バナーイメージ

やりたいことを決めるのは、直感

宝槻泰伸「理想の教育は、子どもの心に火をつけること」

2015/11/12
カドカワが2016年4月を目指して、インターネットを利用した通信制高校「N高等学校」を開校すると発表し、大きな注目を集めている。10月14日に詳細が発表され、通常の学習とあわせて、各界のプロフェッショナルを講師に迎えた「dwango×プログラミング授業」「KADOKAWA×文芸小説創作授業」「電撃×エンタテインメント授業」などの「課外授業」が受けられることなども明らかになった。
今回、N高等学校の取り組みに対して、各界の著名人からメッセージが寄せられている。彼らは、自身の学生時代から現在に至るまでの経験を踏まえ、教育に対してどのような思いを持っているのだろうか。最終回は、学習塾「探究学舎」代表・宝槻泰伸のメッセージをお届けする。

高校を中退し、大検から京都大学に進学、大学卒業後に起業。数年前に学習塾「探究学舎」を設立して注目を集めているのが宝槻泰伸だ。

探究学舎では、一般的な塾のように受験特化型の詰め込み教育は行わない。「面白い、知りたい、と心に火のついた生徒は自ら学びはじめる」を信条に、教材は歴史漫画や映画、動画などを用いる。教室では、問いを立てて、子どもたち同士でディスカッションしながら学び合う時間を重視している。

また、通常の授業も一風変わっている。たとえば、数学では、単に公式を暗記するのではなく、どのようにして計算技術が生まれたのかを、数学史から学び、英語ではスティーブ・ジョブズのスピーチを暗唱する。一見非効率にみえる取り組みだが、これにより学ぶ意欲が生まれるのだという。

この授業形態は、宝槻自身が子どもの頃に受けた家庭の教育が大きく影響している。父親が漫画や映画を買い与えて勉強に興味を持ってもらうように導くなど、独特な教育の下で学習に取り組み、大学に合格できたからだ。宝槻家では、三兄弟が全員この方式で京大に合格している。

塾経営の傍ら、『強烈なオヤジが高校も塾も通わせずに3人の息子を京都大学に放り込んだ話』(徳間書店)、『勉強嫌いほどハマる勉強法』(PHP研究所)などの著書でも教育論を展開している宝槻からみた、現在の教育の課題はどこにあるのだろうか。

漫画や映画を効果的に使う

──宝槻さんは、なぜ漫画やTVを教材として活用しているのでしょうか。

宝槻:今、多くの中学生高校生にとって、勉強は自分からやりたいものになっていないと思います。本当はゲームやスポーツ、音楽などをやりたい。けれど、勉強すると、いい学校に行け、いい会社に入れるという漠然とした思いがある。だから、仕方なくやっているという現状があります。

でも、それだと自分の人生と勉強が、いつまでたってもつながらない。人間は、生涯学び続けることで、自分を変化させて成長できる。それは、すごくわくわくするものですよね。

だから、どうやって今の子どもたちに対して、勉強が興味深く、やると楽しいものだと思ってもらうかが大切です。そのための道具として、漫画であり、映画であり、テレビ番組を使うわけです。そうした過去にはあまり使われていなかったツールをうまく組み合わせることで、勉強は楽しい、ずっと続けていくものだという感覚を持ってもらうことが意図です。僕自身も、父からそうやって勉強を学んできました。

──父親が非常に独特な教育方針だったとのことですが、どのようなものだったのですか。

小学生の頃から、「いいか、学校はいかなくてもいいぞ。ただし、学校に行った日よりもクリエイティブな過ごし方をしろ」と言っていました。そのルールが守れたら、学校なんか行かなくてもいいと公言していました。

そして、漫画で歴史を、NHKの番組で社会を、映画で英語を学ぶといった教育方針でした。歴史上の出来事や公式、単語を暗記するのではなく、ストーリーを学ぶ中で興味関心を引き出してくれました。これが、僕の塾で行っている授業とつながっています。

学校に行かない場合、自己管理を

──宝槻さんは、高校を中退されていますね。今回、カドカワは来年4月を目指してネットの高校を開校予定ですが、高校を中退した生徒も入学します。

はい。高校時代は、目の前の勉強が全然面白くないな、こんなことやっていていいのかなという不安が強くあったんです。進学校だったこともあり、大学受験のことだけが重要視されていました。僕は、詰め込み型の勉強をするだけではない生活をしたいと思い、1年生の1学期が終わった夏休みに「高校を中退したい」と父親に言いました。すると、「いいよ」と即答でした。そこからは文字通り自由な日々です。

ただ、その分、自己管理能力がいかに大変かを学びました。たとえば、きちんと朝起きるといった毎日の生活リズムをつくらなければいけない。やりたくもないことをやらされることはなくなるけれど、自分で生活にメリハリをつけること、これは子どもにとっては苦しかったですね。でも、その基本が守れないと、すぐにダメになってしまう。だから、ネットの高校に進学してもその点は大事にしてほしいですね。

そのうえであれば、大学進学を目指すにあたって、必ずしも進学校に行く必要はないと思っています。僕の家では、僕含め三兄弟が全員高校を卒業せずに、京都大学に進学しています。まずは、学びたい、勉強したいという気持ちが生まれるほうが重要です。

