大人が熱中するようなゲーム感覚に期待
フィンテックで投資教育は変わるか
2015/12/10
前回は、投資教育を否定するかのようにもてはやされた行動経済学の知見はどこまで頼れるのかについて考えてみました。10年ほど前から行動経済学の知見をもとに制度の自動化が進んできましたが、ここにきてオンラインゲームの要素を投資教育に取り入れたゲーミフィケーションや、オンラインでのコミュニケーションと人工知能を使ったロボ・アドバイザーなど、フィンテック(FinanceとTechnologyを組み合せた造語)の要素を多分に盛り込んだ投資教育への新しいアプローチが注目されています。「自動化」を資産形成制度に取り込むことから、そのもの自身の「自動化」へと拡大してきた投資教育は、われわれの資産形成にどんな意味を持つのでしょうか。
ゲーミフィケーションの活用
ゲーミフィケーション、Gamificationという言葉をご存じでしょうか?
楽しみながら熱中するゲームの要素を日常の生活のさまざまなことに活用することを総称した言葉で、最近使われ始めたマーケティング用語です。
私は数カ月前に新しい電動歯ブラシを買ったのですが、その歯ブラシには時計がついていました。時刻を表示するほか、歯磨きを始めると30秒ごとに4分の1ずつ円周の色が変わって2分でひと回りするグラフが表示されます。
歯の上下左右を4分割したイメージで歯磨き時間を指示してくれるグラフで、1周するとスマイルマークに変わります。
これで毎日、朝の歯磨きはちゃんと2分しっかり磨けるようになりました。ちょっと子どもっぽい毎朝の日課ですが、これがゲームの要素を生活に取り入れるゲーミフィケーションの一つの事例です。
子どもがゲームをするように、投資教育ツールに熱中してくれたらどんなに資産形成の世界が変わるでしょうか。いや、子どもでなくても、携帯ゲームにはまる大人がそのまま投資教育ゲームにはまってくれたら、どれだけ投資教育は進歩するでしょうか。
ずいぶん前から投資教育のゲームソフトはありました。私も5、6年前に大手新聞社が経済を勉強するためのゲーム機専用ソフトの開発をすることに協力したことがありましたが、現在のゲーミフィケーションは、その時代とはかなり様相が違っています。
ベンチマークに勝ってみよう
フィデリティ投信は10月にアメリカのフィデリティ・インベストメンツからゲーミフィケーションのアーキテクチャを招聘(しょうへい)して、日本で確定拠出年金(DC)のセミナーを開催しました。その内容は、米国における投資教育でのゲーミフィケーションの活用事例に触れる、大変興味深い内容でした。
旧来の投資教育のゲーム化は、まさしくゲームソフトを作成することでしたが、今のゲーミフィケーションは技術的にも当時と比べて雲泥の差があって、オンラインでのアクセスが前提ですし、スマートフォンやタブレットなどの端末も多様化、日常化しています。
しかし、それ以上に、投資の学習にいかに熱中させられるかという要素をツールに持ち込んでいる点で、まったく様相は変わっているのではないでしょうか。
ちなみに、フィデリティ・インベストメンツが公開している投資教育のゲーミフィケーションのサンプルにわれわれもアクセスできます(英語ですが)。Beat the Benchmarkという名前のデモがありますので、やってみてはいかがでしょうか。ただし、あまりはまらないでくださいね。
投資啓蒙ツールのポートフォリオ
こうした新しい投資教育の流れは何を意味しているのでしょうか。
前回のコラムでは、行動経済学の知見と投資教育の関わりをまとめました。行動バイアスを抑制するために投資行動をコントロールする「自動化」は、投資教育と併存できること。しかし、新たに議論されている確定拠出年金の投資商品の本数制限といった「強制」は投資教育の否定になるのではないか、といったことがポイントでした。
このゲーミフィケーションも、従来の投資教育に取って代わるものなのでしょうか。
セミナーでの、アーキテクチャが質問に答えた言葉が私には心に残りました。
「自動加入などの制度設計の流れは、従来の投資教育の否定の上に登場してきたとの指摘があるが、再びゲーミフィケーションで投資教育が盛んになろうとしているように見受けられる。何か変化が起きているのだろうか?」との質問に、彼は「投資教育も自動化の制度設計も、そしてゲーミフィケーションも、投資を学ぶためのツールのポートフォリオの一つだと思えばいい」との答えでした。
確かにその通り!
これまで自分も資産形成を進める施策として次々に新しいものが登場するごとに、ついどれが正解なのかを考えてしまっていました。でも、顔を合わせて行う投資相談も、自動加入の設計も、そして若い世代にも馴染みやすいであろうゲーム感覚の投資啓蒙ツールもそれぞれに存在意義があって、それぞれに活躍できる場所があるはずです。
多くの方法が存在すること自体が、資産形成の理解を進めるための可能性を広げてくれると信じています。
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*本連載は毎週木曜日に掲載予定です。