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NewsPicks編集部

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たまたまブルーハーツを聞きながら原稿を書いていたんですが、「情熱の薔薇」の「いつまで経っても変わらない、そんなものあるだろうか」ってのはまさしく会社のことだよな〜、なんてことを思いました。
夢想じみた小理屈ではありますが、会社のあるべき姿というものを常に意識しながら、現実に向き合っていきたいと思う次第です。

経営者の視点を持った投資家、投資家の視点を持った経営者という存在を考えるにあたっては、ひょっとしたら渋沢栄一の足跡にヒントがあるのではないかと思っています。
30代前半で第一国立銀行を創設して初代頭取に就任し、その後も時には私財をも投じて500以上もの会社の創立に貢献した姿というのは、まさに投資家的経営者であり、経営者的投資家と言えるのではないでしょうか。

ベタな表現ですが、世の中を良くしていくという意味においては、スタートアップを立ち上げることも、大企業の発展に貢献することも、また使命を全うした会社の着地に奔走することも、同じことなのだと思います。
そもそも株式会社の出自は、東インド会社。テーマ型投資ファンドともいえるし、ある意味「プロジェクト」だ。

プロジェクトには、ゴール、期限、投資、想定リターンが決まっている。次に、継続するプロジェクトがあるかもしれないが、一個単位で採算が決まる。定義によって、ゴーイングコンサーンではない。

因みに、生物学者の福岡慎一さんの動的平衡という本で、「生きているという状態」に関する2つの新旧の考え方を知った。かつての考え方は、遺伝子を複製し続けることが生きている状態と考えていたのに対し、現在は細胞が生まれ、死に続けることで身体の新陳代謝を繰り返し続けることを生きている状態と考えるというものだった。

つまり、株式会社とプロジェクトの関係は、身体と細胞の関係として存在している。一個単位のプロジェクトは有期。しかし、ビジョンに基づき、有機的につながりのあるプロジェクトが重ね合わさることで、会社が存在し、時間軸でみてみるとゴーイングコンサーンのように見える。

この意味では、株式会社は細胞単位のプロジェクト有期によって、命を決められているのではなく、ビジョンの期限によって命を決められているのだと思う。
どんどん生まれ変わるのが良い会社
存在意義があって長生きする会社は立派だと思います。
ところが、存在意義がなくなっているのに退出しない会社が滞留するのは大きな問題でしょう。
そのような会社が滞留する原因として、①規制による参入障壁と②古い業界慣行が挙げられます。
①に該当するのがタクシー等の運輸関連が多いですね。
電力もようやく参入障壁が低くなりだした程度です。
②に該当する典型例がゼネコンです。
2000年前後にはほとんどの会社に退場宣告がなされていたのに、いまだにほとんど生き残っています。
政治家との癒着も悪しき業界慣行のひとつ。

