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馬場渉インタビュー第1回(全4回)

勝てる非常識のつくり方。インダストリー・スワッピングの思考法

2015/12/5

日本スポーツ界の改革者となっていた馬場渉が、新たな一歩を踏みだした。

SAPの「グローバルタレントマネジメント」制度で社内選抜され、SAPジャパンからアメリカ・フィラデルフィア郊外にあるグローバル本社に移籍することになったのだ。

そこで配属されたのは、東海岸的コンサルタントエリートや西海岸的デザインシンカーが集まる社内トップの異能集団だった。

グローバルタレントの1人として、馬場がアメリカで目にしたものとは? インタビューを4回にわたって掲載する。

インタビュー目次
第1回:勝てる非常識のつくり方。インダストリー・スワッピングの思考法
第2回:デザイナーが融合。東海岸×西海岸の組織づくり
第3回:デジタル時代に大企業が勝つ仕組みをつくる
第4回:日米の経営者の違いは「デジタル変革への危機感」

「3週間後に来てほしい」

──今年10月、馬場さんはSAPのグローバル本社から“スカウト”されました。どういう経緯でアメリカに行くことになったのでしょうか。

馬場:SAPには世界中の社員を見て、次に何をさせようかという一定のタレントプールがあります。グローバルタレントマネジメントの部署のトップが来日するといつもインタビューを受けていました。

日本にいたいのか、海外に出たいか、だとしたら長期がいいのか、いろんなことを聞かれます。どこにタレントが眠っているかを常時探しているんですね。

世界全体でデジタルにタレントパイプラインができあがっていることはユニークだと思いますが、その前提があって、後はえいっと経営判断で人の異動が起こるのはどこでも見られるのと同じだと思います。

まずはメールが届き、その翌週に本社社長室から担当者がやって来て、「コングラチュレーションズ!」と言われました。めでたいことなのかはわかりませんが(笑)。

「予定をすべてキャンセルして3週間後に来てほしい」とのことだったので、入っていたアポイントを調整して、アメリカに行くことになりました。

現在は単身赴任のため、朝食は会社のビュッフェで(写真:馬場渉)

現在は単身赴任のため、朝食は会社のビュッフェで(写真:馬場渉)

大リーグのキャンプに似ている

──ものすごく急な話だったんですね。

みんなから「おめでとう」と言われたのですが、実は明確なポジション、滞在の期間だけでなく、条件も決まっていなかったんですよ。

野球にたとえるなら、メジャーリーグの春のキャンプに呼ばれたけれど、今後メジャーになるのかマイナーになるのか、使えないから日本に帰れとなるのか、それはお前次第だ、そんなふうに解釈しました。

デジタル変革の部署に配属

──実際にグローバル本社に着いて、どうでしたか。

SAPはドイツとアメリカに本社があり、開発のヘッドクオーターがフランクフルトから車で1時間半ほどのワルドルフ、事業のヘッドクオーターが今ニューヨーク・マンハッタンに建設中ですが、現在はそこから2時間ほどのニュータウンスクエア(フィラデルフィア郊外)にある。アメリカは最大の市場なので、それが理にかなっているんですね。

今、僕がいる社屋のフロアには、グローバルのCEOやプレジデントたちCレベルが多数顔をそろえています。

で、実際に配属されたのはCEO直下の「チーフ・デジタル・トランスフォーメーション・オフィサー」とのプロジェクトでした。顧客企業のデジタル変革を支援する専門チームです。たとえばアップル、エクソンモービル、ウォルマートといった企業と一緒になって、ビジネスのデジタル化に取り組む。

サッカードイツ代表とSAPがパートナーシップを結んで、ブラジルW杯に向けて分析のソフトをつくったのと同じですね。

オイル&ガスの会社だったら、ガソリンスタンドでどうやったらお客さんに喜んでもらえるかといったことだけでなく、どう石油や天然ガスをうまく見つけるか、掘るか、どう運ぶかといったことまで全部見るわけです。

デジタル化は顧客接点だけではありませんから。ドローンを使ったり、気象や地権のビッグデータを解析したり、バーチャルワークフォースやパートナーともつながる新しいテクノロジーを使えば、今よりも効率のいい探鉱の仕方があるはずだ、と考えて。

馬場渉(ばば・わたる)38歳。SAPのChief Innovation Officer。大学時代は数学を専攻。ドイツ代表のブラジルW杯優勝によって同社の高いIT技術に注目が集まり、馬場に日本の各スポーツ界から問い合わせが殺到。サッカーにとどまらず、バレーボール、野球、ブラインドサッカーなど、多くのチームの強化に携わるようになった。今秋、SAP本社から声がかかり、10月1日付でアメリカへ。フィラデルフィアに住み、車でニュータウンスクエアにある本社に通っている(写真:編集部)

