ほぼ日 いいちこ.001

経営にとってデザインとは何か

ポスターと酒造りが、いいちこの両輪

2015/11/17

ポスターの厚みとイメージが大事

──どうして三和酒類のいいちこの広告は、ここまで長く、同じ息遣いで続けられているのでしょうか。

西:河北さんが最初に言っていたのはイメージ。「厚みが必要なんだ。良いイメージを積み重ねて厚みをつくっていくことがとても大事なんです」と言うわけです。なるほど、なるほど。継続は力なりということに至るわけです。

これまでにつくってきたポスターは400枚を超えるので、400枚分の厚みができているわけです。この厚みが、うちの会社の力になる。これがテレビでパッと出てしまうと、厚みがない。

三和酒類では毎日、「一つ、品質第一。一つ、安全運転」ってこういうふうに言っていたんですが、河北さんが「西さん、品質第一とは何ですか!」と私に言うので、「品質第一とはまず素材にこだわる。素材の良さを引き出す技術力がある。それが品質第一です」と私は言いました。

しかし、河北さんは「もう一つあるんじゃないか」と言うんです。「何ですか」と尋ねると、「イメージだ」と。

どんなに品質第一で、すごいものをつくっていても、ある日突然イメージが壊れると、明日売れないこともあるんです。少しのスキャンダルでも、叩かれると突然、店頭から消えてしまう。

イメージというのはとても大事で、このポスターをつくるにも、イメージというのを大事にしているというわけです。

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西 太一郎(にし・たいちろう)
1938年3月13日、大分県宇佐市に生まれる。1960年東京農大醸造学科卒業後、三和酒類に入社。1989年に社長に就任し1997年に会長就任。2009年から取締役名誉会長

大手広告代理店にはできない広告

──いいちこのポスターには、見たことのないような風景も数多くありますが、それらはどのようにして撮影されているのでしょうか。

たとえば、南アフリカでのポスター。河北さんに言わせれば、こういうポスターは大手広告代理店では絶対にできない。
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なぜか。大手広告代理店は、見積書の中で「南アフリカでこういうことをします」ということを先に出して、OKが出たら行くからです。しかし、行ったときに南アフリカの砂漠に咲く花が咲いているかどうかわからない。咲いていたら儲けもんだけど、この花は1年の中で10日か2週間ぐらいしか咲かない。

だからこういうポスターができあがるのは、まったく見積もりをなくしてつくれるからなんです。

あとで河北さんが説明してくれました。「大きな広告代理店だとこんなの絶対できない。俺のところしかできないんだ」と自慢するわけです。

どこにでもあるポスターの秘密

──いいちこのポスターって、東京ではど真ん中のたとえば表参道とか渋谷にも張ってあるのですが、都内から離れた駅にも、ちゃんと同じポスターが同じ大きさで張ってある。ポスターの張る場所に何か工夫をされているんでしょうか。

それは最初からこだわったんです。

ポスターは全国の地下鉄に張りました。なぜ地下鉄かというと地下鉄は景色がないじゃないですか。だから地下鉄に張ればポスターが目立って、みんなが注目してくれる。

地下鉄以外では、たとえば東横線の沿線には張るけれども別の沿線には張らないとか、張る場所にもちゃんとこだわってきました。

「いいちこ」のライバルは「ベンツ、BMW」

もうずいぶん前に、河北さんに「西さん、ライバルはどこだと思っているんですか」って聞かれたんです。

私は「ライバルはサントリー、キリン、アサヒビール、サッポロビールなんていう大きな会社だ」と答えたんですが、「そんな小さな会社でいいんですか」って言うんです。

「じゃあ、河北さんの考えるライバルは?」と聞き返すと、河北さんは「ベンツ、BMWだ」と。

つまり、自動車に乗っているときは、絶対いいちこは飲めない。「あなたのこれからのものづくりは、他社との競争ではなく、24時間の中での時間の取り合いなんです。24時間のうち、5時間、6時間もらえるような魅力のあるものをつくりなさい」と言うんです。
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売れればいいというわけではない

──河北さんは、いいちことの関係が始まった当時からそういう思考の方だったんですか。

ある日、私が『anan』や『nonno』といった、女性雑誌に広告を載せたいと提案したんです。そしたら河北さんは「あなたの娘さんや奥さんにどんどんいいちこを飲ませていいんですね」って言うから「家族は困ります」と言ったんです。すると、「自分の家族はダメだけど、よその家族ならいいんですか!」と叱られました。

また、「ポルノ産業は18歳未満お断りだが、あなたがやっていることは、20歳以上にしか提供できない。2歳も違う。だからあなたがやっている仕事はポルノよりもずっと下衆なんだよ。だから、その自覚を持ちなさい」と河北さんが言うんです。

いいちこは、致酔飲料としての自覚を持ちながら広告をするうえで、たとえば新聞広告は毎月25日、テレビの宣伝は日が落ちてからと決めたんです。

どうしてかと言うと、全国の給料日は25日が多い。だから給料日の前にいいちこの宣伝をすると奥さんが困る。奥さんを困らせないために25日の給料日に広告を出す、と。それから日が落ちる前にはテレビの広告をやらない。これは、日中からお酒を飲ませるようなシーンをつくるのはいかがなものかというところからです。
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ラベルの向きにもこだわる

──三和酒類では毎朝、掃除をちゃんとしているそうですが、そこには何か理由があるのですか。

整理整頓が良い品物をつくっていくからです。不良在庫をなくし、いい品物をつくるために。

一升瓶6本の箱があるんですが、その一升瓶のラベルを全部ちゃんと前向きにして出荷するんです。

ほとんど店に行くまでにトラックに揺られたりすると、瓶が傾いて、着くまでに崩れてしまうことが多いんですが、やっぱりここからから出す品物は、絶対に良いものだというイメージのために、ラベルもちゃんと前向きにして出荷しています。

そのくらい気を使っていました。これはやっぱり掃除のおかげだと思います。

良い品物をつくるセンスは、整理整頓や掃除をすることで、自然に生まれるんです。

良いイメージと、いい商品の両輪

──三和酒類の中で、何を大事にしているか改めてお聞かせください。

「おいしいものをつくる」という一点です。アルコール飲料として、致酔飲料としての立場をわきまえながら、おいしいものをずっとつくり続ける。

ポスターがつくってくれる良いイメージと良い商品が車の両輪として動き、「今日飲んでも明日飲みたい、明後日も飲みたい」というものをつくり続けることです。

──片方は河北さんが回して、片方はお酒造りの人たちが回していくという。

やはり、両輪が必要です。
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*前編「いいちこのポスターに隠されたデザイン」はこちらです。

*本連載は、ほぼ日刊イトイ新聞とCOMPOUND、NewsPicksの共同企画です。各媒体が取材したい企業を選び、取材した記事を、それぞれ制作・公開します。

取材先は以下の通り
ほぼ日刊イトイ新聞:三和酒類
COMPOUND:明和電機
NewsPicks:里山十帖

三和酒類のそれぞれの記事はこちら
ほぼ日刊イトイ新聞(「いいちこ」の会社が「下戸」にも好かれている理由。
COMPOUND(デザインの魂のゆくえ:第1部「経営にとってデザインとは何か。」①三和酒類篇