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『ぼくらの仮説が世界をつくる』

【佐渡島庸平】「作家を応援する仕組み」をつくる

2015/12/9
 クリエイターのエージェント会社コルク代表、そしてNewsPicksのプロピッカーでもある佐渡島庸平氏は南アフリカで学生時代を過ごし、灘高、東大、講談社を経て起業した、業界でも注目の若手経営者だ。

『宇宙兄弟』などを大ヒットに育て上げ、現在は作家エージェントとして出版の理想の姿を追い求めている。彼が意識しているのが「仮説を先に立てる」ことだという。情報を先に集めて仮説を立てると新しいことはできない。先に大胆な仮説を立て、それを全力で実現していく。そうすることで革命は起こせるのだという。

その佐渡島氏の思考が詰まった初の著書『ぼくらの仮説が世界をつくる』が12月11日に発売される。その3章「インターネット時代の編集力―モノが売れない時代にぼくが考えてきたこと」を5日連続で無料公開する。
第1回:質を高めても売れない時代がやってきた
第2回:インターネットで親近感をつくるには

ファンクラブの運営

親近感を抱いてもらい、作品と触れ合う「分人」を引き起こすことが大切である。そのことに気付いたぼくが、いま力を入れているのが「ファンクラブの運営」です。

いま、コルクで育成しているマンガ家に羽賀翔一さんがいます。

彼を応援してファンになってもらう仕組みとして、ミュージックセキュリティーズという会社と「投資ファンド」を作ったことがあります。「羽賀翔一を応援するために投資してください」と呼びかけたわけです。すると130人くらいが投資をしてくださいました。

そのお金を元手に『ケシゴムライフ』という本を作製し、書店で売りました。本は2000冊ほど売れ、印刷代は回収でき、投資してくれた人にお返ししました。

そして、売れ残った本は倉庫に入れずに、名刺として配ることにしたのです。

ふつう出版社は、本は売り物なので無料で配ったりはしません。でもぼくらは、「羽賀翔一」というタレントをどうやって有名にするかを考えているわけです。目的はファンクラブの結成なので、本も名刺代わり、というわけです。

「羽賀翔一の本を作る」というのは、羽賀さんを有名にするための手段のひとつに過ぎません。ぼくらが目指していることは、羽賀さんの本を売ることではなく、羽賀さんのファンになってもらうことなのです。

書店で売るだけだと、『ケシゴムライフ』を1冊600円ほどで買って終わりです。どんなにファンでも使うお金は600円。でも、ぼくらは、濃いファンを育てたいのです。「羽賀翔一のために毎日過ごしている」くらいの人を作りたい。

そこで、SNSをめいっぱい使ったり、イベントを企画したりするなどして、ファンを育てようとしています。コルクの仕事は、ファンと作家とのコミュニケーションのマネジメントなのです。

「作家の価値を最大化する」には、このようなファンクラブの運営が必須であると考えます。ファンクラブが、強固であればあるほど、安心して作品作り、商品作りをできるので、作家の頭の中を「パブリッシュ」することが容易になるのです。

佐渡島庸平(さどしま・ようへい) 1979年生まれ。中学時代を南アフリカ共和国で過ごし、灘高校に進学。2002年に東京大学文学部を卒業後、講談社に入社し、モーニング編集部で井上雄彦『バガボンド』、安野モヨコ『さくらん』のサブ担当を務める。2003年に立ち上げた三田紀房『ドラゴン桜』は600万部のセールスを記録。小山宙哉『宇宙兄弟』も累計1600万部超のメガヒットに育て上げ、TVアニメ、映画実写化を実現する。伊坂幸太郎『モダンタイムス』、平野啓一郎『空白を満たしなさい』など小説連載も担当。2012年10月、講談社を退社し、作家エージェント会社、コルクを創業

佐渡島庸平(さどしま・ようへい)
1979年生まれ。中学時代を南アフリカ共和国で過ごし、灘高校に進学。2002年に東京大学文学部を卒業後、講談社に入社し、モーニング編集部で井上雄彦『バガボンド』、安野モヨコ『さくらん』のサブ担当を務める。2003年に立ち上げた三田紀房『ドラゴン桜』は600万部のセールスを記録。小山宙哉『宇宙兄弟』も累計1600万部超のメガヒットに育て上げ、TVアニメ、映画実写化を実現する。伊坂幸太郎『モダンタイムス』、平野啓一郎『空白を満たしなさい』など小説連載も担当。2012年10月、講談社を退社し、作家エージェント会社、コルクを創業

人生における「居場所」の大切さ

人生において「居場所を見つける」ということは、すごく重要です。

会社を探す、仕事を探すというのも、根本的には「居心地のいい場所を探す」ということではないでしょうか。ぼくの起業という選択も、自分探しではなく、「居場所探し」の末に見つけた場所でした。

自分の居場所をどうやって見つけるのか?