馬場渉(ばば・わたる)
38歳。SAPのChief Innovation Officer。大学時代は数学を専攻。ドイツ代表のブラジルW杯優勝によって同社の高いIT技術に注目が集まり、馬場に日本の各スポーツ界から問い合わせが殺到。サッカーにとどまらず、バレーボール、野球、ブラインドサッカーなど、多くのチームの強化に携わるようになった。今秋、SAP本社から声がかかり、10月1日付でアメリカへ。フィラデルフィアに住み、車でニュータウンスクエアにある本社に通っている(写真:編集部)

同僚の1人は女性デザイナー

──横浜F・マリノスとSAPの会見で、担当者が「デザイン・シンキングでサポーターを分析して最適解を考える」と言っていました。デジタル変革においても、そういうアナログな発想力がカギになるんでしょうか。

その通りです。僕がいる「デジタル・トランスフォーメーション」の部署の中には、グローバルの「デザイン・シンキング」の部署がある。

──そういう部門があるんですね。

インフォグラフィクや映像の専門家、デザイナー、そしてデザイン・シンキングの進め方をガイドするファシリテーターやコーチがいます。僕がほぼ毎日会う同僚の1人に、25歳の女性のグラフィックデザイナーがいますよ。

業界内のベスト手法の崩壊

──グラフィックデザイナーと仕事をしているとは。

「インダストリー・スワッピング」という考え方があります。

デジタル時代の今、業界のベストなやり方が崩壊し始めている。たとえば昔だったら、自動車業界のベストプラクティスは、販売はこう、製造はこう、調達はこうだよねというのがあった。トヨタとフォルクスワーゲンのモデルに違いはありますが、基本的には業界の中でパターン化の組み合わせによって標準化できた。

アパレルで言えば、SPA(企画・製造・小売を一貫して行うビジネスモデル)やラグジュアリーブランドのモデルがあり、その構造も標準化できている。(元サッカー日本代表監督の)岡田武史さん風に言えば「型」ですね。

ただし、それもベースとして大事なのですが、デジタル時代は過去の「型」をやっているだけでリーダーになれるのかと言ったらそんなわけがない。

アップルは社名を変えた

Uber(ウーバー)は「車を持っていないタクシー会社」で、顧客体験は皆が言うのでわかりやすいですが、実際にはワークフォースやサプライヤーとの関係も新しいやり方でデジタルにつながっている。

100万人ものドライバーに給料を払わず成果報酬で、給油、自動車保険、メンテナンスは勝手にやってと。タクシー業界のベストプラクティスにそんなやり方はなかったのですが、サービス員を認定して、プールして、マッチングするやり方はほかの業界にあった。

アップルは2007年に社名から「コンピューター」を外して、アップルInc.になった。もともと彼らは小売りをやっていなかったし、音楽や映像を売るメディアやインターネットサービスもやっていなかった。

アップルにとっては経験したことのない初めての世界です。でもメディア業界には、音楽や映像の使用料をロイヤリティとして契約や徴収をするビジネスは随分と昔から標準化されて存在していたわけです。

通信業だって、今はメディアコンテンツもあれば、小売店舗もあれば、割賦販売や端末サブスクリプションもある。アフリカのような新興地域に携帯を売りに行こうと思ったら、もう少し小口のマイクロファイナンスが必要になってくる。テロが不安視される社会では端末ライフサイクルの追跡が必要になる。

通信業では未曽有の、試行錯誤による差別化かもしれませんが、歴史のある金融業界、工作機械、食品や医薬品流通など、よそに目をやれば部分部分そういうことは昔から当たり前に標準化され、業務モデルがすでにデジタルに落とされています。

SAPのソフトウェアが関与する経済活動が世界GDP(国内総生産)の7割をカバーって言っていますが、そうした実際に経済を回している業界固有の業務のベストなやり方を一つひとつ業界各社と型に落としてデジタルに実装してきたノウハウと資産がある。それを今度は業界を越えて入れ替える。

ほかの業界の常識を持ち込む

よその業界では常識でも、自分の業界でやると非常識。業界の非常識なことをすれば当然イノベーションが起こる。それを洗練されたベストオブベストなやり方でスピーディにやるのが私たちの呼ぶ「インダストリー・スワッピング」です。

いろんな非常識を組み合わせて、新しい常識をつくらないと、ビジネスをやれない。そして非常識なやり方自体を標準化して仕組み化しないとスケールしない。

洗練されたピースの組み合わせでないとスケール時に複雑性を助長する。デジタル時代にはそれは大変クリティカルです。それを多様な専門部隊でモデルをつくる、というのが「デジタル・トランスフォーメーション」の部署です。

アメリカから日本への機内で、映画『ミッション:インポッシブル』を見たんですが、主人公イーサン・ハントの下に専門性を持ったプロが集まって、ミッションを完遂する。あれにすごく似ています。

*第2回は12月6日(日)夕方に掲載予定です。