(ブルームバーグ):兵庫県加西市にある農業大学校の一室。自民党の小泉進次郎氏が席につくと、机の上にはビニールパックに詰め込まれた赤いミニトマトがあった。地元の農業関係者が小泉氏はトマトが苦手と承知の上で、7日に開かれた同党との意見交換会に用意したものだった。

小泉氏は会議冒頭であいさつし、「目の前にはおいしそうなミニトマト。実は生トマトが苦手だった。でも最近、克服しはじめた」と話した。「まだ私の中では最高においしいという食レポができるくらいトマトに鍛えられていない。後でしっかりいただいてから感想を述べたい」とその場で口にすることはなかった。

10月の党人事で農林部会長に就任した小泉氏。環太平洋連携協定(TPP)大筋合意や農協改革をめぐって自民党への反発を強める農家と向き合う役回りだ。郵政民営化などを進めた父、小泉純一郎元首相のイメージとも重なり、将来の首相候補として注目されてきた。2009年の初当選から6年を経て、政治家としての試練に挑んでいる。

復興担当政務官などを務めたが、農業政策は未経験の分野。10月27日に行った就任後初めての農林部会では自ら「この部会の誰よりも農政の世界に詳しくない」と述べた。そんな小泉氏は11月6-7日、地元農業関係者との意見交換会に臨むため、兵庫県神戸市と加西市を訪問。17日には党農林水産戦略調査会と農林部会で農業分野のTPP対策を取りまとめた。与党の提言を受け、政府も25日午後にTPP関連政策大綱を発表したが、成長産業化に取り組む生産者への支援策などの具体的内容は政府、与党で16年秋をめどに詰める。

長年小泉氏を取材し、「小泉進次郎の闘う言葉」(文春新書)などの著作があるノンフィクションライターの常井健一氏は「小泉氏にとって本格的な利害調整作業は初めて。それも予算という明確な形になる仕事だ。将来、対策の効果次第では『ばらまきを許した』と批判の材料にされ、改革者のイメージを失いかねない。総理を目指す上でのアキレスけんになり得る」と指摘する。

ミニトマト


1日目は神戸市で畜産業関係者と、2日目は加西市で米・野菜業関係者と意見交換を行った。加西市の会合で、机の上に置かれていたのがミニトマトだ。

トマトを準備しようと提案したJA兵庫みらいの稲葉洋・代表理事組合長は取材に対し、「小泉さんはトマトが苦手だと知っていた」と明かす。稲葉氏は「私もJAの人間だから、心に秘めた感情があった」といい、用意されたトマトには、農林部会長がトマトは苦手と言っていては駄目だというメッセージの意味合いもあったという。  会合では意見の対立も目立った。農家側は口をそろえて兼業農家支援の重要性を訴えたのに対し、小泉氏は専業農家支援に力を入れている政府の方針を支持し、「兼業も大事なのは分かる。だけど国もないものはない。皆さんが言うこと全部できるわけではない」と説明した。

それにもかかわらず、稲葉氏は会合後の取材に対し、小泉氏の印象について「実際に会ってみると非常に感じが良い」と話す。その場でトマトを口にしなかったことについても「正直で良い」と評価し、 「われわれの意見を今すぐに取り入れなくても、いつかやってくれると思う」と話す。キャルファーム神戸の大西雅彦社長も「現場の声に耳を傾けて着実に実行していこうという姿勢が感じられた」と振り返った。

自民党と農業


TPP交渉が大筋合意した後の10月中旬に農業者らを対象に日本農業新聞が行った調査によると、安倍内閣の支持率が18%だったのに対し、不支持率は3倍以上の59%。TPPによる農業経営への影響を尋ねたところ、「悪化する」が48%、「やや悪化する」が25%だった。共同通信が同時期に行った調査では、内閣支持率は44.8%で、不支持率は41.2%。TPP大筋合意について「よかった」は「どちらかといえば」を含め計58.0%だった。

キヤノングローバル戦略研究所の山下一仁研究主幹は、ここ2年間で円安が進行したため輸入品の値段が高くなっていることや、コメの内外価格差はすでに解消していることを挙げ、「TPPによる日本の農業への影響はほぼない」と見る。政府がとりまとめる対策については「TPP対策ではなくて、参院選対策だ。完璧な税金の無駄遣いだ」と指摘した。