たとえば「リンゴが好き」とか「メロンが好き」という人同士が「おまえもリンゴが好きか!」と言って深く結びつくことは、想像できません。リンゴが好きな人もメロンが好きな人も大勢いて、自分と同じように好きな人を見つけてもそこまで感動しないでしょう。

でも、同じ本を好きであれば、深い結びつきを感じることがあります。

ぼくは、アン・マイクルズというカナダの詩人が書いた1作目の小説『儚い光』がすごく好きです。もし、その本をぼくが薦めたからではなく、好きで読んでいる人がいたら、ぼくはその人と心の奥底で通じ合えると思って、友人になろうとするでしょう。

その人の人生自体に興味を持つでしょうし、「ちょっと一杯飲みに行くか」という流れに確実になる。「アン・マイクルズが好きな人で、悪い人なんていないだろう!」と勝手に思うはずです。

このように、作品というのは、アイデンティティとすごく結びついていることが多いのです。「どんな本、映画、音楽が好きか」を伝えることは、自分のアイデンティティを人に伝えることにもなります。

小山宙哉さんのサイトを見にきている人たちは、小山さんのことも知りたいのですが、同時に実はそのサイトにいる他の人のことも知りたい可能性があります。よくミュージシャンのライブ会場で、ツアーを一緒に回る仲間ができたりしますが、それと同じことが起きてもおかしくない。

ぼくらは、そういうことがネット上で起きるような仕組みを作ろうとしています。

『宇宙兄弟』のサイトでは、そういうファン同士の交流がどうやったら生まれるかを必死に考えており、実際に生まれ始めています。

たとえば、「『宇宙兄弟』に出てくる北村姉妹の名前はしりとりになっている」ということに誰かが気付いてコメントします。すると「それに気付いたなんてすごい!」と別の誰かがコメントする。「『宇宙兄弟』の初版持ってます!」とか「『ハルジャン』の初版持ってるから、ほんとの小山宙哉ファンです!」などのコメントが飛び交う。

コルクは、ネット空間の中にファンが集う「喫茶店」をどうやって作るのか、どうやって居心地のいい居場所を作るかを考えているのです。

インターネット時代が進むと、逆に「フェイス・トゥ・フェイス」が大切になってきます。実際に会う、ということではなく、ネット上での「フェイス・トゥ・フェイス」です。

中国は、実はネットの先進国です。

「アリババ」というECサイトが、ここまで成功している理由のひとつは、サイト上でお店の人とチャットを通じて話せるからです。「これって割引できる?」というような会話を、24時間いつでもお店の人とチャットできる。だから魅力的なのです。

ネットでも結局、「対面」が大切になってくる。日本のECサイトだと、問い合わせのメールアドレスをなんとか探し出して、そこへメールを出さないとお店の人とコミュニケーションを取れません。それでは、モノを買いたい気持ちが湧き上がることはありません。買いたいものを、検索して買うだけになってしまいます。

「仮想対面」で、顔はお互いに出さなくても、画面の向こうに「人の温度」を感じると、現実と同じようにECサイトでもモノを買うようになるのです。

だからこそ作家も、ファンクラブを運営していくことが重要です。人と人が直に交流する。ただ、そういう丁寧なコミュニケーションをする時間の余裕が、作家にはありません。だからぼくらがコミュニケーションのマネジメントをするわけです。

ファンが作家に「その作品によってどれだけ救われたか」を伝えられるような機会を作ったり、作家の誕生日をお祝いしたりできるようにする。すると、作家からは、お返しにファンだけに公開する特別なイラストが届いたりします。

作家とファンの関係を温かいものにしていきたい。それはインターネット時代になって、初めてできることなのです。

*続きは明日掲載します。
【マスター】BookPicksフォーマット要点_20151014 (1).001 (1)