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ベトナム代表監督・三浦俊也インタビュー(第2回)

異国で選手の心をつかむ。ベトナム代表の日本人監督が行う心がけ

2015/12/9

インバウンド景気に沸いた今年、訪日旅行者数が史上最高を記録する見込みとなった。

外国人観光客の旺盛な消費意欲は、2020年の東京五輪に向けて右肩上がりが続くと予想され、日本経済の新たな起爆剤となっている。

中でも、急増しているのが東南アジアからの旅行者数だ。Jリーグが推し進めるアジア戦略においてもカギと言える地域となるが、彼らの持つ文化やメンタリティはいかなるものなのか。

Jクラブの指揮官を歴任し、現在はベトナム代表監督を率いる三浦俊也監督に、東南アジアの問題と可能性を聞いた。

三浦俊也(みうら・としや) 1963年岩手県生まれ。駒澤大学卒業後の1991年に指導者を目指して、ドイツにコーチ留学。ケルン体育大学でA級コーチライセンスを取得した。帰国後に大宮アルディージャ、コンサドーレ札幌、ヴェッセル神戸、ヴァンフォーレ甲府の監督を務め、大宮と札幌をJ1昇格に導く。2014年5月8日に、2年契約でベトナム代表の監督に就任。リオデジャネイロ五輪を目指す同国のU-22代表監督も兼任している

三浦俊也(みうら・としや)
1963年岩手県生まれ。駒澤大学卒業後の1991年に指導者を目指して、ドイツにコーチ留学。ケルン体育大学でA級コーチライセンスを取得した。帰国後に大宮アルディージャ、コンサドーレ札幌、ヴェッセル神戸、ヴァンフォーレ甲府の監督を務め、大宮と札幌をJ1昇格に導く。2014年5月8日に、2年契約でベトナム代表の監督に就任。リオデジャネイロ五輪を目指す同国のU-22代表監督も兼任している

守備哲学が欠落しているベトナム

──東南アジアサッカーの成長は目覚ましいですが、約1年半の間、ベトナム代表の監督をされて、課題は何だと思いますか。

三浦:いろいろあるのですが、現場レベルでいうと、ハードワーク、球際での競り合い、守備の意識ではないかと思います。

──具体的にどのようなシーンで感じますか。

自分たちがボールを保持している間はいいプレーをしますが、ボールを失った瞬間にプレーを終えてしまうことが多々見られます。

アジアのナンバーワンクラブを決めるAFCチャンピオンズリーグ(ACL)に出場しているタイのブリーラム・ユナイテッドFCくらいのレベルになると、外国人選手のクオリティも高く、かなり強い。ブリーラムはACLではグループステージで敗退しましたが、ガンバ大阪らと同グループで勝ち点10を奪っています。

しかし、ベトナムのチームは今年のACLでどうだったのか? コンサドーレ札幌に在籍経験のあるレ・コン・ビンが所属するベカメックス・ビンズオンは、ベトナムで一番強いチームです。ところが、柏レイソルに1-5で大敗するなど、グループ最下位に終わりました。

2番目に強いといわれるハノイT&Tも、予選2回戦こそインドネシアのチームに勝ちましたが、本戦の出場権をかけたプレーオフで韓国のFCソウルに0-7で敗れています。敗因はハードワーク、球際での競り合い、守備の意識による差が出ていると思います。それともう1つ重要な要素が欠けています。

ベトナムは分析という文化がない

──もう1つの要素とはなんでしょうか。

対戦相手を分析しないことです。相手の強さを分析したうえで戦い方を考えたり、相手の戦い方から攻略法を考えるのは基本だと思います。しかし、相手を分析するというプロセスがないのです。いつもと同じように試合に臨み、結果として負けてしまいます。

──スカウティングの担当者はいないのでしょうか。

いないですね。僕も初めに驚きましたが、「分析」という文化がありません。ですから、僕自身は今回のW杯予選で分析を取り入れ、いくつかうまくいった試合もあります。そういう意味でも、コーチのレベルをさらに上げないといけませんね。

目の前の結果に集中してしまう

──ほかの課題はいかがですか。

チームを強化するうえで大事なことは「積み上げ」になります。つまり長期的な育成です。

ベトナムやほかのASEAN(東南アジア諸国連合)諸国も、十分に伸びしろはあります。しかし、彼らは長いスパンで考えて仕事をできない。目の前の試合における勝敗だけで、一喜一憂してしまうのです。

これは、積み上げができず本当にもったいないこと。結果として、日本のようなアジアの強豪国に負けてしまう。それは東南アジアだけでなく、中東にも言えます。目先の結果を優先してしまうのです。

日本人同様、集団行動が得意

──日本と比較してみた場合、長所はあったりしますか。

ベトナム全体として、日本と似ているのは集団行動が得意なところです。農耕民族だからだと思いますが、日本人以上に集団で行動します。ヨーロッパのような個人主義で成り立っている社会とは違いますね。その点は、指導していて楽と言えば楽です。1人だけ違うことをする選手はいません。

──そういう文化は、ピッチの上でプラスとして発揮されているのでしょうか。

チームで戦うという意味では、現在はプラスにできていると思います。ただ、前回も言いましたが、ベトナムの選手は日本人以上にボディコンタクトを嫌います。

普段の生活を見ていても、ヨーロッパのように意見をぶつけ合って、互いに怒鳴り合うことはありません。日本人と同じで、性格的に言い合うことはできないと思います。

試合中でも、味方と怒鳴り合っているところは見たことがありません。言い合いになった場合、いつまでも根に持たれることを心配してしまうようです。日本人なら感覚的にわかるかもしれませんが、そのあたりは日本人に似ていますね。