小泉純一郎元首相


神戸市での意見交換会で、小泉氏がうれしそうな笑みをこぼす場面があった。農業者の不安をなくすためには何が必要かと小泉氏が問いかけた際、畜産農家の谷口隆博氏が、純一郎氏のような力強いリーダーシップがあれば国民も安心できると答えた時だ。会合後、記者団から純一郎氏のリーダーシップについて聞かれ、「あれはまねできない」と語った。

常井氏は、「進次郎氏にとって純一郎氏はかなわない目標で、ベンチマーク。親子の絆はとても強い」と話す。小泉氏が政治家を目指した理由も「01年4月の総裁選でお父さんが勝利した時に政治の高揚感を味わったのがきっかけ」という。純一郎氏との違いについて「お父さんは大胆な変人。息子は慎重な優等生。例えば原発政策にしても、純一郎氏は即ゼロを掲げるが、進次郎氏は将来ゼロにすると訴える」と説明した。

純一郎氏が政権当時、党幹事長、官房長官などに抜てきして育てた安倍晋三首相に対しては折に触れて苦言を呈す。報道機関の単独インタビューは受けない主義の小泉氏だが9月、地元紙である神奈川新聞のインタビューに応じ、安保関連法への理解が広まっていない現状について、「いくつかの原因を作ったのは自民党自身」との認識を示していた。

未来の首相


週刊新潮は10月31日号で、新聞記者100人超を対象にしたアンケートを掲載。ポスト安倍首相候補では、半数近くが石破茂地方創生相と自民党の谷垣禎一幹事長を挙げたが、小泉氏は30代で唯一、上位10人の中に入った。有能な政治家を挙げてもらったところ、菅義偉官房長官、谷垣幹事長に続いて、小泉氏は3位に選ばれた。

産経新聞電子版によると、小泉氏は9月30日に都内で講演。将来政権を担う意欲について問われると、明言を避けた上で2020年東京五輪後こそが、一番の正念場と返答。首相になりたいではなくて、なってもらいたいと思われる政治家になりたい、とも語った。

常井氏は、小泉氏が首相になる素質について、「未知数だ。まだ何も大きな実績を残していない。明確な国家観も見えない」と指摘する。今後首相を目指す上で「誰と結婚するかが重要。同じように大きな注目が奥さんに向けられる。最大のリスクだ」と語った。

復興


部会長としての仕事とは別に、小泉氏は東北の復興をライフワークにしている。自民党青年局長時代の12年2月、小泉氏は毎月11日に被災地を訪れる事業「チームイレブン」を開始。13年9月には復興政務官に就任した。

復興政務官として小泉氏が深く携わった事業の1つ、福島県立の中高一貫校「ふたば未来学園」は15年4月に開校した。小泉氏と共に尽力してきた副校長の南郷市兵氏は「小泉さんはこの件に関してはトップ・プライオリティでやってくれた。いつも学校に来て、生徒と話したり、学校の応援団を集めるために駆けずり回ってくれた」と振り返る。

小泉氏と同年代の南郷氏は、「僕たちは戦争を知らない世代だけれど、震災はそれに匹敵するこの時代の課題だから、自分の役目はこの危機を乗り超えることだと小泉さんはいつも話している」と語る。 「この人はまっすぐだなと思うのは、高校生と話す時と、重鎮と話す時、同じパワーを割いている。復興への考え方や進路の話を真剣に語り合ってくれる」という。

政治評論家の森田実氏は小泉氏について「全部これからだ。総理大臣になるには運も必要だ」と指摘。自民党の現状に関して「本当に議論がなくなった」と指摘した上で、小泉氏は政権批判を「もっとやって干されていじめられればいい。それで人間が鍛えられる」と語った。

兵庫県での意見交換会の会場に向かうため、新神戸駅に降り立った小泉氏は6日、記者団に対し、「農家の皆さんの苦労と、これからの決意にしっかり向き合っていくには、僕のような若造はとにかく全力で臨まないといけない」と口元を引き締めた。「汗が流せそうか」との問いには「もういろんな汗をかいている」と笑い、「最後は気持ちいい汗をかけるように頑張る」と応じた。

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