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馬場渉インタビュー第2回(全4回)

ウバノミクスと柔軟な型。デジタル時代に大企業が勝つ仕組み

2015/12/11
SAPのグローバルタレント選抜制度により、馬場渉は10月1日付でアメリカ本社に異動した。配属されたのはコンサルやデザイナーが集うデジタル変革の部署。いったいどんな仕事をしているのか。

──馬場さんが所属した「デジタル・トランスフォーメーション」の部署は、どんな国の人がいるのでしょう。

馬場:ボスがモロッコで、アメリカ、フランス、スイス、カナダ、イスラエル、メキシコ、南アフリカといった構成です。普段話題にも上がりませんけど。

今は特命班といった感じですが、それではスケールしないので、ステップ1でわれわれ自身が特定企業と実践して、デジタル時代に勝つ仕組みをつくる。ステップ2でそのメソッドを標準化して、世界中に展開するためのコンテンツづくりをする。

たとえば大企業がデジタル化に備えるためには、「この5つの視点で、この3つの要素で、この4つのプロセスでやりましょう」という型(フレームワーク)をつくる。やり方を可視化して、世界の誰でも実行できるようにするわけです。

2つのステップのフェーズは平行していて、自分たちが特定の企業とモデルを一緒につくりながら、同時に標準化して25業界あるいはそのさらに細分化された業界にコンテンツ化します。

そのために毎日、各業界のデジタル・フレームワークレビューが入ってくるようになっています。

アメリカのフィラデルフィア郊外にあるSAP本社にて。「デジタル・トランスフォーメーション」のボス(右端)と同僚たちと議論(写真:馬場渉)

アメリカのフィラデルフィア郊外にあるSAP本社にて。「デジタル・トランスフォーメーション」のボスと同僚たちと議論(写真:馬場渉)

デジタル時代の勝者の要素は何か

──各業界からのフレームワークレビューとは?

世界中に各業界の担当チームがいる。そこに対して僕らがフレームワーク(型)を提供する。業界チームはその共通フレームワークを使って自分の担当する業界がデジタル変革するための要素を再構成します。

このフレームワークは主に従来のモデルで成功した非デジタル企業がデジタルネイティブのように変わり、デジタル時代でも成功し続けるためのスピーディで効果的な手法を提供することを目的としています。

デジタルというと、オムニチャネルとか、スマホの何かのアプリとか、わかりやすいほうに議論が集中しがちなんですが、顧客への提供価値というものは直接の顧客接点以外も含めた複合的な要素の組み合わせです。

デジタル時代のリーダーのビジネスモデルを可能にしている本当の要素は何なのか? ということです。

馬場渉(ばば・わたる)38歳。SAPのChief Innovation Officer。大学時代は数学を専攻。ドイツ代表のブラジルW杯優勝によって同社の高いIT技術に注目が集まり、馬場に日本の各スポーツ界から問い合わせが殺到。サッカーにとどまらず、バレーボール、野球、ブラインドサッカーなど、多くのチームの強化に携わるようになった。今秋、SAP本社から声がかかり、10月1日付でアメリカへ。フィラデルフィアに住み、車でニュータウンスクエアにある本社に通っている(写真:編集部)

馬場渉(ばば・わたる)
38歳。SAPのChief Innovation Officer。大学時代は数学を専攻。ドイツ代表のブラジルW杯優勝によって同社の高いIT技術に注目が集まり、馬場に日本の各スポーツ界から問い合わせが殺到。サッカーにとどまらず、バレーボール、野球、ブラインドサッカーなど、多くのチームの強化に携わるようになった。今秋、SAP本社から声がかかり、10月1日付でアメリカへ。フィラデルフィアに住み、車でニュータウンスクエアにある本社に通っている(写真:編集部)

業界ごとのノウハウも大事

デジタル時代でも顧客、サプライヤー、ワークフォース(従業員および従業員以外の労働力)、モノ、そして内部のコアプロセスは引き続き存在し続けます。僕はこれを人間の五感と脳と神経系統と整理しています。

Uber(ウーバー)は顧客とデジタルにつながっていますが、同時にワークフォースをデジタルに運用し、車両とエリアの状態をデジタルでネットワークし、サプライヤーとの関係も従来とは異なります。