IQよりも素直さで学力は伸びる

──勉強をしたくない子どもに、勉強好きになってもらう特効薬はありますか。

僕は仕事柄、子どもを持つ親や子ども自身から、勉強がつまらない、やる気が持てないという相談をよく受けます。そのとき、僕は子どもの好きなものを聞くんです。スポーツが好きだと答えたら、こういう漫画があるよ、こういう映画があるよ、と教えてあげる。その子に合わせて好奇心を湧かせる道具を用意することが大切です。

僕が「漫画や映画で勉強しよう」と言うと、子どもは驚いた表情になります。その意外性が勉強をしようというキッカケになるんです。

──その方法が通用しなかったことはありますか。

もちろん、あります。紹介した作品が「全然面白くなかった」と言って、興味を持ってもらえないことなんて日常茶飯事です。

そのときに重要なのは、コレがダメだったら、次はコレと試行錯誤すること。その中で子どものタイプが見えてきて、だんだんお互いを理解することができます。ただ、うまくいく子と、そうでない子がいるのは事実なので、根気強くやることが大切です。

──うまくいく子とそうでない子の違いはどこでしょうか。

一言で言うと素直さだと思います。うまくいく子は、心が開いていて、アドバイスを受け止めようという力が強い。心が閉じている子は、受け止めるまでに回数がかかります。学力が伸びるかどうかの重要な要素はIQではなく、素直さという心の問題なんじゃないでしょうか。この仕事を続けていくと、特に思うことですね。

──閉じている子に対しては、どのようにすれば心が開くか教えてください。

2つあります。認めることと、褒めること。閉じている子は、そうやって周囲から承認された経験がないんです。だから、僕がその子にとって太陽みたいな存在になれれば、心を開いてくれます。それは、親が家庭でもできることだと思いますよ。

──宝槻さんの父親も同じようなコミュニケーションを取っていたのでしょうか。

そうですね。耳打ちする感じですね。俺はお前が一番好きだ、と。それを三兄弟全員にやっていました。大人になったらバレるんですけどね。

でも、小さい頃は、親から「お前のことが好きだ」「お前のことは買っている」というスキンシップやコミュニケーションはうれしいし、やる気や自尊心が育つと思います。だから僕も、できる限りそれをやろうとしていますし、皆さんにもやってみてほしいと思います。

理想の教育は心に火をつけること

──それでは、教育者としてのポリシーを教えてください。

教育を目指すキッカケになったのは、高校が面白くないと思って中退したときに、「凡庸な教師はただしゃべる。良い教師は説明する。優れた教師は自らやってみせる。しかし偉大な教師は心に火をつける」という言葉に出会い、雷に打たれたような衝撃を受けたことです。「僕は心に火をつけてくれる教師に出会わなかったな」と思ったんです。

そこで、「自分が理想とする教育は心に火をつけることだ」と考えました。それ以降、心に火をつけるとは具体的に何をすることなのかを考え実行することが、自分のテーマになっているんです。

子どもたちは、やりたいことを見つけたいという気持ちをみんな持っていると思います。でも、そのやりたいことを見つけられていない。

なぜなら、やりたいことは、理屈じゃ見つからないからです。こっちのほうが得とか損とか、年収がいくらだとかではなく、決めるのは直感。心が動くかどうかです。

「これが自分の得意なことに違いない」という強烈な思い込みが腹を決めさせる。日本の子どもは、何となく大人たちに賢くあれ、道を踏み外すなと教わってきているんだけど、そうじゃない。もっとはみ出ていいよ、直感で決めていいんだよ、というメッセージを伝えて、子どもの心に火をつける教育が必要だと思っています。

北風ではなく太陽になれ

──現在の教育は、やりたいことを見つけられないことが問題となっています。

そうですね。一番の問題は、勉強していてもやりたいことを見つけられないこと、やりたいことをして人生を送る具体的なデザインの仕方がわからないことです。

子どもたちは、世の中が今、一体どうなっているか、どんな面白い仕事やプロジェクトがあるかに触れる必要がある。5教科で言えば、理科と社会を通して出会い、それを実現するために英語と国語と数学をスキルとして磨こうという順番にすれば、もっと一生懸命勉強できるんじゃないかなと思います。

ただ、残念ながら、今の教科書では不可能です。もっと理科と社会の授業を世の中とつなげて、面白いと思ってもらえる教育の仕組みが必要ではないでしょうか。

そのうえで、学校の先生の役割をもう一回再定義する必要もあります。知識を教えて身につけさせることから、人生を創造する手伝いをする役割に変えていけばよいと思います。

──最後に、子どもを持つ親や教育者にメッセージをお願いします。

「北風ではなく太陽になれ」ですね。子どもは、勉強しろという風を吹けば吹くほど、勉強しないというコートを着ます。だから逆のアプローチ。無理してやらなくてもいいよ、面白いことを探そうと声をかけて、そのうえで子どもが持っている力を信じるっていうことだと思うんですよね。僕も4人の子どもを持つ親の立場として、それが難しいことはわかっているつもりです。でも、合言葉としては「北風から太陽へ」だと、ぜひお伝えしたいなと思います。