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アメリカスポーツ【第10回】

求めるのは指導歴かスター性か。日米で違うプロ野球監督の選び方

2015/12/4

プロ野球ではこのオフ、5球団で新監督が就任した。そのうち3球団はNPBでの指導者経験のない人物を選んでいる。

今年だけでなく、そういったコーチ・監督未経験者を就任させることはしばしばあるが、アメリカ・メジャーリーグでは就任以前にどこかしらの段階でコーチ経験やマイナーリーグの監督経験を経てから務めるのが大半だ。

その点で、日本はほとんど対極にある。もちろん、球団数から試合数、選手の性質など日米間では多くの差異があるだけに、単純に比較できないところはある。しかし日本で、未経験者を監督に据えるべきもっともな理由を聞いたことがない。

メジャーでは指導実績から判断

メジャーでの指導者経験を経てから監督になるというやり方は、ごくまっとうな考え方に思える。球団は候補者を幾人か俎上(そじょう)に載せ、彼らの過去の指導者としての実績を見て、そして面談でチームを勝利に導くための哲学や計画を聞いたうえで選ぶわけだから、選手やファン、メディアに対してどうして「彼」を選んだかの説明が可能となる。

候補者も、「自分はこれまでコーチとしてこれこれこういう手法で選手を指導し、そのうえでこういう信念を持ってやってきた」といったいわば「志望動機」を、確固たる理由を基に球団に対して述べることができる。

また、下積みを経ることは、長いシーズンを戦うにあたってさまざまな状況に対応するための“引き出し”を多く持っておくという点で、理にかなっているように思われる。

指導経験を積む意義

野球では1チームの人数も多く(メジャーは基本25人がロースター登録される。日本は28人)、他競技と比べて圧倒的に試合数も多いため、戦術や技術的な側面以外でも、1シーズンにわたってチームを束ねる訴求力なども求められる。

そうした目に見えないマネジメント力は書物を読んで得られるものではなく、人と接する中で覚えていくものなのではないだろうか。そういった点においても、コーチやマイナーでの監督の経験を積むことは意味のあることのように感じられる。

米国代表監督の信念

先日開催された野球の国際大会「プレミア12」の期間中に、米国代表を率いたウィリー・ランドルフ監督に話を聞く機会があった。

現役時代は主にニューヨーク・ヤンキースの二塁手として活躍した同氏は、2005年から2008年途中に解任されるまでニューヨーク・メッツの監督を務めたが、その前年までの11年間、ヤンキースの三塁コーチやベンチコーチを担っている。いくらコーチ経験を経てから監督になる例が多いとはいえ、これは下積み期間としてはおそらく長いほうだろう。

だが、ランドルフ監督は「指揮官就任時には万全の準備ができていた」と語った。そして「経験こそが良き先生」であり「誰もが通る道だ」と力強く言葉を紡いだ。

「どういう状況を経るにしても、経験を得ることでより良い指導者になれるのだと自分は一点の曇りもなく信じている」

ランドルフ監督の言葉には、長く雌伏の時を経たからこその信念がうかがえた。

野球監督の戦術的裁量は小さい

ただ、野球の監督が戦術的にチームの成否を左右することは、他競技に比べて少ない。

サッカーの監督ならば、たとえばフォーメーションを4-3-3にする、あるいは3-5-2にしたり、それを試合中に変更を加えたりといった具合で自らの手腕が試される。バスケットボールでも同様に状況次第でマンツーマンディフェンスを敷くか、ゾーンディフェンスを敷くかなどと指示することで、試合の流れを劇的に変えることができる。

ところが野球の場合、監督の施せる戦術的な裁量は小さい。できることと言えば、せいぜい打順の入れ替えや投手交代のタイミングといったところ。重視されるのは毎試合の勝敗よりもむしろ百数十試合を戦う長いシーズンをトータルで考え、最後に最良の結果を求めることである。

2016年シーズンから横浜DeNAベイスターズを率いるアレックス・ラミレス監督。BCリーグの群馬時代には打撃コーチ兼任選手としてプレーしたが、NPBでの指導者経験はオリックスの巡回アドバイザーのみ。指導経験の少ない新指揮官はどんな采配を見せるか