顧客ともアウトカムエコノミー(成果を売る時代)ですが、ワークフォースやサプライヤーとの間にもアウトカムエコノミーが存在することを忘れちゃいけません。

料金も賃金もデータドリブンで、リアルタイムデータがアルゴリズム処理で瞬時に決定します。内部プロセスとして価格決定や受注、売上計上や請求や入金、または原価の算定といった処理が走っていて、これら伝統的な処理もデジタル化された新たな外部接点と完全に連携します。

肝となるポイントは業界ごとに大きく異なります。逆説的ですが業界ノウハウというのは極めて重要なんです。だから同じフレームワークを用いても、業界別に時間をかけてレビューします。

そうやって型にしたものを、ホワイトペーパーようは白書として、各業界向けにつくる。それをある種のマニュアルにして、きちっとグラフィック化・映像化して、世界中に配る。そうすればみんな一生懸命勉強しますよね。

型を固定しすぎない

ただしフレームワークはフレームワークですから、コンテンツをあまりに固定的につくりすぎてはダメなんです。皆が使える型なんだけど、フレキシブルでアジャイル(俊敏)なもの、それが大事です。

従来の業界のくくりはデジタル時代にはまったく意味を持ちません。化学メーカ、機械メーカ、保険会社、IT企業、小売業それらがすべてアグリビジネス(農業関連産業)化し競合している時代です。

保険業は安心実現産業であり、チャレンジ支援産業です。車、家、健康医療、それぞれの業界と密接に関わります。

商品やビジネスプロセス中心の時代の業界区分と、ビジネスモデルがより重要な時代での業界区分とでは、まったく視点が異なってくるわけです。それでもやはり業界は重要であり続けます。

エクストリーム・サイクルタイム

レビュー中に僕らは、インダストリー・スワッピングで課金を持ってきたり、エクストリーム・サイクルタイムと呼ぶ手法で、これまで常識とされていた時間を極端に短縮できたら? と、業界の非常識量産化のための型を用います。

業界ごとにつくったものをさらにスワッピングしたりして、新しいビジネスモデル、新しいビジネスプロセス、新しい働き方をスピーディにつくるためには、それぞれが共通のフレームワーク上で議論されていないとかみ合いません。もちろんソフトウェアもです。

ウバノミクスという成功例

──会社全体で、組織的に高度な集約と抽象化を行うと。

まさに。それに応じて、コンテンツ化だけでなくて、製品・サービスの価格付けとか、製品の開発とか、サービスのメニューづくりとか、全部連動して変えていかないと、絵に描いた餅になる。そのへんはステップ3で、地味だけどやらなければならない作業ですね。

ウーバーの仕組みはよくできているので(日本での配車モデルは除く)、最近ではウバノミクスとかウバライゼーションなどとも言います。大事なのは考え方だけではなく、その要素を構造化して実現方法までもフレームワークとしてパッケージングしてしまうことです。

大競争の時代に突入

──仕事の内容を聞くと、テクノロジーが融合していて、従来のコンサルタント業務からさらに発展していると感じました。

ある種の大競争が始まっていると思います。先日、PwC(プライスウォーターハウスクーパース)が広告代理店業務で900億円規模の収益を出したという記事がNewsPicksで回っていましたが、マッキンゼー、BCG(ボストン コンサルティング グループ)、アクセンチュア、PwC、デロイトは、デザイン会社などを買収してデジタルエージェンシーとしての機能を強化している。

一方で、世界最大手の広告代理店のWPPみたいな会社も、マーケティングではなくて今後はIT部門に選ばれたいと言っている。われわれIT会社も変化していて、それぞれ完全に競合するわけではなくて、強みを生かしながらパートナーを組んでいく時代になっていくと思います。少なくとも一昔前のように、ソフト屋、コンサル屋というくくりはなくなりつつある。

クラウドやソフトウェアのテクノロジー、左脳的MBA、右脳的デザインシンキング、すべてが合わさらないと戦えない。それにみんな気がついている。

人材だけいますというところは、どうテクノロジーを身につけるか。どうアセットにしてスケールさせるか。そういう大きな変化が訪れています。この業界もデジタル変革の渦中にいるんですよ。

*インタビュー目次
第1回:勝てる非常識のつくり方。インダストリー・スワッピングの思考法
第2回:コンサルとデザイナーが融合。東海岸×西海岸の組織づくり
第3回:ウバノミクスと柔軟な型。デジタル時代に大企業が勝つ仕組み
第4回:日米CEOの違いは危機と成長への感受性。スポーツに勝機あり