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不動産活用の革命児たち まちづクリエイティブ第3回

よそ者だからできる“MAD”なまちづくり

2015/12/3
築40年の借り手がつかない老朽マンション。「迷惑物件」と言われた駅前のカップルホテル。築100年を超える古民家。放置されていたこれらの物件を、斬新なまちづくり「MAD Cityプロジェクト」によりよみがえらせた株式会社まちづクリエイティブ。最終回は、彼らが目指す新しいまちづくりのあり方を紹介する。
第1回:築40年マンションが激変。賃貸価値を高める“MAD”な取り組み
第2回:元カップルホテルがクリエイター拠点に。“MAD”なまちづくりの理由

メンバーは松戸に「通勤」

築40年を超える老朽マンションや、駅前の元カップルホテルなど、活用されていない物件を利用し、「MADな手法」でチャレンジしている「まちづクリエイティブ」。

JR松戸駅を中心とする半径500メートルを核とした「MAD City」というブランドを創りながら、外部からクリエイターたちを誘致するだけでなく、地元町会などの地域コミュニティーや、行政機関とも連携する株式会社だ。

メンバーの松戸への思い入れはさぞ強いに違いない。しかし、その予想は軽く裏切られた。

「今まで一度も松戸に住んだことはなく、今も埼玉から『通勤』しています。もともとは、松戸へのこだわりはありませんでした」

当初、寺井はさまざまな土地を歩き回った。重視していた点は、「空き家の数」「掘り起こす歴史がある」「地元住民のモチベーション」の3点だ。

ところが、日本全国はもちろん、関東近郊にもそんなまちが無数にある。「どのまちでも条件は変わらない」と腹が決まったころ、現在、同社取締役である西本千尋から「松戸に行かないか」と声をかけられた。

西本は、地域の自立・自律化のための制度構築が専門。歴史的建築物の再生やエリアマネジメント広告等を手がけてきた。当時は、松戸市の地域活性化に関するコンサルティングを請け負っていた。

西本の呼びかけで、初めて松戸駅で降りた寺井。都心からは遠いイメージがあったが、大手町から直通で約30分と意外に近い。今では、常磐線上野東京ラインが開通し、乗り換えなしで東京駅まで24分で到着する。

2回目に松戸を訪れた日、たまたま酒席で隣に空き家のオーナーがいた。「借りたい」と話したら少なくとも一緒に悩んでくれた。

かつて寺井が渋谷でビルオーナーに直接交渉した経験では、何かを提案してもだいたい取り付く島もなかった。それと比較すると、地元住民のモチベーションの高さを感じるとができた。

松戸を拠点にすると決めるまで、寺井にはこれ以上の時間は不要だった。

まちづクリエイティブ代表の寺井元一氏(左)、取締役の西本千尋氏(右から2番目)

まちづクリエイティブ代表の寺井元一氏(左)、取締役の西本千尋氏(右から2番目)

「江戸時代から住んでいる住民」以外は“よそ者”

「掘り起こすべき歴史」があったのも、寺井が松戸を選んだ理由だ。

「あまり知られていないかもしれませんが、松戸にはかつて宿場町として栄えていた歴史がある。陸路だけでなく水路の要衝でもあった。東京大空襲などの被害も少なく、歴史ある商家もぽつりぽつりと残っている」

歴史あるまちでは、「先祖代々この地に居住していない住人は、すべて“よそ者”だ」と考える、“生粋の住人”がいるという。そんなまちでは、江戸時代から住んでいないと「地元の人」とは見なされない。

この松戸にも、そんな考えを持つ住人がわずかながらも存在する。

実際、まちづクリエイティブのオフィス向かいの呉服屋は、創業176年。その隣の小さな床屋も創業128年の歴史がある。

「この『歴史』を持つかどうかが、まちづくりには極めて重要な要素」なのだと寺井は言う。

「歴史を持つまちには当人たちは気が付いていないよさが必ずある。その歴史・地脈から新たな文脈やコンセプトを生み出すことができれば、それはまちづくりの大きな武器になる」

一般的に、行政や地主たちに対して、「アーティストやクリエイターによるまちづくり」と話すと、「理解できない異質なもの」として嫌厭(けんえん)されることがある。それを「地域の歴史を掘り起こし、まちづくりにつなげる」文脈をデザインすることで乗り越えてきた側面があるという。

元カップルホテルを利用したアーティスト・イン・レジデンスに地元関係者が一定の理解を示してくれた内幕には、そういった手法があった。

代々、松戸に暮らす住民の中には、かつての宿場町時代に「宿代の代わりに」と残された掛け軸や陶芸品を、家宝としてひそかに受け継いでいた者もいるという。それを現代風にアレンジし、一晩の宿代としてアートパフォーマンスや、プレゼンテーションの実施を行ってもらっているのがレジデンスの「一宿一芸」というコンセプトなのだ。

「空き家を抱える不動産オーナーは、金銭的にはさほど不自由していない方々も多い。空いているから困っているだろう、といった単純な理解では事業は成立しない。共感して協力していただくためには歴史を絡めたストーリーも含めたさまざまな知見が必要」