それと、年上で地位の高い人物には意見ができません。年上は自動的にリスペクトされるという点も、日本と価値観が似ています。

熱狂に身を置きながら、冷静にベトナムの現状を分析している

熱狂に身を置きながら、冷静にベトナムの現状を分析している

東南アジアにはびこる八百長問題

──サッカー界全体として、問題は何かありますか。

僕が監督に就任してからもいくつか問題は起きています。ただ、日本人の選手は夢や野心があってサッカーをしていますが、ベトナムでは貧困から抜け出し、親の援助のためということを含めてプレーする選手も多くいます。

貧困は教育レベルが高くないことにつながり、それによって何が起こるかと言えば、先ほども言ったように目の前のことがすべてになってしまう。目先のおカネ欲しさに、簡単に八百長をしたりもするようです。

ASEANの多くの国で八百長の問題があるようですが、背後にマフィアがついている場合が多いとのことです。これは南米やヨーロッパでも起きている問題で、八百長がないのは日本など少数の国だけと言えます。どこの国でも当たり前となっている部分があり、常にケアをしないといけませんから、簡単に解決しない問題と言えると思います。

──インドネシアの映画で、八百長問題にフォーカスした作品を見たことがあります。それだけ日常茶飯事ということでしょうか。

どう考えても勝てない試合で勝利したり、あるいはその逆の場合があったり。そういうことが、普通に起こっているようです。実際に今年のシーゲームでは、大会前に東ティモールやラオスの関係者が、事情聴取を受けていました。

ベトナムリーグでも2014年シーズンに八百長が起こり、選手が逮捕された事件が2度もありました。八百長に対する処罰が厳しくなり、関与した選手は永久追放処分を受けました。それもあってか、2015年シーズンでは、八百長の発覚はなかったようです。

監督と選手の深い絆

──深い問題ですね。難しい環境だと思いますが、ベトナム人を指導される際に心がけていることはありますか。

ベトナム人はプライドが高く、人前で注意することは避けるべきだとよく言われました。ただ、それを言っていたらきりがないので、僕は人前で怒鳴るときもあります。

人前で怒鳴るのは、チームの勝利のためにしてはいけないプレーを選手全員にわからせるためでもあります。1人に注意して、またもう1人に注意していたらチームは動きません。もちろん、褒めるべきところはどんどん褒めます。

僕は選手をリスペクトしていますから、選手も僕をリスペクトする感じです。選手とは本当にいい関係が築けていると思っています。

──ほかに配慮していることはありますか。

彼らの文化へのリスペクトです。これは絶対必要ですね。

ベトナムへ行ってから気づいたことですが、彼らには昼寝をする文化がある。午前中の練習がハードだったら、昼食を取ってからしっかりと2時間くらい昼寝をするのです。ですから、午後の練習は昼寝を考慮して4時や5時からスタートさせる。このあたりの配慮は大事で、強引に練習を行ってもあまり効果は上がりません。

また選手たちは、夕食後に必ず外出するのです。友達と会って、コーヒーを飲みに行ったりしているようです。就任当初は「外出するのではなく、マッサージを優先しなさい」と注意していましたが、非常に嫌がられました。

それで彼らの生活を観察してみたら、1年を通して基本的に2人部屋の生活で門限も決められていた。寄宿制の高校生のように、常に合宿生活をしていることに気づいたのです。大人になっても、よく耐えられるなと思いながら、彼らをできるかぎり生活面で拘束しないように配慮するようになりました。

東南アジアは日本を越えるのか

──11月に行われたW杯2次予選で、日本代表がシンガポール代表に3-0で快勝しました。東南アジアのサッカーが、日本に追いつき追い越すことは実現すると思いますか。

現実的に考えれば、追いつくような存在にはタイが一番近いと思います。タイはすべての面でASEAN諸国を上回っています。

ただ、ASEANの国々が日本や韓国、中国、オーストラリアに勝てるようになるには、まだまだ時間がかかると思います。理由の1つとして、リーグのレベルが違います。しかし、その中でもタイのレベルは上がっていて、日本人選手が活躍できないケースも生まれています。

BECテロ・サーサナFCでプレーした岩政大樹やムアントン・ユナイテッドFCに所属する青山直晃といった元日本代表クラスの選手は活躍していますが、移籍した選手全員が活躍できているわけではないようです。

アジアの強豪国に追いつくためには、ASEANのリーグのレベルが上がること。たとえばACLで上位に進出するようなチームが出てきたり、選手たちのアジアの強豪国やヨーロッパへの移籍が実現すること。この2点が実現すれば、東南アジアの国々にも大きな可能性が出てきます。

今も日中韓やオーストラリアの選手たちはヨーロッパへ移籍して、トップレベルでもまれることによって上達している。もちろん、東南アジアがそこまでいくには時間がかかると思いますが、可能性は十分秘めていると思います。

──ほかに強化方法はあるのでしょうか。

日本がなぜ強くなったのか。下部組織を充実させ、指導者の育成をし、トップリーグを強くしていった結果です。これ以外にありません。サッカー強豪国になるために、マジックは存在しません。

(撮影:福田俊介)

*本連載は毎週水曜日に掲載予定です。