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スポーツ・イノベーション番外編

バレーボールの分析に「機械学習」を導入。五輪金への秘策

2015/12/14

バレーボール全日本女子は眞鍋政義監督の下、データのリアルタイム分析に力を入れ、ロンドン五輪では銅メダルを獲得した。

その分析業務を支えているのがアナリストの渡辺啓太である。

昨年7月、SAPの馬場渉と眞鍋監督が出会ったことで、渡辺らスタッフ、SAP、ブレインパッドの新たな試みがスタートした。

それはスポーツ分析への「機械学習」の導入──。

ビジネスで活用されている機械学習を、バレーボールのリアルタイム分析に利用したら何が起きるのか。

今週土曜日(12月19日)に渡辺らが開催する日本最大のスポーツアナリティクスカンファレンス『SAJ2015』で、馬場は審査員を務める。

それに先駆けて、SAPジャパンのテレビ会議室において、東京にいる渡辺と、SAPアメリカ本社(フィラデルフィア近郊)勤務の馬場の対談が実現。2人に「機械学習のスポーツへの応用」について話を聞いた。

日本時間午前8時から、SAPジャパンのテレビ会議室において対談を行った。馬場渉(右)がいるフィラデルフィア近郊は午後6時

日本時間午前8時から、SAPジャパンのテレビ会議室において対談を行った。馬場渉(右)がいるフィラデルフィア近郊は午後6時

サッカードイツ代表がつないだ縁

──そもそも2人の最初の出会いは?

馬場:サッカードイツ代表が2014年ブラジルW杯で優勝した翌朝、SAPの取り組みについての記事がウェブに出たんですね。

その記事を眞鍋(政義)監督さんが見て、興味を持ってくれたそうなんです。それで大阪のイベントで一緒になったときに「ぜひ練習を見に来てくださいよ」と誘っていただき、すぐに西が丘のナショナルトレーニングセンターに見学に行きました。去年の7月のことです。

渡辺:ある日突然、私の本を手にした馬場さんが練習に現れて「読んでますよ!」という話から始まって(笑)。

われわれのチームは新しい取り組みに積極的で、ロンドン五輪で銅を取り、次にリオ五輪で金を取るためにはいろいろなイノベーションが必要だと考えていました。そのためにほかのスポーツやビジネスから、どんどん新しい知識を取り入れていかなければ、と。

そういう考え方にSAPさんに共感していただき、昨年8月の大会から新たな試みを始めたんです。

渡辺啓太(わたなべ・けいた) 1983年、東京都出身。専修大学在学中にバレーボール部の選手からアナリストに転向し、卒後後に全日本女子チームの専属アナリストに就任。眞鍋政義監督の右腕としてデータ分析面から強化をサポートしている。日本スポーツ界の分析を盛り上げるために、一般社団法人日本スポーツアナリスト協会代表理事を務めている

渡辺啓太(わたなべ・けいた)
1983年東京都出身。専修大学在学中にバレーボール部の選手からアナリストに転向し、卒後後に全日本女子チームの専属アナリストに就任。眞鍋政義監督の右腕としてデータ分析面から強化をサポートしている。日本スポーツ界の分析を盛り上げるために、一般社団法人日本スポーツアナリスト協会代表理事を務めている

セッターの配給を機械学習で予測

──どんな取り組みだったのでしょう。

渡辺:まずはわれわれの試合やミーティングを見てもらい、いろんな情報に触れてもらいました。

そうやって今取り組んでいるのが、機械学習をバレーボールの分析に使うことです。

バレーボールの中で一番重要なのは、セッターの配球です。セッターは味方から来るボールを味方に出す、という判断を下している。その決定をどうしているかを予測したい。

それがうまくいくと、ブロックがどう付くか、どうレシーブするかといったことが対応しやすくなる。

もともと、われわれも映像やいろいろな方法を使って相手のセッターにどういう傾向があるかを分析していたんですけど、持っているデータを丸々機械学習に投げ込んでやってみようと。そんなトライアルを始めました。

馬場:眞鍋監督もセッター出身なので、まずはセッターにピンポイントで絞ろうということになったんですよね。

渡辺:SAPや一緒にお手伝いいただいているブレインパッドの方に実際にコーチがどう分析しているかをヒアリングしてもらい、加味できる要素はないか、変数として加えられる要素はないかといったことを考える。

今まさに精度向上に向けて取り組んでいるところで、実はこの後もミーティングがあるんですよ。

コーチ vs. 機械で検証

──効果はどうなんでしょう。

馬場:まずはコーチングスタッフ vs. 機械で比較したんですよね。

渡辺:どれくらい当たるか、まずは一回試してみようと。コーチにビデオを見て分析してもらって、同じデータを機械学習に入れて比較したんですが、いきなり初めのテストケースでコーチの予測精度を機械学習が上回るという結果が出ました。