まちづくりの「コピペ」は失敗する

「MAD Cityプロジェクト」が順調に成長しているとはいっても、過去に関係したイベントの中には成功とはいえなかったケースもある。「となりの成功事例」に近い事例だ。

新潟県・越後妻有(つまり)地域で2000年から開催されている「大地の芸術祭」という地域アートプロジェクトがある。雄大で美しい自然そのものを美術館に見立て、国内外のアーティストらが地域に根差したアート作品を制作し、観光客の誘致や地域活性化につなげているプロジェクトだ。

「アートによるまちおこし」として、同様の事例は全国に広がっていった。これをモデルに、松戸市でも事業化され、寺井たちが事務局を受託することになった。

「集客にはつながったが、松戸では訪れた人が電車でさっと来てさっと帰ってしまう。『大地の芸術祭』は、温泉など観光産業がある地域で機能するパッケージで、松戸のようなベッドタウンでは別の企画が必要だという結論を最終的に行政に提言した」

既存の地域アートプロジェクトでは、地元の商店街や飲食店には、期待したほど人が流れなかった。ならばと、松戸まちづくり会議の設立に関わり、事務局として公共空間の活用と、地域課題の解決を絡めたイベントをアーティストとともに仕掛けた。

飲み屋街の道路を封鎖して一帯を巨大なフードコート化した「高砂通り 酔いどれ祭り」では、1000人近くが宴会を開くに至り、「葬儀場はあるのに、結婚式場はない」と聞けば、江戸川河川敷を利用したアウトドアウェディングを実施した。

こうやって、さまざまなイベントを町内会や地元NPO、地域住民と協力しながら仕掛けていき、一方で自社事業として「MAD City」を推進していった。

「B級グルメにしても、ゆるキャラにしても、地方で実施されるまちづくり企画はコピー&ペーストで広がれば広がるほど劣化している。しかし地方が購入するのは、都心部で陳腐化したパッケージ企画ばかり。クリエイティブの本質自体が理解されていない」というのが、寺井の率直な意見だ。

しがらみに縛られつつ地元の人間だけで行われる、まちづくりの現場では仮説検証や商品開発という概念が一般的ではない。よそ者による「半径500メートルのまちづくり」として、さまざまな仕掛けを試行錯誤できる場所を持つのは、まちづクリエイティブの大きな強みだ。

飲み屋街の道路を封鎖して一帯を巨大なフードコート化した「高砂通り 酔いどれ祭り」

飲み屋街の道路を封鎖して一帯を巨大なフードコート化した「高砂通り 酔いどれ祭り」

「クリエイティブな自治区」をめざす

今後も松戸のなかでは、対象エリアを広げていくつもりはない。あくまでも「半径500メートル」を深掘りしながら、より豊かにさせていくことがプロジェクトの狙いだ。

目標は、「半径500メートル圏内の空き家ゼロ」。集合住宅や戸建てはもちろん、古民家からホテル跡まで手がけてきた知見によって、その道筋は見えてきているという。

寺井によると、MAD Cityプロジェクトの命運を握るカギは「2.5%のクリエイティブ人材」を集めること。いわゆる「イノベーター理論」だ。社会学者のエベレット・ロジャースによれば、革新的で冒険的なことが大好きな人間が全体の2.5%集まれば、それが全体に普及していく可能性がある。

MAD Cityエリアの住民は約2万人だから、その2.5%なら約500人。

不動産事業を本格化させた2012年4月以降、MAD Cityプロジェクトにより約200人が住居やオフィスを移してきた。首都圏近郊には、まだまだクリエイター層がいる。「残り300人の移住」は、実現不可能な数字ではない。物件さえ確保していければ達成できる、というのが寺井の読みだ。

「MAD Cityに限らず、自治区で優先されるべきは、ナショナルルールよりローカルルール。『ほかと違うちょっと変わったことができる面白いまち』として松戸が成長し認知されていけば、クリエイティブな人材への魅力は陳腐化しない」

それが、MAD Cityが目指す「クリエイティブな自治区」である。

「半径500メートル」は、“徒歩で移動できる範囲”として、コンビニエンスストアの商圏に近いエリアターゲットである。

「創業前から、“水平展開できるまちづくり”を意識している。『都市部から通勤1時間半以内のベッドタウン』には、活気がなくなりつつあるまちが無数にある。そういうまちに、同様のビジネスモデル、しかし個々の地域の独自性を踏まえたコンセプトで、どこまで展開できるかチャレンジしていく。

クリエイティブな人間が集う場所に、人は自然と集まってくる。短期的なビジネスには縁遠くても、そこから、新しいビジネスとまちづくりの本質が確実に生まれてくる」

あえて、“よそ者”として、まちづくりに挑む。一つのエリアに関わり続けながら、次のエリアにも関わる。そんな、「半径500メートル」を生み出し持続させていくまちづくりが、寺井たちが描く未来図だ。

(文中敬称略)

江戸川河川敷を利用したアウトドアウェディング

江戸川河川敷を利用したアウトドアウェディング

(取材・構成:玉寄 麻衣、編集:久川 桃子、バナー撮影:福田俊介)

*本連載は毎週木曜日に掲載予定です。