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特別寄稿:気鋭の有識者3人が答えるQ&A

パリ・テロ後の世界、日本の対応 まとめと比較(後編)

2015/12/6
パリでのテロ事件について、これまでプロピッカーの菅原出氏、ロンドン大学に客員滞在中である立命館大学教授の末近浩太氏、中東調査会上席研究員の高岡豊氏に聞いた。最終回ではQ4〜6に対する3人の有識者の意見について、まとめと比較をした。本稿を通じて3人の有識者の分析を振り返り、テロの背景に潜む問題や、日本人としてテロに対してどう心構えをしておくべきかなど、読者の皆さんが各自考える手がかりとしていただきたい。

Q4:どうすればテロはなくなるか?

高岡氏はテロリズムを「暴力によって政治的要求を達成するという、政治行動の一形態」と捉え、「人類が政治をする以上、『なくなる』ということも考えにくい」と言う。

続けて高岡氏は、「テロリズムという行動様式を選択する政治主体と、その支持者をいかに減らすか」という課題を挙げ、「イスラーム過激派を支持しなくても政治・社会・経済的な不満を発散する経路」が必要だと指摘する。

具体的にはどういうことだろうか。

末近氏のテロを起こす「回路」という考え方に注目したい。

末近氏は「政治的暴力への回路を閉じることが不可欠」であり、「ISが喧伝(けんでん)する『戦争』の構図から説得力を奪うことが重要だ」として、次の2点を提案する。

(1)シリア内戦に対する軍事的アプローチの有効性を戦略・戦術的な観点から再検討し、関係各国が協働しながら政治的な解決を急ぐこと。

(2)欧州、特に有志連合参加国におけるムスリム住民、移民、難民に対する差別や偏見を管理・統制すること。

さらに末近氏は、テロの連鎖を産むような暴力へ疑問を投げかけ、政治対話が重要だと言う。そのうえで、テロの誘因となり得る差別や偏見をできるだけ生じさせないようにし、「回路」を遮断することが必要だと主張している。

Q5:日本へのIS脅威、政府対応は?

そもそもISは、日本に対してどのような認識を持っているのだろうか。

この点、末近氏が「日本はすでに、ISが敵視する『十字軍』陣営の一部」であり、ISが考える「『戦争』の構図に組み込まれている」と端的に回答している。すなわち、日本はISにとっては敵陣営にいるのだ。

ISによる日本に対するテロ脅威は、国内と海外の日本関連権益という2つの側面がある。

(1)日本国内でのISによるテロの可能性
菅原氏と高岡氏は、日本国内のISやイスラーム過激派ネットワークは不足しているため、テロの脅威は排除されないものの、高いとは言えないという見方。

(2)海外の日本関連権益に対するテロ脅威
菅原氏は「直接的な脅威」があり得るとし、高岡氏は「常に警戒が必要」と国内よりも脅威の度合いが高いとみる。一方で、末近氏はISが喧伝する「戦争」において日本は「脇役」で「それほど目立つ存在ではない」ため、ISがテロの成果として狙う宣伝効果が弱いとみる。

さらに菅原氏と高岡氏はISによる「感化」に注目する。

菅原氏は、秋葉原の無差別殺人事件に触れつつ「日本においても、さまざまな政治的、社会経済的な不満を持つ人々はおり、暴力を使ってでもその不満を爆発させたいと思っている人」が、「ISに感化されて暴力沙汰を起こすことは十分に考えられる」と述べる。

一方で、高岡氏は日本国内に「『イスラーム国』のファンや、『イスラーム国』が発信する情報をネット上で翻訳・拡散する活動をしている者が少なからずいる模様」と指摘する。

そして、「長期的には日本国籍のイスラーム過激派の構成員として日本語で扇動や脅迫をする者が現れることも覚悟しておくべき」と警鐘を鳴らす。

以上のようなISによる日本に対する認識を踏まえると、日本政府と日本人はどう行動するべきだろうか。

菅原氏と高岡氏の意見は近く、日本がISによる敵と認識されるリスクを高めるような行動はとるべきではないと主張する。ただ、両氏は、日本が国際的なIS包囲網に参加する必要はあるとしており、参加の仕方が大きな課題となる。

この点、末近氏は、現状の日本について「国家の能力」と「国民の合意」を欠いているとの見方を示す。

現状のままで日本が有志連合への連携を強化することは、「いたずらに日本や日本人を危険にさらす」と末近氏は警戒を隠さない。なぜならば、「いざISの標的となったとき、国家としても国民としても十分な対応ができないからである」。

また高岡氏は情報収集の在り方に着目し、「日ごろからイスラーム過激派の広報の実態や彼らの関心事項を地道に監視し、それを分析する能力を向上させることが重要である」と指摘する。

Q6:読者に伝えたいことは?

この問いに対しては、三者三様で興味深い回答がなされた。

菅原氏は単に「『外国は怖い、テロは恐ろしい』と過剰に恐れることは、ISの宣伝効果をさらに強めることになる」と警告し、「脅威を知り、テロ・リスク軽減策を身につけて、海外で活動するたくましさが必要」と主張する。

末近氏は、2011年の「アラブの春」以降、中東は不安定な状況が続いているが、「長年の独裁政治や低開発に苦しんできた中東が新たに生まれ変わるチャンス」だと光の側面を見出そうとし、「新しい中東」は「中東で暮らす人々」が自らつくりあげるべきだと述べる。

そして末近氏の読者へのメッセージは、以下の4点に集約される。

(1)国際社会は中東でお仕着せの安定を急ぐあまり、「規範や価値の押しつけ、時には暴力を伴う介入を繰り返してきた

(2)ISに対する軍事介入は、中東の人々を置き去りにした安定の押しつけになりかねず、ISなどの過激派の勢力拡大の呼び水になりかねないと懸念

(3)国際社会がすべきことは、中東の人々が主体となって新しい中東を平和的・建設的に追求できる環境を整えること

(4)中東やイスラームについての知識を深めることが今後より重要になる

最後に高岡氏は、Q5に続いて情報収集と分析に着目する。

テロ事件などが発生すると、必ず政府の情報収集強化が叫ばれるが、高岡氏は「具体的にどうすればいいのか、また、日本が持つさまざまな制約の中でどうすればいいのかが、一般の世論や報道機関で真剣に議論されたことは少なかった」と苦言を呈す。

そのうえで「情報収集や分析という分野で活動する要員の大部分は、『そもそも事件そのものを引き起こさない』ための活動を誰からも顧みられることなく地道に続けていることへの理解が高まってほしい」と訴えかける。

基本的に3人の有識者の考えが大きく違う部分は少なかった。ただ、同じ回答が繰り返されたのではなく、それぞれの専門の違いから、複雑な国際テロ問題を理解するために、多角的な視点が提供されたのではないだろうか。

(バナー写真:ロイター/アフロ)

*「パリ・テロ後の世界、日本の対応」目次
 【Vol.1】プロピッカー菅原出に聞く
 【Vol.2】ロンドン大末近浩太に聞く
 【Vol.3】中東調査会高岡豊に聞く
 【Vol.4】まとめと比較(前編)
 【Vol.5】まとめと比較(後編)

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