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塾代、私立の学費を2人分負担できる自信がない

教育費はきょうだい平等にかけるべきか

2015/12/16
NewsPicksには、さまざまな分野で活躍する有力ピッカーがいます。そんなスターピッカーに「ビジネスや人生の相談をしたい」という要望に応えて、相談コーナーを設けています。人生の悩みにお金の心配や不安はつきもの。長年ファンドマネージャーとして活躍したエコノミストの山崎元氏が、皆さんから寄せられた相談に、ユーモアを交えながらも深刻にお答えします。

【山崎先生への相談】

教育費の件で山崎さんに質問です。小学生の子どもが2人います。長男が小学校3年生で、中学受験をするのであれば4年生から通塾が始まるといって、妻が塾選びをし始めたようです。

ただ、私としてはかなり複雑な思いです。塾の資料を見ると、今までのお稽古ごととは時間的、金銭的な負担が違います。一番気になっているのは、上の子が順調に私立中学に進学したとして、下の子にも同じようにお金をかけてやることができるのか、ということです。1人分は何とかなったとしても、2倍となると、正直なところ自信がありません。

親から見ると、上の子の方が優等生タイプで勉強も好きそうです。小学校1年生の次男は、外で遊ぶ方が好きで、勉強には向かないようにも思えるので、ここは上の子にまずチャレンジさせてみたい、というのが妻の意見です。私としては、やるからには2人に同じようにチャンスを与えるべきだと思います。山崎さんはどう思いますか。
(メーカー・40代・男性)

親が子どもに遠慮する必要は無い

今回は、自分自身の子どもにも読ませるつもりで回答を書くことにします。

回答者の家庭には小学校5年生と3年生の子どもがおり、現時点(2015年12月)で、上の子は塾に通っていて、下の子を4年生から塾に行かせるか否かを考える状況にあります。相談者の状況よりも2年先行しているサンプルです。

回答者自身は田舎(北海道)出身の凡庸な会社員兼評論家ですが、主として自分の経験と世間の観察から、学校教育に対して幾つかの「仮説」と「感想」を持っています。

(1)学校や塾の教育にある程度の効果はあるが、子どもの将来の知的能力はモチベーションも含めて、大半は「素質」で決まる。塾や予備校に行かなくても、素質のある子は、勝手に勉強するし、それなりの学校に入る。また、勉強に不向きな子どもが大学に行くのは無駄である。

(2)子ども本人に十分な勉強へのモチベーションがあれば、塾・予備校での勉強を独学でカバーすることは十分可能だ(模擬試験はたくさん受ける方がいいでしょうが)。世間には、良い参考書・問題集があるし、最近では「受験サプリ」もある。ただし、一般に塾に行くと情報収集やモチベーション管理の上で有利・無難ではある。

(3)受験でコースが分かれる場合、子どもの自己認識(自分は勉強するタイプなのか否か)に差が生じることがある。例えば、東京の子どもの場合、中学受験を目指すか・目指さないかによって、子どもの自分自身に対する認識が固定化する可能性が若干ある。

(4)一般論として、教育投資は、早い時期の方が期待できる成果が大きい(何と言っても、教育効果をより長期間使えるから)。

東京在住の会社員兼評論家で父親である回答者の選択は、上の子も、下の子も、「取りあえず塾に通わせてみる」です。通わせてみて、様子を見て、その次を考えようと思っています。ただし、「2人を平等に」という意識はありません。

回答者の個人的な実感は「たかだか高偏差値の大学に入るのに、中学入試段階からエンジンを噴かす必要はない」なのですが、ここは自分の経験に固執せず、前記の(3)と(4)を考慮して、自分の子どもたちには、まずは中学受験コースとの相性を「試してみる」ことにしようと思っています。

子どもの頃からあくせく競争する都会の子どもの環境をかわいそうにも思うのですが、中高時代から、自分と似たような学力レベルの子どもと一緒に過ごすことができる状況は、自分の子ども時代と比較するとうらやましくもあります。プラス・マイナスはどちらとも決められません。

