経営にとってデザインとは何か
いいちこのポスターに隠されたデザイン
2015/11/16
「いいちこ」の三和酒類
「下町のナポレオン」として広く知られる「いいちこ」。つくっているのは、大分県宇佐市に社を構える三和酒類だ。
焼酎として有名であるとともに、アートディレクターの河北秀也氏を中心につくられる駅張りポスターで広く知られ、1984年に最初のポスターがつくられてから31年になる。
今回、いいちこをつくる三和酒類の名誉会長を務める西太一郎氏に、三和酒類における「デザインと経営」について聞いた。
河北氏に広告を依頼した理由
──いいちこのデザインを河北さんにお願いした経緯をお聞かせください。
西:いいちこをつくったとき、地方のいち焼酎ではあるけれど、東京で売り出したいと考えていたんです。
そこで、うちの会社に河北さんのお姉さんが勤められていた関係で、ご縁をたどって東京にお願いに行きました。
当時、河北さんは地下鉄のマナーキャンペーンで有名になっていて、そこで何とかうちの焼酎を売り出す方法を考えてくれないだろうか、と。
ただ、河北さんとしては困った依頼だったらしいんですよ。
後でわかったことですが、河北さんは、「一業種一社」という一業態一社としか仕事をしない。つまり、アルコール業界では、三和酒類の仕事を引き受けたら、たとえ大手であっても仕事を一切しないと決めておられた。
この何とも知れない小さな会社が仕事を頼んできたということは、たとえば、将来、サントリーとかキリンとか大手の会社から依頼されても断らなければならない。
どうしたもんか、と思ったんだけど、結局お姉さんが勤めているのでしょうがない、と引き受けてくれたんです。
「ポスターなら何とかなるだろう」
──いいちこを売り出すにあたって、どうして、ポスターをやろうと思ったんですか。
なぜポスターにしたかというと、当時は3億円ぐらいしか売り上げのない会社ですから、予算がないわけです。
おカネがないのに宣伝で良い評判をつくるのはなかなか難しくて、テレビなんて何千万円もすぐにかかる、それからいろんな媒体を考えると、とても大きな予算が必要。それでポスター1枚なら何とかなるだろうということで、河北さんが最初にポスターの提案をしてくれたんです。
最初にお会いしたときに、「西さん、クライアントとわれわれデザイナーの関係はイコールなんです。まったく対等なんです。そのことをまず自覚してください。そうじゃないといいデザインは生まれないんです」と言われました。
河北さんは、説得力がある人なんです。
「お宅には宣伝部をつくっちゃいけない」と言うんです。なぜ宣伝部をつくらないかというと、たとえばポスター。宣伝部があるとまず部長が来て「いいちこのボトルが小さい」と言い始める。
次に「いろんな部署の人が来て、それぞれの立場でいろいろなことを言い始めると何ともダメなポスターになってしまう」という説明をするわけです。なるほどなるほど、と。
ポスターは社内との対話でもある
──河北さんがポスターを制作するに際して、会社とポスターをどう結びつけたのでしょう。
ポスターのコピーには、私はもちろんのこと、会社のみんなも教訓としているコピーが結構あるんですよ。コピーはお客さまにも言っているんだけど、同時に社内にも言っているんです。
典型的なのはこれです。
「トライを決めた者も、ガッツポーズなどとらない。それが全員の力であることを知っているからだ」
これはうちの会社が、4人でやっていた時代に、4人のうちの1人が「俺が、俺が、俺が」って言い始めた。その人に向かってこのコピーを言っているんです。
「一人が目立ってしまうのではいけない。みんなでやっているんだ」ということをラグビーの精神を引き合いに、このポスターでちゃんと教えてくれるんです。
それから「Stray Bird」。これは「はぐれ鳥」という意味です。
酒の業界では何となくイメージとして、一番上にウイスキーがあって、次に日本酒があって、という具合に何となくお酒のランクがあったんです。
その中で、焼酎は一番イメージの低い酒だったのですが、いいちこのイメージがだんだんと上がってきた。
それで、いいちこは焼酎という業界の中で、「はぐれ鳥ですよ」「焼酎の業界の中でちょっと私は違いますよ」ということを言っているんです。
──本当に密接な関係があるんですね。
なので、会社の中にこのように張り巡らして、「われわれは焼酎業界の中でちょっとはぐれ鳥でいる」「他社とは違ったことをやっている」ということを会社の中に知らしめて、という作業です。
支店営業所をつくらない理由
──ポスター以外に、いいちこを飲むお客さんとの接点はどういうところにあるんですか。
うちの会社は、全国に支店営業所がまったくないんです。
営業マンは、宇佐市にある本社から出張して営業活動していて、火曜日に出て行って金曜日に帰って来るのが一般的なパターン。これを月に2~3回繰り返します。
──どうして、支店営業所をつくらないのですか
一番の理由は、単身赴任者をつくらないということです。単身赴任ほど、社員にとって窮屈なものはないですから。
そこで、支店営業所がないことによって市場のフォローが足りなくなる部分は、卸屋や小売店のような流通の人を、頼りにしようとなったわけです。
それから、全国支店営業所があると、支店長さんなどが「本社のばか者はわかっちょらん」とか、自分の会社の本社の悪口を言い始めるといった弊害もあります。
ものづくりのシャワーを1週間に1回は浴びる
──必ずここに全員が帰って来るというふうに思うと会社全体の考え方とかも共有しやすいということですか。
会社のものづくりのシャワーを1週間に1回は浴びてまた出ていかないと、だんだん、ものづくりの原点を忘れてしまう。
商品というのは買ってくれる人がいて、売ってくれる人がいるという2つの面を、いつも大事に考えないと、ものは売れないです。
買ってくれる人をつくり、売ってくれる人と、一生懸命に人間関係をつくって「売ってやろう」という気持ちになってもらえるように努力するのが私たちの仕事です。
今、この会社の一番力になっている言葉に、会社で毎日唱和する「おかげさまで」というものがあります。これが会社経営にとっての力です。
要は、お客さまに対応するときも「おかげさまで」。社員同士のお互いの人間関係も「おかげさまで」。ということで「おかげさまで」っていう言葉はとっても大事なんです。
商品数はなるべく少なく
──どうして、いいちこは多くの人に受け入れられ、売れたんだと思いますか。
やっぱり、おいしかったからだと思います。それまであった焼酎とは全然違います。口に入れるものはまた飲みたいという余韻がないといけないんです。
──今、三和酒類はつくっている銘柄が少ないですが、何かそういった信条のようなものがあるんですか。
商品アイテムをなるべく少なくすることは、本当に良い商品をつくっていくために大切なことです。
500億くらい売るようなほかの食品メーカーだと商品アイテムが何千とあるんです。すると何千アイテムもあれば、ほとんど売れない商品も出てきます。
つまり、ゴミをどんどん世の中に放出するようなものです。そうではなくて、求められるものをつくらなければならない。
*続きは明日掲載します。
本連載は、ほぼ日刊イトイ新聞とCOMPOUND、NewsPicksの共同企画です。各媒体が取材したい企業を選び、取材した記事を、それぞれ制作・公開します。
取材先は以下の通り
ほぼ日刊イトイ新聞:三和酒類
COMPOUND:明和電機
NewsPicks:里山十帖
三和酒類のそれぞれの記事はこちら
ほぼ日刊イトイ新聞(「いいちこ」の会社が「下戸」にも好かれている理由。)
COMPOUND(デザインの魂のゆくえ:第1部「経営にとってデザインとは何か。」①三和酒類篇)