子どもホスピス運営のカギ
【慎泰俊×五十嵐隆】小児医療をめぐる先進国共通の課題とは
2015/11/19
プロピッカーでNPO法人Living in Peace代表・慎泰俊氏が、社会的課題の解決のために各界で活躍しているトップランナーと対談する新連載「ソーシャル・イシューのリアル」。
第1回は、日本小児科学会会長で、国立成育医療研究センターの理事長を務める五十嵐隆氏が登場。同センターが2016年4月に開設予定の子どもホスピス「もみじの家」や、日本の小児医療の現状と課題について語り合った。
在宅ケアが必要な子どもたち
慎:国立成育医療研究センター(以下、成育)は、日本最大規模の小児・周産期医療を担うセンターです。病院とともに、最先端の機器を整備した研究所も併設しており、高度先進医療などの先進的な研究に取り組んでいます。非常に重い病気を抱えた子どもの治療も行っており、患者さんやご家族にとって最後のとりでとなっています。
その成育が、子どもホスピスとして「もみじの家」の事業を始めます。今回、五十嵐先生に、もみじの家をスタートさせる意味合いについて伺いたいと思います。
日本では、重い病気を持った子どもを在宅ケアしている親御さんがたくさんいて、大変な思いをされていますね。
五十嵐:はい。初めに日本の現状についてお話しますと、在宅で医療ケアが必要な子どもは、全国で約2万人ほどと推定されます。そのうち、常時医療ケアが必要な重症の子どもは、約1万人と推計されていて、今も増え続けています。
それは、ここ数十年の医療の進歩によるところが非常に大きいですね。昔だったら助からなかった病気の子どもの治療が可能となったからです。
たとえば、急性リンパ性白血病の子どもは、5年生存率が9割近くになっており、20歳まで生存する人も約8割と高い数字になっています。
ただ、そうした子どもに晩期障害と言って、中枢神経障害などの治療の影響が出現する方が出てきます。慢性的に身体や精神状態に障害を持ち、長期間の医療ケアを必要とする方がいるんです。未熟児だった子どもが人工呼吸器をずっと使い続けるケースもあります。
このように、障害を持ったまま大人になる人が非常に増えています。“children and youth with special health care needs”と呼ばれており、先進国に共通の問題になっています。
運営資金の確保がカギ
慎:これまで、NPOや社会福祉法人も重い病気の子どもとその親御さんのためにレスパイト(一時的な受け入れ)の場所を提供してきたと思いますが、それらとの違いはどこにあるのでしょうか。
五十嵐:レスパイトの動きは少しずつ出てきていますが、現状では、昼夜を通して3日間預けられるような場所はほとんどありません。
在宅ケアでは、患者さんのご家族の負担が24時間365日続きます。3時間に1回は呼吸器を外して、痰を吸引する必要があるなど、身体・精神的に非常に大変です。また、地域からも孤立しがちになります。残念ながら、その苦労が積み重なって、家族が崩壊する現場も見てきました。お父さんが突然家を出て行ったケースもあります。
こうした人々を支える社会的支援が、今、非常に不足しています。医療機関は、患者さんの命を助けるための治療はしてきました。しかし、その後の将来までを考えた治療をしてきたとは言えないわけです。
今回、私たちは在宅医療を支援する拠点をつくることが社会的な責務と信じて、事業に踏み切りました。今の診療報酬体系の制度ではこのような施設でのケアをするほど赤字になってしまいます。でも、病気を治してあとは投げっぱなしというのでは、無責任です。
もみじの家を一つのモデルとして、日本の各地に同じようなコンセプトを目指す子どもや青年の施設ができてくることを願っています。そのために絶対に失敗はできません。
慎:単純な経営では赤字とのことですが、どのような方法で持続的な運営ができると考えていますか。
五十嵐:簡単ではありませんが、現在、ファンドレイジングを重視しています。もみじの家の寄付や支援を広く募集しているところです。欧米の子どもホスピスや小児病院では、運営費用のかなりの部分を寄付で賄っています。
しかし、日本では税制の仕組みや寄付文化の違いなどから、寄付が非常に低い水準にあります。全体では数%に満たないのではないでしょうか。もみじの家の事業では、いかにファンドレイジングで資金を集めるかが大きな課題です。
できれば年間5000万円以上の御寄付を頂けることを目指しています。そのほかに、レスパイトケアなどに対する診療報酬上の改善も国に、さらに、自治体へも支援を頂けるようにお願いしているところです。
また、病院経営についても欧米とは大きな違いがあります。成育はアメリカ・ワシントン小児病院とも提携しているのですが、そのCEOはディーンアンドデルーカの経営者です。病院を経営するという意識が非常に強い点は、私たちも参考にしなければいけません。
慎:おっしゃる通り、海外の大学では、病院経営のコースやMBAもあります。経営者としての素養を持った人材が病院経営に携わっているケースも少なくありませんね。
五十嵐:はい。日本でもそうしたキャリアを歩んだ人材がアドバイザーなどの役職を担う必要があるかもしれません。病院経営が最大の課題であってはなりませんが、健全な病院経営という視点も無視できないと思います。