2016年シーズンから横浜DeNAベイスターズを率いるアレックス・ラミレス監督。BCリーグの群馬時代は打撃コーチ兼任選手として1年間プレーし、2015年はオリックスの巡回アドバイザーを3カ月務めた。指導経験の少ない新指揮官はどんな采配を見せるか

米国人記者の見解

以上の点を米国の老舗野球雑誌「ベースボールアメリカ」のベン・バドラー記者に伝えると、「アメリカンフットボールやバスケットボールのようにダイアグラム(図表)をつくって選手の動きを決めることで戦術を立てる競技とは違って、野球は試合が始まってしまうと監督ができることは少ない」と賛同する。

ただし、「その試合中にできる数少ないことの中でも投手の起用法や交代のタイミングなどについては監督によってまちまちで、その判断は過去の指導者経験があってこそより最適なものを下しやすいはずだ」と同記者は言う。

「どういうタイミングでリリーフ投手を出すか、どのリリーフ投手を選択するか、いつ彼らに肩をつくらせるか、また彼らの日頃の疲労度をいかに考慮していくかという仕事は、監督にとって勝負を左右する非常に重要な作業だ。そしてこの仕事を過去の経験なしに遂行するのは、僕は容易ではないと思う。確かに監督のできることは試合中には限られてしまうけれども、過去に監督経験やコーチ経験があることはやはり有用だと思う」

米国スポーツ表.001

コミュニケーション能力の大切さ

他方でランドルフ監督は、コミュニケーションこそがメジャーリーグの監督を担うにあたって大切であるとも強調した。

「自分の現役時代はただ指揮官の言うことを黙って聞くだけだった」という同監督だが、現在のメジャーでは日頃から個性的で我の強い選手たちを観察し、よく知ることで、「チームがどういった役割を彼らに求めているかを明確にしてあげる必要がある」と言う。

また、「どんなに出番の少ない選手でも、チームの構想に入っていることを認識させてあげなければならない」とも話している。

米国ではメディア対応も重要

メディアとのやりとりもまた、監督という仕事の少なくない一部を占める。ニューヨークなどの東海岸の都市部のメディアはとりわけ辛辣(しんらつ)だといわれ、時に世論を動かしかねない。

たとえば、なぜ負けが込んでいるのか、なぜあの選手を使ったのか、なぜあの場面であの投手を起用したのか、といった自らの采配について監督は説明を求められる。

そういった際に明瞭な回答をしながらメディアを納得させることができるかどうかも、コミュニケーションスキルの一つとして要求される。

プレミア12の短い期間ではあったものの、ランドルフ監督のアメリカ代表チームの指揮ぶりは堂々としたもので、さすがメジャーで長きにわたってコーチや監督を経験している人だな、と思わせるものがあった。

「監督はそんなに重要ではない」

ただし、アメリカでも近年、監督人事における絶対的な「経験主義」が少しずつ瓦解し始めている。コーチ経験をほとんど、あるいはまったく経ずして指揮官となる事例が徐々に増えているのだ。

経験のあるなしにかかわらず、そもそもが野球の監督の采配や指揮官としての働きがチームの成否に与える影響は言うほど大きくはない、という見方もある(上述したように、試合が始まってしまえば監督のできることは他競技ほど多くないというところもある)。

日米の野球に造詣の深い作家のロバート・ホワイティング氏に話を聞くと、興味深いことに「メジャーリーグの選手の多くは、監督はそんなに重要ではないと考えている」と聞かされた。

この辺りも含め、次回も引き続き「野球の監督とは」について日米を比較しつつ、考察したい。

(写真:アフロ)

*次回は12月18日(金)に掲載予定です。

<連載「スポーツの最先端はアメリカから生まれる」概要>
世界最大のスポーツ大国であるアメリカは、収益、人気、ビジネスモデル、トレーニング理論など、スポーツにまつわるあらゆる領域で最先端を走っている。メジャーリーグやNBA、NFL、NHLという4大スポーツを人気沸騰させているだけでなく、近年はメジャーリーグサッカー(MLS)でもJリーグを上回る規模で成功を収めているほどだ。なぜ、アメリカはいつも秀逸なモデルや理論を生み出してくるのか。日米のスポーツ事情に精通するライター・永塚和志がアメリカのスポーツ事情を隔週金曜日にリポートする。