長寿もけっこうなことですが新陳代謝も大切でありましょう。
指摘されているのは「退出/代謝」の重要さ。日本では「Too big to fail」や銀行/国都合での延命が多く、本来退出すべき企業が退出せずに「ゾンビ企業」として残ることが少なくない。こういう企業は、新卒採用も辞め、中は腐っているにもかかわらず、その場に居座り続け新しい芽が出るのを邪魔するという意味で「立ち枯れ」と言われることがあるが、言いえて妙と思います。立ち枯れた木をどけ、土を耕して初めて次の植物が生えてくるものです
代謝の重要性という意味では冨山さんが指摘するLの世界での原理もそうだし、上場ゴールのままくすぶっている新興市場の多くのベンチャーもそうでしょうね
100年以上続く、世界にある企業3,000社の内、8割が日本の会社と言われている。単純に、ビジョンが時を経ても色あせず明確であることは、とても大きな要素だと個人的には思う。また、社会に求められることを時流の変遷に基づいて敏感に察知し提供し続けることができれば、それは一国だけではなくいずれ多くの国に必要と思われる企業になるのでは。
労働者のゲマインシャフトとゲゼルシャフトは近年、若い層ではむしろ逆になっているのではないかと感じる。ロスジェネ前の世代の労働者については指摘の通りゲマインシャフト的傾向は強いだろうが、ロスジェネ以降は安定志向は根強いが、それは共同体志向的なものではなく、むしろ転職などを通じてスキルアップ、働きやすさや賃金の駆け引きなどをして「勤労人生全体を通じてプロジェクト的に会社を渡り歩いて安定した成長をする」ように考えている。
大企業であれ小企業であれ、若い労働者はやりがいや働きやすさ、本人が希望する事業とのダイレクト関わりなどを気にしているので、経営者や会社側が考えているほど企業に寄り掛かろうとはしていない。
また、辞めていく人たちは、人生そのものがプロジェクト志向的でやりたいことに合わせて動き回る人たちで、会社に長く残っている人たちは会社がますますプロジェクト的な志向性を持って成長しようとする中でゲマインシャフト的共同体志向を持っているので、場合によっては保守的抵抗勢力となるのかもしれないが、会社組織の安定性にはこうした人が不可欠でもあるはずだ。全員がゲゼルシャフト的になってしまうと会社を長期的に組織や共同体と考える人がいなくなる。労働者が世代交代していく中で会社組織をどのように維持・成長させるのかといった方針も柔軟に変えていきながらも、組織が極端にゲゼルシャフト的にならないようにする工夫が求められているのではないかと、最近の若者の離職率などを見ていて思う。
しかしいろんな比喩が出てくる。
プライマリーマーケットとセカンダリーマーケットを、アウフヘーベンする。
なんて30代の日本人が使うとはw
比喩をうまく使うと物事はわかりやすく伝えられるものだ。
<追記>任さんが書かれている「DNAの劣化」は興味深い!環境が変わって適応できなくなるダーウィンの進化論的なものだけでなく、もっと短期では確かにDNAの劣化で、ミッションが形式的に保たれているだけで実際は執行されていないなどが考えられそう。<追記終>

外部環境も常に変化する中、生き残る唯一の方法は変わり続けることだと思う。変わり続ける=意思決定をするということで、経営者と株主が一体化した非上場企業や創業者持分が優良企業に多いのは、その経営者の経営力に加えて、意思決定をしやすい状況になっているという背景もあると思う。
あと本記事のように会社とはなんなのかという点を考えるために、東インド会社から考えていくということは、個人的には価値があると思う。東インド会社はプロジェクト型だし、また今の株式よりよっぽどハイリスクハイリターン。だからこそ権利構造として株主の議決権が重要だった。これだけ株式市場が発達し、投資の時間軸が様々な今、個人的には全ての投資主体と権利構造が一致しているとは思わない。企業として成長を続けるための権利構造の担保として、種類株がもっと増えていいと思っている。一方、経営者と同じような時間軸で考える投資家は、普通株を持って、議決権ももっと積極的に行使すればいいと思う。
この記事は現代の上場企業の悩みの根本を行くとらえた記事ですね。結局プライマリーマーケットとセカンダリーマーケットの下りや、いろんなステークホルダーを一つに向かわせるあたりはとても共感します。

柴沼さんも書かれておりますが、企業を複数のプロジェクト(=細胞)と見立てると、企業はプロジェクトの動的な(=ダイナミックな)平衡状態集合体(=身体)であり、ミッションや文化はその設計図(=遺伝子)であるのだと思います。

そしてここからが私の考えなのですが、動物の寿命は実は根本的にはDNAの劣化によっておこります。学術的な話は一旦置いておきますが、そういう意味では会社の衰退もエントロピーの増大則に従い、ミッションや文化が劣化することで少しずつ起きていくのでしょうね。

そういう意味で企業を本質的に変える場合には究極的にはミッションと文化に手をつけないといけない。昨今のGEなどのように、それを定期的に行って企業を生まれ変わらせられる企業はさながら違うDNAと交わって後代を残す有性生殖のようです。