキ:スケールの大きな変人ですよ。『プリニウスの博物誌』は彼が得た知識を編さんしたものですが、あの時代によくぞここまで調べたと思います。

すべてが本人の見聞ではなく、ギリシャ人の書物を参考にしたものやハッタリを感じさせる部分も間違いもある。突然、プリニウスの個人的見解が書いてあるのも、博物誌としてはおかしいんですが、そうしたゆがみも人間らしくて魅力的。

プリニウスが見ていたものを描くのは大変なのですが、一緒に描いているとり・みきさんがマニアックな方なので助けられています。たとえば漢方の材料として「ビーバーの睾丸」が出てくるんですが、一緒に熱心に調べてくれる(笑)。

磯田:そういえば以前、古代ローマ料理を食べる会に誘ってもらいましたね。僕にとっては先祖代々の好物ウツボが出てきたことに驚きつつ。

ヤマザキ:磯田さんがウツボ料理をおいしそうに食べたときに、仲良くできると思った(笑)。『古代ローマの食卓』を読むと、現代とあまり変わらない、多種多様な食材や香辛料を使っていたんですよね。もちろんすべてが同じではなく、現代と異なるシステムもある。

薄闇のローマ世界』は古代ローマの日常を支えていた奴隷制など、ローマの闇の部分を教えてくれます。奴隷貿易の計算法とか、みどり子の捨てられ方などが書かれています。奴隷制という言葉自体、日本では簡単に理解してもらえない。

ヤマザキマリ 漫画家 1967年東京生まれ。84年油絵の勉強のため、単身イタリアへわたり、97年デビュー。著作に『プリニウス』(とり・みきと共著)、『テルマエ・ロマエ』など。

ヤマザキマリ
漫画家
1967年東京生まれ。1984年油絵の勉強のため単身イタリアへ渡り、97年デビュー。著作に『プリニウス』(とり・みきと共著)、『テルマエ・ロマエ』など

会社員もある種の奴隷

磯田:日本も室町までは奴隷が多かったが、江戸時代に独立農民が増え、「奴隷の感覚」がにぶった。今のサラリーマンはある種の奴隷制かも。専従で兼業なし。雑誌寄稿にも会社の許可が必要なんて。全人格が支配されている。

ヤマザキ:奴隷といっても、立場や働き方は多様でしたからね。教師や医師などは皆、ギリシャ人の知的奴隷だった。そういう人は尊敬されて、解放されたりローマ市民権も与えられた。一般的な奴隷でも日常生活をともにしていれば愛情が生まれる場合もあったでしょう。

磯田:日本の官僚も出自を問わず辞めれば無力。奴隷官僚制に近いと、あるイスラム研究者が言っていた。古代ローマと現代日本を比較して共通点を見つけ出すなど、時空を超えて人類を見つめるのが、これから大事ですよね。

ヤマザキ:歴史のダイナミズムを教えてくれるのが『物語 イタリアの歴史』。西ローマ帝国の崩壊からイタリア統一までの1500年間を見事に読ませてくれます。

ヴァザーリの『芸術家列伝』は、ルネサンス期の芸術家たちがどのような偉人であり、かつ変人だったのかが書かれた本。著者であるヴァザーリ自身も相当な変人なのですが(笑)。

人生の短さについて』を書いたセネカは、悪名高いネロ皇帝の家庭教師だった哲学者。はっとする言葉がたくさん出てきて感慨深くなります。

古代ローマとの共通点

磯田:『ハドリアヌス帝の回想』に出てくるのは、ヤマザキさんの『テルマエ・ロマエ』でルシウスを引き立てた皇帝ですね。

ヤマザキ:そうです。建築に造詣が深く知的だったハドリアヌス帝がいなければ、ルシウスは活躍できなかったと思います。ローマ帝国の中でもかなり豊かな時代で、全体に余裕があった。ユルスナールが小説の中で描いたハドリアヌスが素晴らしかったおかげで、洗練された皇帝のイメージが定着しました。

磯田:歴史書が歴史人物をつくる、という良い例です。

ヤマザキ:最後の本は『ガリア戦記』です。カエサルが武人としてだけでなく、治世者としていかに偉大な人物だったのか、よくわかります。

磯田:カエサルが彼自身の言葉で書いているのがいいよね。こうしてみると古代ローマは宗教的でなく世俗的だから、日本が参考にしやすい。

ヤマザキ:日本は宗教に寛容というか、葬式は仏教、結婚式はキリスト教、初詣と七五三は神社ですから、多神教だったローマと親和性があるのかも。

ただ、私が一番、古代ローマと日本の共通点だと思うのは、地震や火山による自然災害の多さですね。ポンペイも大地震の十数年後にベスビオ山が大噴火している。作品の主人公としてプリニウスを選んだのも、次々とやってくる自然災害に、ローマ人がどう立ち向かったのかを描きたかったからです。

自宅の庭から土器片が

磯田:知識と好奇心を使って自然に立ち向かう姿勢は、ローマ人と比べて日本人はどうかな。「災難に逢ふ時節には災難に逢ふがよく候、死ぬる時節には死ぬがよく候」といった良寛和尚のような諦観がある。ところでヤマザキさんが歴史にはまったのはなぜなんですか?

