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成功するローカライズ、案配の妙

アサヒはマレーシアで販売する缶コーヒーに自社ロゴを入れない

2015/12/13
 「ワンダ モーニングショット」や「ワンダ 金の微糖」でお馴染みのアサヒ飲料の缶コーヒーブランドが、海を越え、マレーシア市場に挑んでいる。

世界的な日本食ブームを受けて本場の味をそのままにと、あえて日本の味のまま勝負する戦略もある中、マレーシア人が求める缶コーヒーの美味さを徹底的に追究して誕生したマレーシア版「WONDA」の歩みを追った。

すると、積極的に「変えていく」ことと、ブランドの軸を「守る」こと、ローカライズのカギを握る本質が見えてきた──。

伸びる缶コーヒー市場

2013年12月、アサヒグループホールディングス(アサヒHD)傘下のPermanis(ぺルマニス)は、アサヒ飲料の缶コーヒー「WONDA」ブランドから「WONDAオリジナル」「WONDAラテ」「WONDAモカ」の3種類をマレーシアで発売した。

この「WONDA」ブランドとしては初の海外展開を商品開発からけん引してきたのが、アサヒHDからぺルマニスにエグゼクティブダイレクターとして出向中の西﨑聡一氏だ。

2011年にアサヒHDは、マレーシア第2位の飲料会社で「ペプシコ」の独占的ボトラーであるぺルマニスを買収し、ここを東南アジア事業の拠点と位置付けた。

飲料売り上げでは、炭酸飲料、アイソトニック、果汁飲料と続き、缶コーヒーや茶系飲料が占める割合はまだ少ない。それでも、近年2桁成長が続いていること、ここ10年で缶コーヒー文化が着実に根づき始めているという手応えが、日本国内のみだった「WONDA」ブランドをマレーシアで展開する決め手となった。

欧米系のカフェから街中の屋台まで、コーヒーの種類、飲用スタイルは、ここマレーシアでも年々多様化している。マレーシアの主な缶コーヒーユーザーは、日本が40~50代男性なのに対し、20~30代男性と若い。

屋台のコーヒーが1~1.5リンギット程度(約30~40円)なのに対し、缶コーヒーは2リンギット程度(約60円)と割高だが、平均所得の向上とともに、保存が利いていつでも飲める缶コーヒーの便宜性や利点に価値を置く人がこの世代を中心に増えているのだろうと西﨑氏は分析する。

ちなみに日本では工事現場などで働く人やタクシー運転手の消費量が多い傾向にあるが、これはマレーシアでも同じである。

「WONDA」ブランドは、品質の高さとコーヒー豆の煎りたて、ひきたて、淹れたてを表現するおいしさにこだわっている。しかし筆者が知る限り、マレーシア人の多くはやたら甘ったるいミルク入りのコーヒーを飲んでいる。

コーヒー豆の味にこだわっているようにはとても思えない人たちに、この「WONDA」らしさはウケるのか。筆者が始めに抱いた率直な疑問であった。

マレーシア市場向けに開発された「WONDA」シリーズ3種(オリジナル・ラテ・モカ)。現地で一般的な240ml缶を採用し、ハラル認証も取得している。出典:http://www.asahigroup-holdings.com/news/2013/1210_2.html

マレーシア市場向けに開発された「WONDA」シリーズ3種(オリジナル、ラテ、モカ)。現地で一般的な240ミリリットル缶を採用し、ハラル認証も取得している。出典:http://www.asahigroup-holdings.com/news/2013/1210_2.html

マレーシアで受けるコーヒーとは

アサヒHDとぺルマニスの共同で始まった「WONDA」の商品開発には実に2年の歳月がかかった。現地のコーヒー嗜好(しこう)を探るうえで一番苦労したのが、缶コーヒーユーザーがこだわるおいしさの基準だった。

定性調査でまず日本の「WONDA」を試飲してもらうと、甘さが足りないという指摘は予想通りだったが、理解に苦しんだのは「コーヒー感が足りない」という声。

「いろいろなコーヒーを飲んでもらうと、われわれ(日本人)にとってはまるでコーヒー感のかけらも感じられないようなコーヒーを『これはコーヒー感があっておいしい』という。彼らのいう「コーヒー感」とは一体何なのか。これを解明するまでに結果的に1年もかかりました」(西﨑氏)

当時、90%近い圧倒的なシェアを誇っていたのはネスレの「ネスカフェ」。

マレーシアで70年以上の歴史を持つネスカフェがコーヒー文化に与えた影響は絶大で、日本のある世代にとってコーヒーといえば喫茶店のブレンドコーヒーであったように、多くのマレーシア人にとってネスカフェの砂糖、パウダーミルク入りのインスタントコーヒーがコーヒーの原体験であり、基本の味となっていたのだ。