「まずは勉強から」が無難な選択

さて、あれこれ計算してみると、「勉強して、いい学校からビジネスパーソンとしての成功を目指す」のと、例えば、将棋のプロ棋士、プロスポーツ選手、料理人、アーティスト、芸能人などで身を立てていくような方向を目指すコースとでは、前者の方が、努力と経済的なコストに対する期待リターンが高いようです。

子ども本人に、特別な才能や、本人の強い好みがない限り、「まずは、勉強からやってみる」という手順は、最初に試す価値のある無難な選択です。

そして、ある程度勉強をやってみて、本人が勉強嫌いであることが分かったり、親から見て「この子は勉強が不向きだ」と思ったりした場合、そのときにはコースを変えたらいいでしょう。

当面塾に通わせてみるコストが大きな無理なく負担可能であれば、そこに使うコストは、子どもへの投資として(主として親の満足感のためのものに過ぎませんが)、悪くない初期の賭けだと思います。

ただし、第一に、子どもが嫌だと思えば塾も勉強もいつでもやめていいし、第二に、親から見てそのコストが無駄だと思えば、塾も私立中高に通わせることもやめていい、と回答者は考えています。

回答者は自分の子どもたちに、自分(=子ども)に第一の判断権があること(嫌なら勉強は止める権利はある)と、子どもの希望に親の判断が優先する場合があること(見込みが無ければ無駄な学費は使わないし、経済的に無理はしない)を伝えるつもりです。

塾や私立中学に通わせなくても、真に素質がある子どもであれば、大学に入る頃までには、自分で勉強して間に合わせるはずです。その程度の素質のない子どもに教育費をたっぷりかけられなかったからといって、親がそれを気に病む必要はありません。少なくとも、社会的には全く惜しくない。

それぞれの時点の判断がフェアであればいい

上下の子どもに対する扱いは、親がその時々の経済力を前提として子どもの将来を見越した上で、ベストだと思うように決めたらいいのではないでしょうか。基本的に、親の好きなように決めていいと思います。

2人のお子さんに対して、それぞれの時点における判断がフェアであれば、事後的に平等であることにこだわる必要は無いと思います。

子どもを安全かつ健康に成人まで育てるのであれば、親が子どもに恐縮する必要など全くありません。そもそも、親がいないと子どもはこの世にいないわけですし、大人になるまで無事に育てるなら、何の文句を言われる筋合いもありません。

それ以上に、手間をかけたり、お金をかけたりするのは、親の「勝手な好意」です(通常大いに「張り合い」があるわけですが、その張り合いを持つこと自体は親の勝手です)。

ただし、親の側で、その「勝手」の部分に対して、子どもに「恩」だの「借り」だのの意識を期待することは人間として下品なので、つつしむべきです(「勝手な好意」にもそれなりの作法があります)。

上のお子様に対しても、下のお子様に対しても、親の自己満足もリターンに含めた上で投資効果があると思えば、塾にも、私立中学にも行かせたらいいし、そうでないと思うなら、ちゅうちょ無くやめて構わないと思います。その代わり、親の判断は、子ども本人に明確に伝えるべきです。

事後的な「平等」にこだわることは、むしろ親としての判断放棄であり、まして親であるにもかかわらず子どもへの言い訳を事前に考えてきゅうきゅうとする姿は見苦しいと思います。

個々の親によって、それぞれの子どもに対する期待、平等に関する感覚、経済的な状況、などが異なるので、一律な答えは出せませんが、「親が子どもに遠慮する必要など無い」という一点は強調したいと思います。

一人一人の子どもが持っているポテンシャルと、子ども自身による人生選択を信頼しましょう。

山崎氏に相談をしたい方はこちらまでご連絡ください。

*本連載は毎週水曜日に掲載予定です。