ヤマザキ:祖父は仕事でアメリカにずっと赴任していましたし、母親はクラシック音楽家だから、もともと西洋文化の混入した家でした。14歳で1カ月ヨーロッパへ一人旅をしたとき、時空を超えて存在する建造物や美術品に衝撃を受けました。

ところが日本に帰ってくると、同級生はアイドルに夢中という年代。歴史の素晴らしさや感動を分かち合える友達も見つからず、仕方がないから本を読んで、死んでいる人と仲良くするしかなかった(笑)。

磯田:私は岡山県出身なんですが、通っていた小学校が巨大古墳の隣。古代人築造の古墳のほうが木造校舎より高い。先生を支配する現代の教育委員会より古代人のほうが偉い、と思った。

自宅も弥生〜古代の遺跡の上にあって、ある日、庭を見たら本当に弥生土器の破片が落ちていた。土器には指紋の跡があって、つくった人の息吹がリアルに感じられました。9歳の自分が2000年前の土器を見た。その衝撃たるや。

ヤマザキ:その体験で、生きた歴史を感じることができたんですね。日常生活に遺跡があるイタリア人と一緒です。

磯田道史(いそだ・みちふみ) 歴史学者 1970年岡山県生まれ。静岡文化芸術大学教授。著書に『武士の家計簿』『近世大名家臣団の社会構造』など。

磯田道史(いそだ・みちふみ)
歴史学者
1970年岡山県生まれ。静岡文化芸術大学教授。著書に『武士の家計簿』『近世大名家臣団の社会構造』など

中国古典名言を音読

磯田:さて、僕の選書ですが、まずは言葉に関する本。『邦訳 日葡辞書』はイエズス会の宣教師が戦国時代の言葉をまとめた辞書です。

ヤマザキ:『日葡辞書』、大航海時代の軌跡が伝わってきてすごくいい。現代のポルトガル辞書と違って、宣教師たちの気迫が一語一語から感じられます。

磯田:そして、昔の人の発言がわかる『名将言行録』と『中国古典名言事典』。『名将言行録』は大勢の戦国武将の生き様を幕末・明治の史家が膨大な文献調査から活写した本。『中国古典名言事典』は漢和辞典の大家・諸橋轍次の編集。一家に一冊あって良いと思う名著。ぜひ子どもと音読したい。

ヤマザキ:先人たちの残した名言って、面白いですよね。古代ギリシャも中国も日本も最終的に同じ感慨に行きついていたことが読み取れて。

磯田:次に考古学の視点から「卑弥呼時代」の日本社会を知ることができる『王権誕生』。著者の寺沢薫さんは現場の発掘に携わっている方なので、迫力があります。考古学の本は、発掘している人の著書が実感があって面白いです。

日本・中国・韓国の近代について知るために、イザベラ・バードの『日本奥地紀行』『中国奥地紀行』『朝鮮紀行』を。19世紀末に3国を旅したイギリス女性が公平な目で記した旅行記です。同一人物の目に、日中韓がどう映ったのか。今はそれぞれの国で、より愛国心が強くなっているようですが、ひな型がわかると思います。

ヤマザキ:女性の視点で書いているというのもいいですね。とある編集者に、漫画化を提案されたことがあります。

磯田:『維新夜話』は、田中光顕という幕末志士から宮内大臣になった人が政界引退後に自分が会った幕末の志士たちについてまとめた本です。激動の歴史現場の直接体験者。裏話が面白い。

ヤマザキ:たとえばどんなエピソードがあるんですか?

磯田:今年の大河ドラマの主人公の夫・久坂玄瑞が自刃したあと、馴染みの芸者が遺体を墓から掘り出して持ち去った、とか。小説のネタ本みたい。

ヤマザキ:確かに、そのまま小説に出てきそうです(笑)。

磯田:小説といえば、司馬遼太郎の『花神』を選びました。たいていの小説は読んでいると史実との差が気になるのですが、この作品は、読むほどに物語と史実が接近してくる不思議な小説です。

ヤマザキ:史実とフィクションの差異がはっきり見えない物語は自分も引き込まれます。

磯田:普通は古文書や史実との遊離が出てくるんですよね。この小説を書くために、司馬さんは相当、取材されたそうですが、その執念のせいかもしれません。

最後は『津波てんでんこ』です。歴史は何のために必要なのか? それは趣味的なものではなく、人間が生き延びていくため。繰り返された津波の被害を記録して、覚えて、次に起こったときに対処するために歴史は必要で実際に役立ってきた。

ヤマザキ:古代ローマの時代から、災害や戦争、権力者の過ち、それらを記録するのは、未来へ生き延びるためだったんですよね。歴史を学ぶのは過去へ向かうものではなく、未来をより良くするためだと私も思います。

(構成:矢内裕子、撮影:伊ヶ崎忍)
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