彼らのいう「コーヒー感がある」とは、つまり「コーヒーの苦さと甘さ、パウダーミルクのバランスがよいこと」を指すのではないか、という結論を苦労の末に導き出した。

そもそも競合と比べて目隠しで現地の人たちに選ばれる味でなければ、いくら「WONDA」らしさを訴求しても勝ち目はない。商品開発で第一に求められたのは現地の嗜好をとらえた味だった。

「WONDA」のこだわりはその「おいしさ」の方向性の中で表現していく、つまり現地式の「コーヒー感」を確保した後にコーヒー豆や香りのよさといった「WONDA」らしさを詰め込んでいく。

日本の既存商品に固執せずに積極的に「変えていく」ことと、ブランドの軸を「守る」こと。時には相反するこの案配がローカライズの難しさであり、成功のカギを握っているといえそうだ。

マレーシアならではのもう1つの難関はハラル認証の取得。国民の6割強を占めるイスラム教徒はハラル認証の有無を確認してから商品を購入するのが習慣になっている。

アルコールや豚は、一見するとコーヒーには関係なさそうだが、話はそう簡単ではない。まず香料は触媒にアルコールが使われることが多い。アルコールを使わない香料を探し当て、求めるフレーバーをつくり出す作業は決して容易ではなかった。

またコーヒー豆やミルク等、豚やアルコールと一切関係ない原材料であっても、日本の商品の原材料を使ったらアウトである。ハラル認証された原材料を使わなければハラル認証は取得できない。

原材料の調達先の選定から手続きまで、ぺルマニスが培ったノウハウがなければハラル認証の取得だけで、発売まであと1~2年はかかっただろうと西﨑氏は振り返る。

現地とのパートナーシップの構築は、現地ビジネスには欠かせないと改めて気づかされるエピソードだ。

ところで、缶のデザインを見るとアサヒのロゴはどこにも見当たらない。アサヒHDはカールスバーグマレーシアを通して「アサヒスーパードライ」を販売している。

「アサヒ=ビール」というイメージの先行はムスリムの消費者にとってはマイナスの先入観につながりかねないため、缶コーヒー「WONDA」にはあえてロゴを入れない決断をした。

また、ジャパンブランドだとわかるアイコンは、カタカナの「ワンダコーヒー」のみ。缶コーヒーで「日本」を前面に押し出すことは高品質の担保にはつながるかもしれないが、日本のコーヒーが有名なわけでもないし、一部の親日家をターゲットにした商品でもない。競合を脅かすもっと大きなパイを狙って、あくまで商品力で勝負を賭ける。

現地社員発案の広告で心を掴む

2014年1月から本格的に開始された販促活動。TVコマーシャルやビルボードに加え、販売当初には「五感に訴えるシリーズ」と称する新聞広告を入れた。付属のメガネで3Dに見える広告(視覚)、立体的に立ち上がるしかけ広告(触覚)、CMのジングルが流れ出す広告(聴覚)、コーヒーの香りを刷り込んだ広告(臭覚)、割引券がついた広告(味覚)を順に5日間連続で投入した。

さすがに「臭覚」の日の新聞スタンド周辺は、コーヒーの香りがまん延してたまらなかったというが、こうしたユニークな発案はすべて現地社員から出たものだという。

「音楽や起用する芸能人、手法など、どんなものが現地の人々の心に響き、受け入れてもらえるのかわれわれ(日本人)にはわからない。特に販促では現地社員の意見をよく聞いて、時には思い切って任せてしまうことが大事。そうすると、どうしても日本の固定観念にとらわれがちな日本人からは出てこないような面白い発想を引き出すことができる」(西﨑氏)

この「五感に訴えるシリーズ」広告は現地で広告賞も受賞し、現地社員の大いなるモチベーションアップにもつながった。

「驚きのある販促」を求めて生まれた新聞広告「五感に訴えるシリーズ」。多民族国家マレーシアの国情に合わせて、新聞広告やCMのジングルも各言語で展開する。

「驚きのある販促」を求めて生まれた新聞広告「五感に訴えるシリーズ」。多民族国家マレーシアの国情に合わせて、新聞広告やCMのジングルも各言語で展開する

発売開始から約2年。ニールセンの直近のデータによれば、「WONDA」の缶コーヒー市場のシェアは約13%。順調にシェアに食い込み、拡大しているように見える。とはいえ、追いかけるトップの背中は見え始めたばかり、戦いはこれからだ。

たとえばより健康的なもの、もっと甘いものなど細かい需要を敏感に拾いとってバラエティを増やしていくことも大事だろうと語る西﨑氏。やれることはまだまだあると意気込む。

ちなみに日本ではブレンドタイプのオリジナルが一番売れるのが常識のようだが、マレーシアではよい意味で予想に反してほぼ3等分だという。

自国の常識は他国の常識ではないと頭ではわかっていても、先入観や思い込みに引きずられるのが人間だ。それはローカライズの大きな壁にはなるが、日本人だけでなく相手も持ち合わせるものだからこそ、制した先には新しいものを生み出す武器になる、西﨑氏の取材から筆者はそう感じた。

(取材・執筆:和田麻紀子、編集:岡徳之)