尊厳死が選択肢となる可能性
慎:続いて、もみじの家の位置付けについて伺えればと思います。日本では子どもの生命が維持されることが目標ですが、欧米では生活のレベルが一定水準を望めない場合に、医療を打ち切ることを選択する風潮もあると思います。日本では命が続くことを最大の価値にしているように感じるのですが、もみじの家では、どのように取り組まれていくのでしょうか。
五十嵐:今回、もみじの家は家族が担っている在宅医療を助けるという目的と併せて、子どもが同世代の友達と遊べたり、リハビリも行えたりすることで、生活の質を高めることを目標としています。当面は、子どもと家族を支える施設として運営していきます。
その中で、今後は欧米の一部でみられるように、本人が治療を望まないということもいずれ選択肢の一つになるでしょう。倫理的な問題は時代とともに変化します。日本では、特に子どもの尊厳死を認めるような社会的な機運にはなっていませんが、将来的にはもみじの家がそうした動きをも視野に入れて運営してゆく時代が来ることもあり得ます。
慎:どういうことがきっかけで変わると思いますか。
五十嵐:大きく2つではないでしょうか。1つは、子どもや大人に限らず、生きることの意味についてタブーなく議論されるようになり、考えが成熟すること。そしてもう1つは、医療にかけられる予算の配分に関する議論が本格化したときでしょう。
たとえば、昔は患者さんが人工呼吸器をつけてずっと生きることは少なかったですが、現在はそのような患者さんが増えています。概念ではなく、事実として存在する患者さんの治療について考えるタイミングにきています。患者さんや家族の考え方を尊重することや医療・福祉に配分できる財源の問題とも切り離せません。
意識のない高齢者の方の延命に、高額の医療費がかかる血液透析を続けて良いのかなどについても、ようやく議論ができるようになりました。
これまでは医師がこうした話をすると、すぐに批判される方もいました。しかし、それは正しい姿勢ではないと思います。事実をきちんと把握し、できるだけ多くの人が元気なときに自分が望む終末期の医療を考え、選択できる環境を整備することが重要と考えます。一律に決めることのほうがおかしいと思います。
慎:そこでは、医師だけで決めるのではなく、患者さんやご家族に対して十分に説明をして、双方が知識を得た状態で合意する必要がありますね。
五十嵐:はい。医療はもたらされた結果が同じでも、患者さんに納得してもらえる場合と、そうでない場合があります。それを分けるのはお互いのコミュニケーションです。
私は医療における医療側の方針は「清く、正しく、美しく」だと思っています。宝塚歌劇団と同じですね。
「清く」とは、オープンでクリーンであること。「正しく」とは、患者さんや御家族にに対して誠実であること。うそがあってはいけないと言い換えても結構です。時代によって、医療は変化します。医学的に正しいといってもその時代での正しさであって、10年経ったら医療で何が正しいのかは変わります。
そして、「美しく」とは、医学に携わる者の仕事や患者さんへの姿勢など、すべての取り組みに対して心を込めて対応をすることだと思います。心のこもった対応は自然と美しくなります。
社会性が高い病院の課題
慎:成育は、重い病気の子どものほかに、難病の方々にとっても、高度先進医療など、数少ない治療を受けられる施設です。民間の病院と比較して、ナショナルセンターである成育の運営にはどのような課題がありますか。
五十嵐:一般の病院と異なり、公的病院は収益性の高いことだけをすればいいわけではありません。そのため、高度先進医療もまた、診療報酬で補填(ほてん)はされている部分はありますが、そうでないものも多く、結果的には赤字になります。
たとえば、私たちは肝臓移植を年間50件程度と、全国で一番実施しています。しかし、実際には診療報酬で頂いた費用以上の支出になっています。
また、社会性が高く、高度な医療を提供する病院は、特殊な医療機器をそろえ、安全体制のためにきちんと人材を配置する必要があり、この点でもコストがかかります。
慎:非常にわかりやすいご説明ですね。成育は重い病気の患者さんにとって最後のとりでなので、たとえ少数の患者さんにしか使わない高額な機器でも、そろえなければいけない。しかし、病院経営としては、難しくなるところがあると。
五十嵐:そうですね。さらに、手術後のケアも必須です。たとえば、肝臓移植の場合、手術の後に拒絶反応や合併症が生まれる可能性があります。その予防のためには、感染症や拒絶反応などの検査や治療を頻回にしなければいけない。それらのかなりの部分が診療報酬でカバーされていません。
そのような対応をしていることも、私どもの施設の肝臓移植の手術成功率が98%と世界一高い結果を生み出している要因の一つと考えます。優れた臨床を提供できる病院では、外科医の技術だけでなく、さまざまな職種のスタッフや環境など、総合的な力が必要です。
安心・安全を保証し、高度な治療を思いやりの気持ちを持って可能にする病院の体制を整えることは簡単ではありません。国からの支援を受けている私たちのような施設が、周産期や小児期の高度先進医療を推進することが重要なミッションだと考えています。
*続きは明日掲載します。