検証を続けると、機械学習による予測精度が試合によって20%のときもあれば、50%のときもあった。セッターの配球の選択肢は大きく3、4つあるんですが、その1つを当てようとすると、現時点では精度は最高でも50%くらいにとどまっている。

それでも現場としては「3つのうちこの1つは捨てることができる」と提案してくれるだけで非常に助かるんです。

──選択肢を削除するのに使うと。

渡辺:そうなると9メートルのネットの幅を守らなければならなかったのが、6メートルに絞れたりとか。そうすると可能性が高いほうに、いつもより少しだけ早く反応できる。

馬場:機械だと判断にバイアスがかからないのも強みですよね。人間だと印象的なプレーに引きずられてしまうことがある。

5秒に1回、サイクルを回す

──そういう分析をリアルタイムでやるということですか。

渡辺:はい、そうです。われわれの強みはリアルタイムにある。試合を見ながらたくさんのデータをアナリストが打ち続ける。

試合当日のプレーは重み付けを何倍かにし、それを蓄積してきた記録に加え、SAPのプログラムで分析する。それを見やすいかたちにして出力するわけです。

馬場渉(ばば・わたる) 38歳。SAPのChief Innovation Officer。大学時代は数学を専攻。ドイツ代表のブラジルW杯優勝によって同社の高いIT技術に注目が集まり、馬場に日本の各スポーツ界から問い合わせが殺到。サッカーにとどまらず、バレーボール、野球、ブラインドサッカーなど、多くのチームの強化に携わるようになった。今秋、SAP本社から声がかかり、10月1日付でアメリカへ。フィラデルフィアに住み、車でニュータウンスクエアにある本社に通っている

馬場 渉(ばば・わたる)
38歳。SAPのChief Innovation Officer。大学時代は数学を専攻。ドイツ代表のブラジルW杯優勝によって同社の高いIT技術に注目が集まり、馬場に日本の各スポーツ界から問い合わせが殺到。サッカーにとどまらず、バレーボール、野球、ブラインドサッカーなど、多くのチームの強化に携わるようになった。今秋、SAP本社から声がかかり、10月1日付でアメリカへ。フィラデルフィアに住み、車でニュータウンスクエアにある本社に通っている

馬場:この取り組みのリアルタイムぶりはすごいですよ。他国を見ると、ここまで高い精度で入力できているチームはない。今はどれくらいの頻度で機械学習のサイクルを回しているんでしたっけ?

渡辺:少なくとも5秒に1回のサイクルで回しています。そういう分析結果をどのタイミングで伝えるかといえば、サーブを打つ前です。どうブロックするか、といった指示を監督が出します。

つまりサーブを打つまでに、情報が最新になってないといけない。その直前のプレーで、相手の何番がアタックをミスしたという情報までもが反映されます。

セッター心理も考慮

セッターの心理としては、アタックミスをした選手にもう一度上げるというのは一般的にはやりづらく、そういうリアルタイムの情報を加味して、機械学習が最適解を出力します。

馬場:バレーボールは止まっている時間が長いスポーツで、サーブを打つまでに何秒あるんでしたっけ?

渡辺:サーブの笛が鳴ってから、8秒以内に打てばいいんですね。あとはどちらかに点が入ってホイッスルが鳴ってから、次のサーブの笛が鳴るまで15秒ある。そういう時間をうまく使います。

この前のW杯から僕もベンチに入って、より選手や監督・コーチに近い位置で情報を提供するようになりました。

高まり続けるアナリストの存在感

馬場:それはすごく画期的なことですね。どのスポーツにおいても、ベンチに座ってサーブの指示を出すといったコア業務に関わっているアナリストはそうはいない。

渡辺:最初はベンチの外から情報を入れていたんですけど、2015年にレギュレーションが変わったんですね。昔はメディカルスタッフが2人入らなければいけないというルールだったんですが、それがなくなった。

それならアナリストがベンチに入ったら、もっと情報を生かせるのではないかとなったんです。監督の横に座って。メンバーチェンジの札を用意したりもしていますけど(笑)。

コーチと機械、両方に聞く

──コーチによる分析データと、機械による完全な客観データをどう監督に伝えているのでしょうか。

渡辺:監督が面白いのは、8月と9月のW杯で機械学習のトライアルをしたときに、まずはコーチに「次はどこに来ると思う?」と聞く。

コーチは今まで通りのオペレーションで予想をします。で、次に監督は僕のほうを見て「SAPは?」と聞く。監督は両方をうまく活用しています。

──今後の可能性は?

渡辺:8月、9月の大会が終わった後にスタッフミーティングをしたときも、この取り組みはまだまだ可能性があるから、より精度を上げられるようにさらに力を入れようということになりました。

こちら側も、そもそも機械学習とは何なのか、どう活用できるかをもっと勉強する。すでにSAPさんやブレインパッドさんにはバレーボールのことを奥深くまで勉強していただいていますから、僕たちも機械学習を理解しなければなりません。

昨年12月に開催されたSAJ2014で、渡辺啓太はバレーボールにおけるデータ分析の取り組みを紹介。iPadに分析結果を表示して、リアルタイム分析に力を入れている

昨年12月に開催されたSAJ2014で、渡辺啓太はバレーボールにおけるデータ分析の取り組みを紹介。分析結果の表示にiPadを活用している

分析におけるUIの大切さ

──機械学習には、SAPのどんなソフトを使っているのでしょうか。

馬場:「SAPブレディクティブ・アナリティクス」というものです。小売業界などで使われているのですが、それをバレーボールのエッセンスを考慮して使うわけです。

渡辺:表示するUIにもこだわって、監督の意見をふんだんに取り入れていただいています。おかげで試合中にぱっと見て、直感的にわかるようになっている。

いくら良い分析があっても、試合中は見る時間が限られている。分析が高度化すればするほど、すごくUIは大事ですよ。

ドイツ代表も機械学習に着手

──ほかにスポーツ界で機械学習を使っているところはありますか。

馬場:サッカードイツ代表はパイロット版をつくり始めていますが、ここまでリアルタイムでやっているところはほかにないと思います。

実際にスポーツ界にあるのは、けがの予測モデル。練習の負荷、体調、休みの期間などを入力して予測するモデルがメディカルの世界であり、それに機械学習が使われ始めている。でも、秒単位でやるわけではありません。

渡辺:バレーボールは1セット27分くらいなんですが、ボールが動いているのは5分半しかない。5分の4は止まっている時間。だからこそ、その時間にデータを活用する力が問われるんです。

──どれくらいのデータを入力するんですか。

渡辺:ボールに触ったプレーはすべてです。アタック、サーブ、レシーブといったプレーが1試合で2500レコードくらいになる。

それぞれに変数がつき、たとえばスパイクだったら、強く打ったか、フェイントだったかとか。選手の身長なども考慮するので、結構なボリュームになりますよ。

日本最大のスポーツ分析イベント

──12月19日(土)に日本スポーツアナリスト協会主催で、スポーツアナリティクスカンファレンス「SAJ2015」が行われます。どんなイベントなのでしょうか。

渡辺:Bリーグ(プロバスケットボール)・チェアマンの大河正明さん、ラグビー日本代表のアナリストの中島正太さん、NewsPicksの櫻田潤さんらの講演セッション(有料)のほかに、SAPスポーツアナリティクス甲子園(無料)を開催します。

国内でスポーツデータを使った分析コンペが統計学会などで増えてきて、Jリーグもトラッキングデータの使い方を募集しました。

その優秀者を集めて発表会をやり、表彰します。馬場さんも審査員です。

ずっと頭にあるのは、ケルン体育大学がサッカードイツ代表をバックアップしているということ。分析をやりたい優秀な学生が、日本にもたくさんいるはず。日本スポーツ界は、大学生のパワーをもっと活用しなければいけないと思います。

馬場:今私がいるSAP本社近郊にある名門ビジネススクールのウォートンでも、結構スポーツをやっていますよ。

フィラデルフィアには4大スポーツすべてのプロクラブがあって、ホッケー、バスケ、アメフト、野球のスタジアムがウォートンから車で10分くらいのところにある。

ウォートンの卒業生がクラブで働いているし、スポーツマネジメントの現場の人が大学で教えたりしている。大学の先生がいろんな支援をして、学生のリソースを使ったり。大学との結びつきはすごく大事ですね。

渡辺:試みとして、僕たちは大学生にモチベーションビデオをつくってもらいました。映像はテレビ局に協力していただき、ディレクションはこちらでする。

学生たちは一生懸命つくって素晴らしい作品になり、鑑賞後の選手たちの感想を伝えると「やってよかった」と喜んでいた。

2020年東京五輪、そしてその後に向けて、学生時代にスポーツを通じて財産となるような経験をしましたという若者を増やしたいです。

馬場:私もイベントに行きますので、会場で見かけたらぜひ話しかけてください。

渡辺:スポーツにまつわる最新テクノロジーを展示してあるので、ぜひ足を運んでいただけるとうれしいです。

SAJ2015 -スポーツアナリティクスジャパン2015
http://jsaa.org/saj2015

【日時】12月19日(土)9:45 – 18:30
【場所】日本科学未来館(東京・お台場)
最寄り駅:新交通ゆりかもめ「テレコムセンター駅」下車徒歩約4分

【チケット料金(すべて税別)】
講演セッション:8000円(一般)/6000円(学割)
懇親会 -ネットワーキングセッション-:3000円
SAPスポーツアナリティクス甲子園および展示ブース:無料